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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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軽口のメッキ

「ベル。お前たちがギルドに反発しているのは……俺がいるから、か?」


「……いや、所属の問題だ。直属の上官が、元から反ギルド派だからな。もっとも……ダンクは、違うかもしれないが」


「ボクもベルと同じ。キミへの対応は、単純にキミ自身がムカつくだけだよー? 別に他の人はどうでもいいんだけど、ダンク兄は一緒くたに考えてるだろうね」


「……そう、か」


 この場にいない、ダンクという男。諸々を考えれば、アトラへの憎悪がために、ギルド自体に反発しているのだろう。自分が仲間を巻き込んでいる、と改めて突き付けられたためか、アトラの尾が下がっている。


「……気にするな、アトラ。ウェアの言葉を忘れるなよ」


「……分かってる」


「ふーん、随分と溶け込んだもんだね? おっと、黙るんだった。と言っても、もうあまり話せることなさそうだけどね?」


「……そうだな。これ以上、そちらに有益な情報は持っていない。ダンクならば、もう少し詳しいかもしれないがな」


 内部事情が聞けただけでも有難いし、仮にそれより重要な情報があっても、おいそれと教えてはくれないだろう。ならば、この辺りか。


「了解した。プライベートな時間を邪魔してしまい、悪かったな。では、俺たちはこれで……」


「ちょっと待ってくれ、ガル」


 だが、離れようとしたところで、アトラがそう切り出した。


「悪い。ひとつだけ、どうしても言いたいことがあるんだ」


 怪訝そうな顔をする二人に向かい、アトラは一歩だけ前に踏み出すと、おもむろに頭を下げた。


「済まなかった」


「…………っ!」


「………………」


「あの時、俺は間違いなく孤児院を傷付けて……お前たちも、傷付けた。お前達からどう思われたって、何をされたって、仕方ないと思っている」


「アトラ……お前」


「虫がいいのは分かってる。それでも……あの時、みんなから逃げたことを……ずっと、後悔してた。本当に、済まなかった」


 深く、頭を下げての謝罪。過去に置き去りにされた後悔を清算するための言葉。

 少しの間、沈黙が広がった。ベルナーは、明らかに狼狽している。恐らく、今は加害者としての意識を持っていたが故に――だが。


「……あはっ」


 沈黙を破ったのは、少女の声。


「あっはははははは! ……何それ? 今それを言うとか、笑い死にさせるつもりかい!」


 ミントが、ひどく愉快そうに笑っている。それに反して、彼女のアトラに向けた視線は、とても冷たい感情だけが見て取れた。


「と言うか、今さらすぎでしょ! 謝ったらキミのやったことは無くなると思う? ボクがキミに襲われたこと、忘れるとでも思っているの?」


「そうじゃない! 無くなりなんてしないことは、分かってる。それでも、今さらでも、あの時に言えなかったことを言いたくて……!」


「結局はただの自己満じゃん、それ? お涙頂戴のお話なら、絆されるところだろうけどね。はっきりと言っておくけれど、今のキミ……めちゃくちゃ気持ち悪いよ?」


「ミント、お前な!!」


「ベルは好きにしたらいいよ? ボクはキミの考えを邪魔するつもりはない。逆に、キミに何を言われようとボクの考えも変わらない。いくら可愛いキミの言葉でもね?」


「……そういう言い方ばかりだから、ヘリオスも怒らせたんだろう!」


「ああ、そうだったね。あはっ、随分と前の話なのによく覚えてるね? でも、ヘリオスも融通利かないよね。ボクはただ、キミは好きに探せばいいけど、ボクは死んでればいいと思ってるって言っただけなのにさ、すっかり怒っちゃって」


 全く悪びれる様子もなく、軽い口調で覆い隠すように、悪意にまみれた言葉を吐き出すミント。ヘリオスが彼女を語るのに様子がおかしかったのは、それが原因か。

 ある意味では、はっきりした、切り分けのできる性格と言うべきか。己の意見を曲げることもしなければ、他者に押し付けることもしない。自分がそうだからこそ……他者の意思に気を遣うこともしない。


「まあ、キミがどっちを選ぶかって話さ。ダンク兄を見捨ててそっちにつくか、そいつを見捨てて今まで通りに行くかってね」


「っ……」


「そんな言い方、脅迫じゃないですか!」


「あははっ、人聞きが悪いね。どっちでも、好きに選んでいいって言ってるんだよ? 繰り返すけど、ボクはどっちにしろベルへの態度を変える気はない。だけれど、ダンク兄は間違いなく怒るだろうね。最初っからそいつの味方だったヘリオスと違って、裏切りみたいなもんだし? それはベルだって分かってるはずさ」


 我慢できなくなった瑠奈が声を上げるが、ミントは意に介した様子もない。……恐らく、彼女の言葉は正しく客観視したものだろう。ダンクという男について得られた情報からして、もしもベルナーがこちらにつけば、彼は平穏無事にはいかない。


「それに、あんまり知ったような口を聞かないでよね? キミは、自分を殺しかけた相手に『わざとじゃなかった』って言われて、何もかも忘れることができる? 暴走だから仕方ないって? じゃあ、また暴走して、今度こそ殺されないって言い切れるの?」


「それは……! でも、今のアトラは、もうそんな風にはなりません!」


「そんなの知らないよ。知るつもりもないけどね?」


「確かに、君の怒りは正当なものかもしれない。だが、だからと言って、仲間がそれを理由に傷付けられ続けるのを、黙って許すつもりは無いぞ」


 アトラは言っていた。暴走した時に、彼女のことも傷付けたと。力を暴走させた彼の戦いに巻き込まれたのならば、確かに拒絶しておかしくはないのだろう。……それでも、今のこいつへの理不尽に納得したくはない。


「怒りに正当も何もないでしょ? キミに許可される必要も感じないね。あと、誤解しないでよ。ボクは別に悪魔くんに干渉するつもりはないの。ダンク兄が何かやるなら手伝うけれどね?」


「腰巾着女。やはり、私はあなたが心から嫌い」


「ん、それでいいんじゃない? 別にキミに嫌われたって、許してもらえなくたってどうでもいいし。あまり同じようなことを言わせないでよねー?」


 まさに一触即発という空気になりつつある。さすがに、ここで手を出すのが問題であることは双方が理解してはいるだろうが。……アトラが、ベルナーの方を見た。それに気付いた彼は、目を逸らす。


「……アトラ、俺は……お前の力には、なれん」


「…………そう、か」


 アトラの視線が落ちた。彼の心情は察するに余りある。その決断がもたらすものを考えれば、ベルナーを責めることはできない。できないが……アトラの中には、希望があったはずだ。彼とならば和解できるかもしれないと。ならばこそ、その希望が破れた落胆は、最初から拒絶していた相手よりも大きいだろう。そう考えると、悔しくて仕方ない。


「ふふん。結論も出たし、話は終わりってことでいいよね? さすがに街中でケンカは後がめんどくさくなりそうだしさ」


「……ああ。お互い、今日はこれ以上得られるものはなさそうだ」


 気が付けば、周囲の視線を集めていた。潮時だろう。これ以上、アトラに無理もさせられない。


「ま、いじめちゃった分、ちょっとオマケしちゃおうかな。ね、キミ達さ、ボク達の次の目的って何だと思う?」


「……何だと?」


「あくまで噂だけどね? UDB達を追い払って、ひとまずの敵はいなくなった。次の備えはするにしても、いつになるかは分からない。それじゃ、ボク達にとって、真っ先に解決すべき問題……次の敵って、何だろうね」


「…………!」


 軍にとっての敵であるリグバルドは、今はいない。ならば、反ギルド派にとっての問題、敵。素直に考えれば、それは……だが、まさかそこまで。


「ちなみにダンク兄は、今日は打ち合わせをしているらしいよ。悪魔くんのこと知ってから、若手の反ギルド派筆頭になってるダンク兄がわざわざ指名された会議……どんな話をしているんだろうね?」


「ミント、お前、何を言っている……!?」


「ふふっ、噂だって言ってるじゃん? ま、きっとすぐに答えは出るよ。それじゃね、キミ達。出来ればかかわり合いにならず、穏便に過ごせる結論を上が出してくれればいいね」


「ま、待ってください! それって、いったい……!」


「ああ、そうそう。最後に言っとくけどさ。何もかも自分が悪かったーって顔で謝れば済むと思ってるなら、止めた方がいいよ? ほんとに情けなくて気持ち悪いから、今のキミ」


 瑠奈の呼び止めは無視して、ミントはひらひらと手を振りながら人混みの中に消えていった。ベルナーはやや躊躇いつつも、小さく頭を下げて彼女の背中を追い掛ける。残された俺達は、互いの顔を見合わせる。


「ガル、今の話って……」


「……一度、みんなに連絡しよう。ただの噂で片付けるわけにもいかないだろうからな。戻って話し合った方がいいと思う。……大丈夫か、アトラ」


「あ……ああ。俺は、平気だぜ? そもそもこうなると、思ってた、からな」


「無理をするものではない。はっきり言って、余計に痛々しい」


「……今は、虚勢ぐらい、張らせてくれ。それどころじゃなさそうだしな」


 貼り付けたような、へらりとした笑みを浮かべて、アトラは言う。もどかしいが、確かに早めに動いた方が良さそうだ。……望むところだ。見方を変えれば、これは反ギルド派との話を進めるチャンスでもある。本当の敵に備えるためにも、事態は早い方がいい。




 そして、俺たちがみんなに連絡して、ホテルに戻ったのとほぼ同時に……想定とはやや違う形で、その連絡がウェアルドに届けられた。







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