ジークルードの戦い
そして……翌日。
「ここがジークルード砦か……」
4つのギルドが合流した後、俺たちは、軍の主要拠点であるジークルード砦を訪れていた。赤牙・砂海は全員が、胡蝶からも数名が、獅子王からはランドとセレーナ、リック、レアン、ロイとレニ、それからノックスが集まっている。獅子王と胡蝶の他メンバーは街に残り、不在中の警戒を請け負ってくれた。
首都ソレムからさほど離れていない箇所にあるこの砦は、サングリーズと比べるとやや小さいが、この国でも有数の軍事拠点というだけはある。緊急時に民間人が避難する役目も負っているらしく、防衛設備としての水準は高そうだ。
車を降りるとすぐに、見知った顔が俺たちを出迎えた。
「ヘリオス達……」
「ライネス大佐!」
「………………」
「……お待ちしていた。閣下より、諸君を案内する役目を承った」
大佐は、やや疲労の色が濃い声で、そう告げた。……悪趣味な人選だな。ヘリオスは無言で俯いており、配下のふたりも表情は暗い。
「すみません、皆さん……ウチ達じゃ、どうしようもなくて」
「曹長と共に掛け合ってはみましたが、聞く耳を持ってはいただけませんでした。その上、このような役目を押し付けられてしまい……」
「大丈夫、分かってるよ。ありがとね、みんな。上に逆らうなんて、軍じゃ大変なことだろうにさ」
ライネス大佐の先導で、砦の中へと入っていく。今日の試合が行われるのは、演習場。一度砦の中に入り、そこから屋外に出た場所にあるそうだ。
「だけれど、立派な砦ねぇ」
「この砦の改修は、リカルド元首が就任してからすぐに行われたものですね。何かあったときの備えは大事だってのと、みんなに仕事を与えるには都合が良かったからって聞いています!」
「あん時にはアタシ達も手伝ったが……はっ。それがこうして牙を剥いてくるとは、とんだ皮肉だな」
そんな会話をしているのはセレーナと、胡蝶のメンバー達である。この状況下にあっても明るい口調の男は、バシリス・メルクーリ。快活で笑顔を絶やさない白い猫人の好青年で、やや童顔だが歳は俺より上だ。
もう一人、辛辣な言葉を発したのはカタリナ・デュカキス。各地を一人で渡り歩いた経歴のある、歴戦の女傑である。口調は男勝りそのものだが、外見は美しい人間女性で、さらりとした黒のセミロングとスタイルの良さが大人の魅力を引き立てている。
直接顔を合わせたのは初めてだが、どちらも実力はアレックやエミリーに劣らないとの評価だ。胡蝶のメンバーは、マックスとこの二人が代表で同行している。
「大佐、今日のこの砦には、どの程度の戦力が集まっているのでしょうか? 各地の防衛が全て外されたわけではないと考えていますが」
「さすがに、半数以上は各地の防衛に残されたままだ。……集められたのは、元からの所属兵を除けば、反ギルド派と呼ばれる者たちだ」
なるほど。周囲から敵意を強く感じるのは、そのためか。もっとも、それで怖じ気つくならばここには来ていない。
そうして、言葉も少ないまま大佐の後ろに着いていく俺たちだが、しばらく進んだところで、ヘリオスが我慢できなくなったかのように声を上げた。
「大佐、やっぱりこんなのは駄目です! 今からもう一度、元首に止めてもらうように提案しましょう!」
「曹長……それは、出来ない。この試合は、元首も承認済みの話だ。あの方が決定を覆すことなど、よほどの事態が起きない限りはない」
「だからって、こんな恩を仇で返すこと! 僕は、こんな……こんなことをするために、軍で戦ってきたわけじゃ、ないんです……!」
今にも泣き出しそうな、ヘリオスの悲痛な叫び。大佐も言葉に詰まる。だが、そんな彼に、場違いなほどに軽く声をかけた者がいた。
「おいおい、ヘリオス。素になってんぜ、素に。ここお前の職場なんだし、ヤバいんじゃねえの?」
アトラは、茶化すような笑みでそう告げる。俺たちですら困惑するような態度に、ヘリオスが食ってかかる。
「冗談を言ってる場合じゃないでしょ! だ、だって。このままじゃ、アっちゃん達が……!」
「へえ。お前、俺様たちが負けると思ってんのか?」
「……え」
「お前は近くで見たろ、ヘリオス。ギルドの戦いってやつを。どうだ? 俺様たちは、余裕ぶってる数だけの連中に、簡単に負けちまうようなザコだと思ったか?」
「そ、そんなことはないよ! ……で、でも、アっちゃん。兄ちゃんは……君に!」
「だってもでももどうでもいいってんだ! いいか、ヘリオス。俺たちはな、何が待ち構えてんかなんて分かった上で、ここに来たんだよ。……だから、無理にお前が守ろうとする必要はねえよ。決めたのは俺だ。その時点でこいつは、俺の戦いなんだ」
「…………!」
ヘリオスの言葉を打ち消すように、アトラがはっきりと告げた。そこに込められた強い意思は、ヘリオスに伝わっただろう。鳥人は、静かに口を閉じる。
「ま、お前の気持ちには感謝してんだぜ? けど、良い機会だ。お前も見届けてくれよ、俺の戦いをな」
「アっちゃん……」
「しーんぱいすんなって! 見てみろよ、俺様の回りをな。こんなに頼れる仲間がいる。俺様の戦いに付き合ってくれる、お人好しな家族どもがな!」
「格好つけるのは構いませんが、我々は別にあなたの付き添いで来たわけでもなければ、他のギルドかつ初対面の者もいるのですがね?」
「台無しだなこのクソ眼鏡!? ここはノっとくとこだろ普通!」
「四枚目のアトラには、このぐらいのオチが丁度いい」
「三枚目ですらねえのかよ、って誰が三枚目未満だ!!」
「……くっ。はははっ! 成程、面白い連中だな、あんた達は。エミリーに聞いていた通りだ」
「うふふ、そうでしょう、カタリナちゃん?」
「……美女たちに笑っていただけて俺様は満足ですよーだ……」
「はいはい、拗ねない拗ねない! ごめんなさいね大佐、早く行きましょ!」
「……ああ。強いのだな、諸君は」
大佐をはじめ、軍のみんなの表情から、ほんの少しだけ重圧が抜け落ちた気がする。ああ、これが俺たちの強さだ。彼らが責任を感じる必要はない。俺たちは、自ら望んでここに来た。
再び、歩み始める。石造りの部屋を抜け、演習場への通路へと出る。
「ところで、やっぱリカルドはこの話を知った上で止めなかったんだね?」
「……ここまでの規模の話となれば、あの方の承認は不可欠だからな。だが、決してあの方がギルドに反発しているわけではない、ということは理解してほしい」
「どういうことっすか? オレ達の味方なら、そこは止めてほしかったところっすけど」
「上層部からまとめて意見されれば、いかに元首とて完全に突っぱねるのは難しいだろうよ。それに……」
浩輝の疑問に答えつつ、ウェアルドは大佐に向かって、こう投げ掛けた。
「そもそも元首のスタンスは、ギルドの味方だが、この戦いには賛成というところではないでしょうか?」
「…………んん? マスター、それってどういう……」
「何故そう思うのだ、貴方は?」
「単なる予想ですよ。答えも必要はありません。ですが、もしも俺の予想が当たっていた場合は……」
深々とため息をつきながら、ウェアルドは目を細める。どことなく機嫌が悪そうなのは、今の状況によるものか、それとも。
「一発、元首をぶん殴りたい気分にはなりますね」
元首に向けられた感情によるものか。その答えは、けっきょくこの時のウェアは教えてはくれなかった。