ジークルードの戦い 4
「若造が……! 良かろう、想定よりはやることを認めてやる。望み通り、総力で潰してやろうではないか!」
デナム将軍の号令で、他の部隊が動き始める。人数差がありすぎて向こうも全軍突撃はできないだろう。入れ替わりで波状攻撃になるか。
「この辺りで十分に盛り上がっただろう。待たせたな、みんな」
「ああ! ここからは総力戦ってやつだぜ!」
下がっていたみんなも、前に出てくる。未だに物量差は圧倒的で、決して油断できるわけではない。それでも、流れはこちらにあるだろう。これで……マスター抜きでも可能性は見えた。
「皆さん。事前の打ち合わせ通りに、やりましょう!」
コニィがそう声を上げる。それにマスター以外の一同が頷いた。そして、ウェアルド達よりもさらに一歩、他のみんなが前に出る。
「お、おい、お前たち?」
「マスター達は下がってて。ここは、僕たちの力を示さなきゃ意味がない気がするからね」
「何……?」
これはこのジークルード砦に来る前に、ウェアルドに知られないようにこっそりと、コニィが俺達に提案してきた話だ。他のギルドにも、問題なく話は回っているようだな。
マスター達がいても容易に勝てる戦いではない、それは確かだ。だが、それと同時に、マスター達がいれば負けることはない。油断と言うよりは、実感だ。
だからこそ、コニィは彼らの力を頼らない勝利を見せたいのだと言った。正直なところ、穏やかな彼女からその提案が出てきたのは意外ではあったが……そう頼んできた時の真剣な表情に強い意思を感じた俺は、詳しい理由は聞かずとも了解したのだ。そして、他のみんなも。
「マスター達は切り札って感じよ。私たちが負けてもマスター達だけでどうにかできるだろうし。と言っても、負ける気はさらさらないけれど!」
「あ、先生もそっち側でお願いするっす」
「オレもか!?」
「集団戦じゃむしろ先生は一番やばいじゃないですか。……なかなか珍しい反応しましたけど、もしかして鬱憤晴らししたかったですか?」
海翔の問いに、誠司がぐ、と唸る。……彼はたまに昔からの血の気の多さが垣間見えるからな。恐らく図星だろう。
「何だかんだと言っても、模擬戦です。だったら、良い機会だと思うんですよ。おれ達だけで、どこまで戦えるかを見せるのには」
「そうです、マスター。……あなたがいなくてもこれだけの相手と戦えること、私たちが見せることができれば、あなたも安心できるでしょう?」
「………………」
コニィの言葉に、ウェアルドが少し目を細めた。何か思うところがあった様子だが、彼女に返答するでもなく、他のマスターの方を見る。
「……だそうだが、どうする?」
「やれやれ。構わんが、最近はこういうのが随分と多くないか?」
「うーん、俺もちょっと欲求不満なんだけど、若者の希望を無下にするわけにもいかないよねえ」
「私は構わない。彼らの戦果は聞いていても、ゆっくりと戦いを眺めることはなかったからな」
マスター達の中でも、やや不満は挙がりながらも意見はまとまったようだ。彼らが下がったのを確認してから、改めて軍に向き直る。
相手も、さすがに不意に襲い掛かってくるようなことはしなかった。俺達が構え直したのを見て、デナム将軍は鼻を鳴らしながら手を上げた。出鼻はくじいたが、まだ自分達が優位であると考えてはいるだろう。ならば、そのまま鼻っ柱をへし折ってやるまでだ。
「第二陣、突撃せよ!」
今度こそ、本当に火蓋が切って落とされる。
4つのギルドによる連合と、反ギルド派。このいさかいは、ここで決着を付けなければならない。俺たちは、こんなところで負けている場合ではない!
「お兄ちゃん!」
「おうよ!」
暁斗の切り込みと瑠奈の援護射撃で、敵の陣形を崩す。兄妹の連携に合わせて、浩輝たち三人が敵の前線と衝突する。
「へへ、何つーか、さっきの見た後ならあんま怖くねえな!」
「だな。この前の防衛戦のがよっぽどキツかったぜ」
「この、ガキが……!」
「そう、ガキだよ。だったら、おれみたいなガキに負ける感想を聞かせてもらおうか!」
蓮の槍が、浩輝たちに気を取られた相手を掬い上げる。その隙に浩輝と海翔が思い切り拳を叩き付け、相手を卒倒させる。
……瑠奈たちは、文字通りの天才だ。才能を持ち、強力な能力を持ち、努力もしてきた。みんなに自覚があるかは分からないが、彼らはとっくに、並外れた戦士なのだ。子供と侮った相手は、その報いを受けることとなった。
ああ、そうだ。この前に誠司と話したように、導く教師としての役目も、この心配も捨てることはできないだろうが……それでも彼らはとっくに、俺にとって護るだけの存在などではない。護り護られる、共に戦う仲間だ。
「アトラ、君はこれから大事な戦いがあるんだし、程々にね!」
「へっ、心配すんなって! むしろ俺様の大活躍を見せ付けて、あいつら引き出してやるよ!」
「あー、はいはい、調子に乗るんじゃないの! フィーネ、手綱はしっかり頼むわよ!」
「……当然。今日は露払いに専念する。アトラ、前に出るのはいいけれどPSは使わないで」
瑠奈たちの援護を行いつつ、周囲の様子を伺う。みんな、溜め込んできた鬱憤を晴らせるからか、いつもよりも勢いがあるな。俺もそうなのかもしれないが。
「赤牙ばっかに良い格好させるかよ!」
「ノックス、レニ、加減は間違えるんじゃないぞ!」
「何よアニキ、アタシはケダモノと同列扱いなわけ!?」
『誰ガケダモノダ! 全ク……案ズルナ、訓練デ加減ハ心得テイルトモ!』
他のギルドも、やる気に満ち溢れた様子だ。初めて共に戦う胡蝶のふたりも、前評判に劣らずの実力を見せていた。
「お気楽なやつだと思っていたが……いい腕してるね、あんた」
「そちらこそな。……右側は任せられるか?」
「はっ、当然。アタシを見くびるんじゃないよ!」
レアンとカタリナ、二人の狙撃が的確に前線を援護する。当然、二人を狙おうとする敵も現れるが、それをイリアが守護していく。
そしてバシリスは、砂海の面々と組んで前線で体術を振るっている。猫人ゆえのしなやかさか、能力によるものか、身軽な動きで相手の足を止めたところを、砂海の3人が仕留める布陣だ。
「悪いけれど、みんなには近寄らせませんよ!」
「いやぁ、バシリスの旦那がいると戦いやすくて楽ですねぇ……っと!」
「ハーメリアちゃん、あなたのPSは使っちゃ駄目よ?」
「分かっています! 力が無くても、負けたりしません!」
殺傷力の高いPSは使えない。ハーメリアもそれに該当するが、彼女のボウガンの腕前は十分に高い。……だが、さすがにやや感情が先走っている様子も見える。
「ふん。思ったよりは粘りおるわ。だが、このまま行くと思っておるならば、そちらこそ大間違いだ!」
将軍の号令で、次の部隊と入れ替わる。どうやら、休ませてくれるつもりは無さそうだな。
当然、向こうも一口で軍人と言っても、個人の戦闘力には隔たりがあるだろう。相手の余裕は、まだ切り札を残しているからか。疲労したところを本命で仕留めに来る可能性は高い。後は、どこまで俺たちが戦力を保ち続けることができるかだが……そう考えた時だった。
「民間のお遊び慈善事業ごときが、生意気なんだよ!」
「お遊び、ですって……?」
「違うってのか? お前みたいなちょっと戦えるくらいの子供まで混じったような集団が!」
「ふざけないで! 私達の戦いを……あなた達なんかに、これ以上馬鹿にさせない!!」
相手の挑発に、ハーメリアが思わずと言った様子で突出する。狙いを定める少女だが、それを狙っていたかのように、そいつが素早く矢を避けながらハーメリアに接近した。加速能力か……!
「どうやらお前は本物の馬鹿みたいだな!」
「く……!?」
あれは、間に合わない。俺もそう思った。
……だが、その一撃がハーメリアを捉えることはなかった。彼女の正面に割り込んだ白い影が、その剣で彼女を守ったからだ。
「……平気か、ハーメリア?」
「へ……ヘリオスさん?」
「アング曹長!? 貴様、何を!」
「申し訳ありませんが、もう我慢はできません。こんな横暴、上官だろうが何だろうが、従えるはずがない! 私は……いや、僕は、ただのヘリオスとして、僕の意思で、ギルドの味方をします!!」
軍人としてではなく、本来の口調で啖呵を切る。吹っ切れた良い表情だ。そのまま、面喰らった様子の相手を斬り伏せ、無力化する。
「ははっ。さっすが曹長! で、ウチらはどうする、オリバー?」
「それは当然。直属の上官が定めた敵に、共に立ち向かうとしましょうか!」
続けて、アッシュとオリバーが飛び出してくる。これは……実に有難い援軍だな。彼らの実力はもちろんだが、軍にも味方がいるという精神的な影響は大きい。
「良いのか、ヘリオス?」
「もう今さらだよ。ふふ、もしかしたら明日から無職かもね? ああ、だけど……すごく、清々しい気分だよ!」
「グハハハ! 本当に、君は最高だね、ヘリオス! どうだい? もし行くとこが無くなったら、うちのギルドに来ない?」
「縁起でもないことを言うよりも前に、私たちは彼の立場を守るために動くべきだと思うが」
「もう、分かってるってばマッくん。彼が欲しいのは本心だけどさ! ……でも大丈夫なのかい、大佐?」
「我々は諸君の案内をしろと言われただけで、戦線に加われと言われたわけではない。そして、彼らに下された命令はギルドへの協力……止める理由は特にないな?」
「ライネス! 貴様、そのような戯れ言を……!」
「将軍。残念ですが、私は元首から勅命を受けています。そして、我々にとっての最高指令は元首。貴方の命令よりも、優先されます」
「勅命だと……!? あの、若造め……!」
ここに来て、身内からの反撃に将軍が思い切り牙を噛み締めた。……大佐は、命令に望まず従っているかのように見えていたが、期を窺っていたんだな。思っていたよりも、したたかな男だったようだな。
立場が違うとは言え、同じ軍人の離反に、反ギルド派の中にも少なくない動揺が広がっていた。……ベルナーのように立場上逆らえないだけの者、迷っていた者は、他にもいるはずだ。そういう奴らにとって、ヘリオスの行動はどう映っただろう。
そうして、流れが完全に傾きかけた時。戦場の中心に、とある男が姿を見せた。
「全く、どいつもこいつも情けねえな……」
欠けた角を持つ黒いガゼルの男……ダンク・レイランド。恐らく、反ギルド派にとっても、最大に近い戦力のひとり。
「兄ちゃん……」
「ヘリオス。一応、最後に確認しとくぜ。分かってて、そっちに立つんだな?」
意外にも、その男はヘリオスを問答無用で糾弾しようとはしなかった。ヘリオスは、少しだけ辛そうに目を細めたが、すぐに強い意思で相手を見据えた。
「僕はもう、アっちゃんを裏切りたくはない。それに、将軍のやってることは、間違っていると思うから。孤児院を……僕の守りたいみんなを守るには、ギルドのみんなの力が必要だよ、兄ちゃん」
「そうかよ。……俺はそうは思わねえ。お前相手でも手加減はしねえからな?」
「……うん」
ヘリオス相手に向けたその視線は……敵対の寂しさと成長への喜びがないまぜになったような目は、正しく兄のものだったように見えた。だが、ガゼルの表情はすぐに好戦的なそれに移り変わる。
「将軍、そろそろ私は待ち疲れました。このまま勢いづかせる前に、徹底的に叩き潰した方が良いのではないですか?」
「ふん、どうやらそのようだな。良かろう、少尉。好きに暴れるが良い」
将軍の返答に、攻撃的な感情を隠さない笑みを浮かべて、その男は大剣を振りかざした。……来るか。だが、こいつの相手は……。
「待てよ、ダンク。せっかくの機会に無視するつもりじゃねえよな?」
俺たちは、ある意味でこの瞬間を待っていた。誰よりも、この時のために蓄えていたであろう男が、前に出る。
「みんな、こっからは俺様の番だ。そいつの相手は、俺様がする」