ジークルードの戦い 2
演習場に辿り着いた時には、すでに軍は俺たちを迎え入れるような配置についていた。……全体の何割かは不明だが、いま見えるだけで数百名はいるな。海翔が小さく口笛を吹く。
「おーおー、壮観じゃねえか?」
「……お前、それ結構気に入ったろ?」
「強者の余裕っぽいだろ? で、コウはやっぱびびってんのか?」
「何でそうなんだっつーの! ……ビビるより先に、ムカついてる。一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねえ!」
「お前と意見が合っちまったな。ガキだって侮ってる奴らの顔、思いっきり歪ませてやろうぜ?」
「お前たち、ほどほどに……って、言うとこかもしれないけど。今回ばかりは、おれも一緒だ。おれ達を馬鹿にしたこと、後悔させてやる!」
少年たちの闘志に溢れた会話を聞きつつ、軍の先頭に立つ男を見る。高圧的な態度を隠すつもりもなく、こちらを真っ直ぐに見据えていた。代表として、ランドが一歩前に出る。
「ギルド一同、申し出に従い参上致しました。〈獅子王〉のマスター、ランド・アーガイルと申します」
「儂がテルム軍大将、イストール・デナムだ。お初にお目にかかる、とでも言わせてもらおうか?」
そう答えた緑竜人の男は、話によればかなりの高齢のはずだ。いくら軍人でも、大将ともなれば前線を離れて久しいと思われるが……しかし、その佇まいに衰えは見えない。竜人特有の体躯は2メートル近く筋骨粒々としており、鱗の色がややくすんでいる以外は、全く老いを感じさせない肉体だ。確かに、称号だけのお飾りというわけではなさそうだな。
他の奴らは……孤児院の三人はすぐに見付けられた。俺の視線に気付くと、ベルナーは俯いて目を逸らし、ミントはわざとらしいほどの笑みを浮かべる。ダンクという男は、そもそも俺には興味もくれず、ただ一人にだけ鋭い視線を向けている。
「親善試合の提案は、将軍のものと聞いております。この機会を設けていただき、ギルドとしても……」
「余計な言葉など求めておらぬ。儂がなぜ貴様たちをここに呼んだか、理解はしておろう?」
デナム将軍は、ランドの言葉を遮ってそう告げる。単刀直入に来るつもりのようだ。
「はっきりと言うが、儂は、ギルドが心底気に食わぬ。ギルドと軍の共同戦線によりUDBを追い払えたなどと伝えられているようだがな……ふん! 何が共同戦線か! 我らの1割どころか1分にも満たぬ頭数で、よくもそのような口が叩けたものだな」
「……ギルドが助力を求められたのは、元首の要請によるもの。我らの到着を待って、ようやく反攻作戦の目処が経ったと聞いておりますが?」
「元首の意向なぞ知ったことではない。元々、あの程度のUDBなぞ、我らだけでいつでも追い返せたのだ。それをあの若造が日和りおるから、余計な時間がかかり、いたずらに被害だけが増えたのだ! ただ半端に混ざっただけで、自分たちが役立ったと誤解しておるならば、自惚れも甚だしいものよ」
自惚れているのはどちらなのですかねえ、などというジンの呟きが聞こえた。もちろん将軍には聞こえないような声だが……なおも、将軍は己の憤りをランドにぶつけていく。
「我らには、自らの国を守り抜いてきた実績があるのだ。それを、たかだか数十名で大きな顔をしよって。バストールからすれば、我らにはその程度で十分と判断したのやもしれぬがな。この程度で大きな顔をされることなど、認めるわけにはいかぬのだ!」
「ギルドの力など、無くとも一緒だったと?」
「その通りだ。ギルドなぞ所詮、民間の慈善事業に過ぎぬ。遊び半分で戦いに関わっているような連中は、邪魔ですらあるわ」
その暴言に、後ろで尻尾が地面を打つ音が聞こえた。……海翔か。彼は以前、アトラの同じような言葉にも激怒していたからな。視界の端には、踏み出しかけてロウに諌められているハーメリアも映った。
「ハーメリア、堪えなよ。後からしっかり見返すには、ここで自分を同レベルに落としちゃ駄目だ」
「分かって、います……!」
とは言え、憤っているのは彼らだけではない。後ろでは浩輝が小さく唸りを上げているし、俺だってこれで腹を立てないほどの慈悲など持ち合わせてはいない。ああ、上等だ。ここまで真っ直ぐに来られれば、考える余地もなくていい。
「……ま、こうなると分かってはいたがな。あんたが元からギルドってもんを嫌ってた話は聞いている。八つ当たりされるこちらはたまったものではないが」
「ふん、本性を表しおったな? 礼節を欠いた若造めが」
「こちとら、敬うに値しない相手に返す礼儀など持ち合わせていないのでな。で、あんた達を納得させるために、こちらは何をすればいい?」
このような侮蔑を受けて取り繕う気は、こちらとてない。ランドがやや呆れ気味に問いかけると、デナム将軍は鼻を鳴らす。
「当然、貴様たちの力が、我らと同等であると示してもらう。それが出来るのであれば、儂とて認識を改めてやろう」
「では、この人数と戦えとでも言うのか?」
「出来ないのならば、このまま逃げ帰るといい。そのような臆病者たちに時間を割く意味もないのでな?」
露骨な挑発の言葉。彼としては、どちらでも良いのだろう。挑みかかってきた俺たちを叩き潰せたとしても、逃げ帰った俺たちを排斥できたとしても。……自分達の勝利は、微塵も疑っていないのだろうから。
イストールが手を上げると、控えていたうちの一部が前に出てきた。人数は30名……小隊といったところか。そして、最後尾にいる指揮官の女と、前線に立つジャッカルの男には、見覚えがあった。あの時、リュートを取り締まろうとしていた二人だ。
「安心せい、全軍で制圧するような真似はせぬ。こちらは部隊を順番に出す。貴様たちはどのような戦法を使っても、それを最後まで打ち破れば良い。単純な話であろう? まさか、バストールからの援軍はこれで十分だと判断しておきながら、数を言い訳にするつもりもあるまい?」
「……見くびってくれるな」
ランドが溜め息混じりに振り返る。挑発にまともに付き合うよりも、俺たちの意見を聞こうと決めたようだ。とは言え、逃げ帰るという選択は誰にもないことは、表情で伝わっているだろう。
「どうする、お前達? 一気に全員でぶつかるのも、代表が順番にぶつかるのもありだが……まず前に出たいと希望する奴はいるか?」
「希望できるなら、僕は是非とも希望したいところだね。元の姿に戻って大暴れしたいくらいだよ」
『俺モダ。家族ヲ侮辱スルコトハ許サナイ……!』
「やれやれ。あっしは楽なのが好きなんですが……それ以上に、馬鹿にされっぱなしってのは気にくわないですからねぇ」
「アタシ達の戦いを遊戯と嘲笑ったんだ。容赦は必要なさそうだな?」
言うまでもなく、全員が憤っているだろう。己の手で見返してやりたい、と。次々と挙がる声に、ギルドマスター達が互いの視線を交わしている。このまま、彼らにどう戦うかを決めてもらうのが自然なのだろう。
「少し、待ってくれ」
それは理解しつつ、俺は声を上げた。
「まずは、俺ひとりに任せてくれないか」
俺の宣言に、辺りがしんと静まる。ギルドと軍、双方の視線が集まった。
「……何だと?」
「あの程度の相手ごときに、全員の力が必要か? 俺にはそうは思えない。少なくとも、マスター達や誠司が出るのは、あまりにも勿体なさすぎる」
意趣返しと言うわけではないが、挑発するように言葉を選ぶ。イストールが分かりやすく目を細めたのが見えた。
「将軍は言った、同等であることを示せと。だが、それでは足りないな。どうせなら徹底的に、俺たちの方が格上である、と見せ付けたくはないか? 例えば、マスターでもない若造ひとりに小隊がひとつ潰されでもしたら……」
そのまま、わざとらしく不敵な笑みを作り、軍の連中に視線を向ける。
「さぞや、気持ちいい表情をしてくれそうではないか?」
元から反感を持っていた連中だけに、挑発の効果は覿面。ジャッカルの男など、今にも飛びかかってきそうだ。
油断しているわけではない。一人ひとりの戦闘力で言えば、彼らもいっぱしの軍人としての水準を保っている。気を抜けば、俺はこの挑発の代償を支払うことになるだろう。リスクが高いのは百も承知である。
……憤っているのも、もちろんある。だが、これは感情に任せた提案ではない。
何と言おうと、戦いにおいて数は力だ。背後からの攻撃に対処できる者などそういないし、そうでなくとも連戦は強いられる。肉体的にも精神的にも疲労は蓄積し、元の実力差など簡単に覆してしまう。
それに、瑠奈たちはまだ対人戦に慣れていない。誠司やマスター達の力があっても、今のまま正面からぶつかれば、容易な戦いではない。
ならばこそ、もうひとつの大事な要素を活用させてもらう。すなわち……士気だ。
どのような雑兵の集まりであろうと、士気の高さ、勢いがあれば、それは強大な力となってしまう。そして、その逆も然り。
連中の士気は高い。俺たちを徹底的に痛めつける良い機会だと……俺たちを簡単に倒せると思っているからだ。この勢いを削いでおくため、意識を変える。もしかすれば負けるかもしれない……そう思わせてしまえば、突き崩す隙は格段に生まれやすくなる。
そして、俺は……集団に一人で斬り込むことには、慣れている。それが、銀月の戦い方だったから。
「おい、色々言ってるけど、美味しいとこ持っていきたいだけじゃねえのかお前!」
「否定はしない。だが心配するな、リック。俺がやるのはあくまでも前哨戦だ。みんなの鬱憤を晴らす機会も、大事な決着の機会も奪い尽くすつもりはない」
視線をアトラに向ける。この戦いにおいて、彼の因縁にもはっきりとした区切りがつく、そんな予感があった。そんな中、堪えきれなくなったようにロウがせせら笑いはじめた。
「グハハハハっ!! いいね、面白いよ! ねえ、みんな、どうだい? まずはガルの言うとおりにしてみない?」
「……敵の首魁を退けたというガルフレアの剣は、私としても信用に価する。決定は委ねよう」
「俺は構わんが、そいつのマスターに判断してもらうとしようか。どうするんだ、ウェアルド?」
「……全く。お前までやんちゃをするようになるとはな。お前はこういうのを諌める側でいてほしかったのだが」
「悪いな。だが、俺も若者の側だ、と言ってくれたのはあなただろう?」
「おっと。一本取られたな、これは」
苦笑したウェアは、次に俺へと真剣な視線を向けた。
「勝てるか?」
そう、短く問いかけてくる。だから俺は、はっきりと告げた。
「勝てない戦いの提案を、俺がすると思うか?」
ウェアルドが、この状況には似つかわしくないほどに穏やかな笑みを向けた。彼が一同に視線を投げ掛けると、みんなは頷いてくれた。それを見て、俺ひとりだけが踏み出し、他のみんなはいったん下がる。