反ギルド派の実態
さて、どうする。あの二人には少し情報を聞きたいが、アトラの件を考えれば、接触するのは望ましくないのではないか。幸い、向こうはこちらには気付いていない様子なので、このまま離脱はできるだろう。
振り返ると、アトラと目が合った。彼は動揺している様子ではあったが、何かを察したのか首を横に振った。
「……俺のことは気にするなよ、ガル」
「だが……」
「どの道とっくにケツ叩かれてる状態だ。自分のことでためらってる場合じゃねえだろ」
咄嗟に隠れた辺り、言葉ほど割り切れてはいないはずだ。ならば、自分に言い聞かせているのかもしれない。……無理はさせたくないが、少し考えた末、ここは彼の言葉に従うことにした。
建物の陰から出て近付いていくと、向こうもすぐにこちらに気付いた。青年の方は驚いたように目を見開き、少女の方はどことなく愉快そうに目を細めた。
「……アトラ」
「おやおや、悪魔くんとそのお仲間じゃんか。なになに、君たちギルドは人のデートを邪魔するのがお仕事だったんだっけ?」
言葉に棘を含ませつつ、悪戯っぽい笑顔でミントと呼ばれた少女はそう投げ掛ける。確かに休暇を邪魔したことは悪いが、それにしても聞いていた通りの性格をしているようだな。
「無粋な真似であることは謝罪しよう。だが、君たちの存在を無視するできないことも、理解してもらえれば有難い」
「あははっ、真面目に受け取っちゃって。冗談だよ冗談、減るもんじゃないしね。むしろ……お望みなら見せ付けちゃおうか?」
「み、ミント!」
わざとらしく体を密着させて腕を組んだ少女に、青年の方が慌てて離れる。主導権は完全に彼女の方が握っていそうだな。
「ま、ふざけるのはこのぐらいにしておこうか。何か用?」
「君たちを見付けたのは偶然だが……この際だ、少し話を聞かせてもらいたいと思ってな」
「んー、どうしようかな? ボクとしては、楽できるならギルドとは協力でも別にいいんだけれど、悪魔くんの味方をするのはちょっとねえ」
「……その前に。俺たちの仲間を、そのような呼び方で呼ばないでもらおうか」
「おい、ガル……!」
情報を聞き出すためならば、と思ったが、そこを看過したくはなかった。後ろにいるアトラが訴えかけるように俺の尾を軽く握ったが、これについては譲るつもりはない。
「あははは! キミ、落ち着いて見えて割と感情的なんだ?」
「仲間が悪く言われて、黙っていられるほどに達観してはいない。君達から話を聞くのが必要不可欠というわけでもなければ、譲りたくないものはある」
「ふーん? 我慢すりゃ情報を引き出せるかもなのに、そんなやつのために無駄にしちゃうんだ。物好きだねえ、キミ達」
「あ、あなたね……!」
「ミント、いい加減にしろ! 俺たちとギルドは協力関係なんだぞ!」
「なにさ、ベル。ダンク兄がいないからって大きく出ちゃってさー。別にボクからチクってもいいんだよ?」
「っ……」
その名前を出されると、ハウンドの青年は目を逸らした。どうやら彼にとって、それは本格的な弱味になってしまっているようだ。
「あはっ、そんなマジな顔しないでよ、やらないってば。ま、いいや。それじゃ、ベルから話せばいいんじゃない? どうにもみんな怒らせちゃったみたいだしー?」
犬人の男が、深く息を吐いて少女と入れ替わる。……危うかったな。背後で鎖が音を鳴らしていたところだ。もう少しミントが侮辱を吐いていたら、フィーネは本気で何かしらの行動に出ていたかもしれない。その反応は明らかに『怒り』によるもの。こんな状況でなければ、彼女も成長したと思えたのだが。
「同僚が失礼な真似をした。ベルナー・ライオット曹長だ。もっとも、そちらも把握していることだろうが」
どこか後ろめたそうな表情で、ちらりとアトラを見てから、ベルナーと名乗った男は頭を下げてくる。話に聞いていた通り、彼とは理性的な話ができそうだな。もっとも、今回は遠慮をするつもりもないが。
「ギルド赤牙、ガルフレア・クロスフィールだ。この際遠慮は無しとするが、君はアトラと同じ孤児院で育ち、反ギルド派に属しているという認識に間違いはないか?」
「ああ……。話は、アトラやヘリオスから聞いているようだな」
「……ベル」
青年はちらりとアトラの様子を伺うと、すぐに目を逸らした。その反応に、アトラが小さく呻いたのが聞こえた。
「こちらも単刀直入にするとしよう。知りたいのは、反ギルド派の内部事情か?」
「ああ。……君たちに関して言えば、仲間に対する考えも知りたいところではあるがな。立場があるのは理解しているが、話してもらえないだろうか?」
「……構わない。話したところで、何が変わるでもないからな」
「そうだねー。別にボク達は機密を知ってるわけじゃないし?」
思いの外、すんなりと話が進む。彼の反応を見るに、彼自身は俺たちに悪感情を持っているわけではなさそうだ。ミントはどこか面白がっているようにも見えるので、それが少し不安ではあるが。
「今の状態で言えば……上は、完全に勢いづいている。リグバルドに勝利したことで、軍の力が証明されたと、そういう声が昨日の戦いで一気に増えたんだ」
「昨日の戦いでは、あくまでも敵の第一波を退けただけだ。連中がどこまで本気かは不明だが、あの敵が序の口に過ぎない可能性の方が高いこと……少なくとも君は、理解しているのではないか?」
「当然、分かってはいるさ。だが、第一波だとしても、俺たちは戦いに勝利した。そのため、次があっても抑えることができる……という自信がついてしまった者が多い」
懸念が現実のものとなっていたか。予想はしていたが、こうなるとさすがに失望も覚えてしまうな。彼のように、やむを得ず従う者もいるのだろうが、それにしてもだ。
「敵の本陣を落としたのは、私たちギルドの戦力もあってのこと。首領を退けたのもガルフレア。それにも関わらずあなた達が増長するのは、勘違いと言わざるを得ない」
「……全員が全員、それを理解していないわけじゃない。それでも、ギルドの人数や年齢層を軍の総数と比較して、その戦力は取るに足りないものだった、軍の力が勝因だったと判断する者もいる。俺たちは組織だから……上がそう考えてしまえば、それは総意に近いものになる」
「つまり、あなた達のトップがそうだと思っている、ってことですか……」
「戦意高揚やプロバガンダも兼ねているだろうがな。……知っているのではないか? 元首に反発する上層部は多く、その多くがそのままギルドにも反発していると。無茶な思想だろうと、通せれば良いのだろう」
「ギルドを呼び寄せたのは元首だから、か。……はっきりと言わせてもらうが、優先すべきものを間違えているのではないか?」
「……それでも、各々が指揮を無視して動けば、組織としての動きは瓦解する。そうなれば、とても相手に太刀打ちなどできはしないだろう。それよりは、二つの状態を維持した方がまだ可能性はある」
「それも間違ってはいない。しかし、二つに割れた状態でも太刀打ちできると考えているならば、その認識は甘いぞ? ひとつにまとまって、ようやく対策ができるかどうかだと言うのに」
「………………」
押し黙るベルナー。本当は彼も、俺の言った通りだと理解しているのだろう。今の言葉は、現状を甘んじて受け入れるための言い訳のように感じてしまった。
……俺も、少し苛立っているな。己の言葉が、先ほどから棘を含んでいる自覚はある。ベルナーの立場に同情はするし、彼を責めてもどうしようもないのだろうが、それでも……アトラの件を考えると、流されてしまっている彼自身にも全く怒りがないわけではない。
「済まないな、責めるようになってしまって。それでも、君自身にも考えてもらいたい。俺たちも全力を尽くしはするが、このままではこの国を守れはしないのだと、理解してほしいんだ」
「いや。……お前たちの怒りはもっともだ。命懸けで戦ったというのにその相手から邪険にされ、ましてや仲間を不意打ちで傷付けられたのだから」
「ベル、今のところダンク兄に言うつもりはないけど、ボクが聞いてることは忘れない方がいいよー?」
「あなたは黙っていて。今は彼と話している」
「あははっ、無表情で怒ってるや。キミ、そこの悪魔の彼女? 悪趣味だね」
「黙っていてと言った。黙らないならば、物理的に口を縛り付ける」
「おー、怖い怖い。じゃ、何か聞かれるまで黙りまーす」
わざとらしく口を手で隠したミントに、俺が感じていた熱気がいったん収まる。フィーネをここまで激昂させるとは、狙った挑発にしろ普段通りにしろ質が悪い。俺も……正直に言えば、女性であろうと拳を振るいたい気分だが。