ジークルードの戦い 3
模擬刀を構える俺の姿に、目の前の小隊の面々も戦闘態勢に入っていく。
「ギルドとは、つくづく英雄的な思考がお好みのようだな?」
そう皮肉げに吐いたのは、指揮官らしきあの女だ。お前たちは英雄などではないと突き付けているつもりかもしれないが、無論、俺からすれば滑稽な言葉でしかない。趣味が悪いかもしれないが、道化はそちらのようだな?
「てめえは本気で気に食わなかったんだ、スカシ野郎! 自分からしゃしゃり出てくれて、感謝するぜ……!」
「奇遇だな、俺もお前たちは気に食わなかった。せいぜい、足元をすくわれないようにするんだな?」
あの時の意趣返しが伝わったかは定かではないが、ジャッカルはさらに目を血走らせている。立ち振舞いや指揮官とペアで動いていたことを見るに、この中ではこいつが副官だろう。
「アレシア少尉、貴様の希望で先陣を任せたのだ。無様を晒すでないぞ?」
「お任せを、将軍。――総員、散開!」
アレシアと呼ばれた女の号令で、統率の取れた動きで小隊が俺を取り囲む。俺の側も月の守護者を発動させ、一瞬だけ辺りに静寂が満ちる。
「所詮はたったひとりだ! 大口を叩いたこと、後悔させてやれ!」
そして、火蓋は切って落とされた。四方からの銃撃を、まずは飛び上がって避ける。
「…………!」
地面に降りたところで、前衛が突撃してくる。目の前にいた男の剣を受け止め、横からの槍による鋭い刺突が来る前に後ろに跳ぶ。着地点を狙った銃撃は、姿勢を低くして避ける。
「畳みかけろ! 奴に休憩する隙を与えるな!」
そのまま、怒濤のコンビネーションが襲い掛かってくる。守りを捨てた猛攻は、俺ひとりを倒せば良いという状況だからか。
直後に感じた気配に、飛び上がる。数秒の間を置いて、俺が立っていた地面が隆起した。立っていればバランス程度は崩していたかもしれないな。……だが、あの銀熊人とは比べるべくもない。そう簡単に不意打ちを喰らうか。
続けて迫る銃撃を、身をひねって避ける。刀で防ぐ。飛び上がる。波動で撃ち落とす。敢えて俺は、攻撃はせずにしばらく防御に専念した。
最初、相手はそれを好機だと思ったらしい。俺に攻撃する余裕がないのだと。
打ち合えば分かる。彼らの練度は低くはないし、俺でも油断はできない。だが……一人の相手を集団で追い詰めるのは、UDBの群れと衝突するのとは話が違う。
射線を調整し、誤射を狙う。囲ませないように足を運ぶ。仲間の攻撃が邪魔になるように誘導する。全員の全力を発揮させないようにするのは、集団戦の基礎だ。
ならばと襲ってきたのはジャッカルの炎。弾丸のようなそれを横跳びに避け……ほくそ笑んだ相手の反応を見て、俺はそのまま飛ぶ。予想通り、ブーメランのように戻ってきた炎弾が、先ほどまで俺のいた場所を通り抜けた。そのまま追尾してきたそれを、撃ち落とす。
PSは人によって異なるが故、不意をつきやすい。だが、俺が『初めて見た』というだけで罠にかかると思っているなら……甘く見てくれるな。
「くそ、何だこいつ……後ろに目でもついてるのか!」
「生憎、五感が鋭くなるのが俺の力でな。お前ほど分かりやすければ、わざわざ振り返る必要もない」
そのまま一分ほど。俺は、一撃も喰らわなかった。
次第に、相手の動きに困惑が混ざり始めた。おかしい、どうしてまだ仕留められない、そんな感情がはっきりと伝わってくる。勢いが、少しずつ弱くなっていく。……リスクを背負ってでも、演出をした意味はありそうだ。敢えて攻めずに余裕を見せる。それこそが狙いであった……が。
「……未熟な」
思わず、声が出た。横暴さにも腹は立っていたが、それ以上に彼らの未熟さは看過できなかった。
繰り返すが、彼らは弱くない。慢心なく、俺をしっかりと見極めて動いていれば、苦戦した可能性だってある。だが……今は、こんな奴らに負ける気がしない。
「未熟が過ぎる。所詮はたったひとり、だと? この人数がいれば余裕で仕留められると思ったか?」
目の前に立つ相手の実力も見定めずに。ただ、数だけを見て。彼らは、勝てる前提で俺に挑みかかってきた。守りも捨ててだ。俺が本気で最初から迎撃していたら、まとめて倒されていた可能性だってあるのに。
「無力ではない敵がまだ立っている。戦いはまだ続いている! その状態ですでに勝ったつもりなどと、愚の骨頂だ!!」
もしもこれが実戦だったら? その油断が、何人の死を招く可能性を孕むと思っている。ああ、この油断こそがこいつらの姿勢そのものだ。リグバルドはまだ訪れるのに、数回の快勝で調子に乗っている。自分たちは勝てるのだと、勘違いしている。
「覚悟しろ、馬鹿共が。誠司に代わって言わせてもらう……お前たちの勘違い、今ここで、俺が教育指導してやろう!!」
様子見はもう終わりだ。一斉射撃を、飛ばした波動ではたき落とす。そのまま一気に陣中に潜り、前衛のひとりの銃を刀で払い、続けて胴に回し蹴りを叩き込む。
「が……!」
確かな手応えと共に、そいつが軽く吹き飛び、地面に転がる。
模擬刀であろうと、徒手空拳であろうと、やり方によっては命すら奪える。月の守護者を発動している今ならば尚更、やりすぎないように注意は必要だ。だが……少々、痛い目程度は見てもらうぞ。
そのまま、ひとりずつ切り崩していく。武器を飛ばし、無力化さえしてしまえば、模擬戦としては十分だろう。もしもそれでも立ち上がって来るのならば、その時は本当に動けなくするまでだ。
「……あいつ、キレちまってねえか? いや、俺様もムカついてはいるけど、あのガルフレアだぜ?」
「あいつはかつて指揮官だったようだからな。覚えているか無意識かはともかく、己の鍛えた部隊との差異が、我慢ならないのかもしれん」
そんな会話も聞こえてはくる。この言い様のない腹立たしさには、確かにそれも含まれているのかもしれないな。
「図に乗るんじゃねえぞ、この優男が!」
突っ込んできたのは、ジャッカルの男。炎を纏ったサーベルで、俺に向かって鋭い突きを放ってきた。その動きで、他の者よりも一段上の技量を持つことは理解した。が。
「邪魔だ」
「は……?」
これ以上は盛り上げてやるつもりもない。軸をずらしてその一撃を避けた俺は、刀でサーベルを叩き落とす。そのまま懐に潜り込み、腹を狙って拳を思い切り突き入れた。胃袋に最も強烈に衝撃が伝わる角度だ。
内臓が押し潰され、ジャッカルの表情がたまらない苦悶に歪む。プライドからか、少しは耐えようと踏ん張るが、そのままよろめいて膝から崩れ落ちる。しばし地面でのたうった後、胃の中身を吐き出した。こいつはしつこく迫ってきそうだからな、悪く思うな。
「……ジョアン曹長が、こんな簡単に……」
「悪いが、ヘリオスと同階級とは思えないな」
そのまま、勢いの削がれた他の連中を薙ぎ倒す。残るは、あの女だけだ。
「くっ……!?」
「降伏するか?」
「だ、誰が……!」
「そうか」
女性を殴る趣味はないが、女性ならば無条件に殴らないほどに優しくもない。戦う意思を見せた以上、容赦はしない。
銃剣を構える女と、刀で打ち合う。……だが、明らかに勢いがない。部隊がこうも容易く潰されれば、無理もないかもしれないが……それならば、せめて降伏すべきだった。負けを認める勇気も、立ち向かう勇気もなく。何もかもが……腹立たしい!
「半端な選択をする者が、戦場で生き延びられると思うな!!」
一気に武器を吹き飛ばし、足元を払う。
「ああっ……!」
バランスを崩した女の喉元に、刀を突き付ける。いくら模擬刀でも、実戦ならば死んでいたということは理解したのか、女の表情には恐怖が貼り付いている。
再び、辺りに静寂が満ちた。この状況で、勝負がついていないなどと思う奴はいないだろう。
「一個小隊を、本当にひとりだけで……」
「あれが……ガルフレアさんの本気」
「ぐはは、違うと思うよ。あれ、まだ余力を残してる顔だ。全く、有能な若手ばかりで俺も危機感持っちゃうよ」
「……まだ続けるか? 何なら、小隊と言わずに中隊だろうが、それ以上だろうが相手をさせてもらうが。仮にそれで俺を仕留めたとして、こちらにはまだ俺以上の実力を持つ者がいるということを忘れるな」
全体に向けて宣告すると、デナム将軍が苛立った様子で唸った。
「小隊を潰した程度で、舐めた口を……!」
「舐めているのはお前たちだ! 俺ひとりなど比にもならない敵がこの国に迫っているということを、理解しているのか!!」
ああ、そうだ。リグバルドの驚異は、こんなものではない。俺相手にこのような無様を晒している有り様で、よくも自分たちで十分などと言ったものだ。