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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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言葉は湯煙に消えて

 ホテルの風呂は、さすがに他国の施設と比較はできないが、俺たちが数名ずつ入浴するぐらいなら十分な広さはあった。

 今の男風呂には、俺と蓮、それから海翔とアトラが入っている。30分で交代する予定だ。


「アトラさ、そのボディソープとかって持ち込んでんのか?」


「当たり前だろ? 俺様の美しい毛並みを引き立たせるには、備え付けの安物じゃ足りねえよ」


「ガルはその安物使ってっけどお前より綺麗な毛並みしてんぜ?」


「こいつはチート、反則野郎なの! 比較しちゃいけねえバグなの!」


「誰がバグだ……。言っておくが、俺だって日々の手入れは欠かしていないぞ」


「へえ。言ったら悪いけど、ちょっと意外だな。お前って、あまりそういうの気にしないと思ってたよ。てっきり、天然でその毛並みを保ってるのかと……」


「何もせずに保てたら苦労はしないんだがな。俺自身は気にしないが、ギルドの評判を落とすわけにもいかないだろう。どうしても、第一印象は外見から入るものだ」


 毛並みの手入れは、恐らく、かつての仲間たちと共にいる時からの日課でもある。……外見を武器にする、つまりは潜入などの訓練の一環だったのかもしれないが。さすがにそれは言わないでおこう。


「毛が多い奴らはやっぱ大変だよな。コウとか暁斗もよく洗うの大変ってぼやいてやがるし。レンも、そのタテガミとかだいぶめんどいんじゃねえか?」


「まあ、それはな。こればっかりは獅子に生まれた宿命だと諦めるしかないよ。お前は鱗の手入れとかどうしてるんだ?」


「たまに磨くぐらいだな。それ用のブラシがあって……この国には持ってきてねえけどよ」


「そこが俺様とお前のモテ度の差ってやつだな!」


「うるせえ粗チン赤ネコ!」


「だっ、誰の何が粗末だぁ!? 俺様の身体はどこをどう取ってもビューティフル! こう、幾多の女性を喜ばせてきた俺様のもんが粗末なわけねえだろ!」


「童貞だってフィーネが言ってたぜ?」


「んな事あいつに教えてねえぞ!? ……あ、いや、そうじゃなくて。そんな嘘、俺様のモテモテっぷりに嫉妬した陰険メガネの策略に決まってんだろ〜?」


「やめとけやめとけ、語るに落ちてんぞ。似非プレイボーイの童貞……うわ、すっげえ情けねえ文字列だな?」


「こ、このクソガキぃ! そこまで言うならてめぇのはどうなんだコラ!!」


「うお!? おい引っ張んな馬鹿! 変態!」


 タオルを奪おうとするアトラとそれに抵抗する海翔……貸し切りだからまだ良いものの、何をやっているんだか。俺と蓮は一足先に身体を洗い終えると、巻き込まれないうちに湯船に向かった。


「本当に、明日は大変だって言うのに、あいつらはいつも通りだよな」


「気を張って休めないよりはよほど良いさ。これが俺たちの強みでもあるのだろう」


 こういう状況にみんなが慣れてしまったと考えると複雑だが、良い緩さだと思う。最近はみんな、色々と気にかかる素振りも多かったからな。

 アトラのことはやはり気になるが、空元気でもなさそうだ。……全ては、明日になれば分かる、か。他者を気にしてばかりいないで、俺も己の身体を休めることに専念しよう。湯に深く浸かると、疲れがゆっくりと溶けていくようだった。


「ふう……」


「いい湯だな。このホテルが充実してて助かるよ」


「元首とロウには感謝しなければな。風呂にゆっくりと浸かれるのは、疲労の回復には重要だ」


 特にこの国は気候のせいで、日中にはかなり汗をかいてしまう。贅沢な待遇への引け目は多少あるが、そこで遠慮するのではなく、その分の成果を上げる努力をする方が建設的だろう。

 そのまましばらく、俺たちは静かに湯を堪能する。程よく温まってきた頃に、蓮が口を開いた。


「だけど、エルリアを出てから、色々と体験して……おれ達は本当に恵まれた環境なんだなっての、分かった気がするよ。もちろん、お前やアトラの体験には全然足りないんだろうけどさ」


「そうやって考えてくれるだけで、嬉しいさ。辛い体験など、可能であればしない方が良いからな」


 瑠奈とも同じような話をしたが、理解をさせるために同じ環境に、などと考えたくもない。彼らがあの地獄を味わうようなことは、あってはならない。……だが、蓮は俺の返答に、軽く視線を落とした。


「なあ、ガル。良い機会だから、聞かせてくれ。お前さ……ルッカのこと、どこまで思い出してる?」


「……それは、彼の過去、彼がどうして戦いに身を投じているかという意味で、か?」


 頷いた蓮に、俺は溜め息をついた。サングリーズでの話は聞いているが、蓮は、今のあいつを理解しようと必死なのだろう。


「結論から言うと、はっきりとしたことは分からない。かつての俺は知っていただろうが、組織に入ってからの記憶はほぼ戻っていないんだ。ルッカとは、それより後に出逢っているはずだからな。俺と同じような目に遭ってきたのだろう、とは想像できるが」


「うん……そうだよな。悪い、お前も大変なのは知ってるのに」


「いや、力になれなくて済まない。……何も知らない、と言われたそうだな、あいつに」


 蓮の表情が沈む。あの時からずっと、ルッカの言葉は彼の心に棘として刺さっているのだと思う。


「実際、そうだったと思うよ。おれは、あいつの過去を何も知らない。そう軽々しく、聞いたりしたらいけないと思ってた。……だけど、さ。改めて思うと、それは言い訳だったのかもしれない。きっと、踏み込んで関係が壊れるのが怖かっただけなんだ、おれは」


「難しい、話だな。踏み込まないと言う選択も、お前があいつと付き合っていくために決めたものだろう?」


「そうだな……でも、その結果がこれなんだ。戦いでは突き放されて、言葉は何も響かなかった。おれは、あいつに何もできなかったんだ」


 ……ウェアの言うとおり、彼もずっと抱えてきたのか。完膚なきまでの敗北、あまりにも遠い目標……思い悩まない方がおかしいだろう。


「お前がルッカのことを気にするのは、当然だ。それを止めるつもりもない。それでも……ジンの受け売りだが、焦りは事態を好転させはしない」


「分かってるよ。上村先生にも言われたし、頭では、分かってる。でも……」


「それでも焦る、か?」


「……ああ。おれ、バストールに来てから、色々と上手く行ってないから。他のみんなと比べて、ちゃんとやれてないって、自分で思うんだ」


「………………」


 上手く行ってない、ちゃんとやれてない。その言葉が、耳に残る。そんな事はない、と言おうとして、口をつぐんだ。きっとその中には……恋の話も、含まれている。ならば、俺にそれを言えはしない。


「お前がそう思うなら、努力を止めはしない。ただ……俺は友として、仲間として、お前のことを信頼している。お前を頼れる相手と思っているし、頼られたいとも思っているんだ。それは忘れないでくれよ、蓮」


「………………。おれ、どうして」


「なに?」


 小声で何かを呟いた蓮。だが、それは俺にも聞き取れない程度の、音として発せられたかも判断がつかないほどのものだった。


「ガルフレア。ひとつ、おれの頼みを聞いてくれないか」


「……何だ?」


「もし、これから先。おれが……お前を。お前の、ことを……。…………いや」


 そこまで言ってから、蓮は俯いた。口だけを少し動かしてから、思い直したように顔を上げて、力なく笑う。


「ごめん、何でもない。変な弱音も吐いて悪かったよ、忘れてくれ。ちょっと疲れが溜まってるみたいだから、今日は早めに寝ようかな」


「……大丈夫か、蓮」


「うん、心配しないでくれ。おれは、大丈夫だから。お前も無茶してばかりだし、ちゃんと休めよ?」


 それだけ言い残して、蓮は上がる。戻り際、まだじゃれあっていた海翔とアトラを軽く小突いて「早く入らないと後がつかえるぞ」と注意する姿は、いつもの彼のものだった。


「蓮……」


 彼は、何を言おうとしたんだ。追いかけて問うべきか? だが、問いただしたところで答えてくれそうでもなかった。いずれにせよ、放置はできないが……ただ話すだけではなく、方法を考えた方がいいかもしれないな。誠司やウェアに相談するとしようか。




 ……気のせい、だろうか。

 蓮の目付きが、一瞬だけ、鋭くなったような気がしたのは。






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