もしもの自分、本当の自分
「浩輝のやつ、やったな!」
「ああ。ヒヤヒヤしたぜ、ったく」
俺と暁斗は、自分達の席から離れた場所で、ジュース片手に観戦していた。コウがそう簡単に負けるとは思っていなかったが、相手もかなりの腕前だったからな。ま、良い勝負だったと思う。
「これで残すは、お前と瑠奈だけか」
「ルナは強えよ。心配しなくても負けねえ」
「お前は?」
「聞く必要あんのかよ?」
暁斗は苦笑しつつ、首を横に振った。今でこそ俺はルナのグループだが、昔は暁斗と一緒のほうが多かった。学年が離れたから会う時間は減ったが、今でも俺達は親友だ。お互いのことはよく分かっている。
「……全員が勝っていったら、割とすぐに身内で当たるかもな」
「だな。けど、俺は望むところだぜ」
俺らの実力は、ほとんど五分。白黒はっきりつけるには絶好の舞台だ。けど、暁斗はちょっと不安げに見えた。ま、理由は考えるまでもねえか。
「そんなにルナと当たるのが怖えか?」
「……思わず手加減しちまいそうなんだよな」
「お前らしいな。けどよ、それで負けたりしたら、あいつは間違いなく怒るぜ?」
「だよな……はあ、身内が勝つのは嬉しいんだが、何か複雑だな」
ま、こいつが超シスコンな事を置いといても、気持ちが分からないわけじゃねえ。女子ってだけでもちょいと気が引けるしな。
「俺は逆に、どんどん勝ち上がってもらって、白黒ハッキリさせるいい機会だと思ってるぜ。特にコウとはな」
「浩輝、か。ライバルとしてか?」
「ああ。そろそろ、俺が格上な事を思い知らせてやろうと思ってよ」
そう言ってみせると、暁斗はまた苦笑した。
「浩輝も、お前と同じこと思っているんだろうな」
「違いねえ、あいつは単純バカだからな。だからこそ……躊躇っていたPSを使ったんだと思うぜ」
「…………」
さっきの試合、コウはもっと楽に勝てたはずだ。あれは温存してただけじゃねえ。使おうとしていなかったんだ。
「やっぱりあいつは、自分の力を?」
「ああ。マジで嫌ってる」
練習の時に使えたのは、相手が俺らだったってこともあるんだろう。そういう意味じゃ、一時的にでも吹っ切れさせてくれたあの対戦相手には、本当に感謝しねえとな。
「本来、あの力はもっと強力なはずだ。が、実際に出来ることは少ねえ。理由は簡単だ」
「あいつが自分の力を受け入れてないから、か」
あいつの力には、自分以外の生物にはほとんど使えないという、大きな制限がある。
可能なのは、傷付いた時間を逆流させて傷を治すこと。凄そうに聞こえるが、実際はこれも完全じゃなくて、表面的な傷を治すので精一杯だ。
「だけど……無理もない話、だよな。きっと俺でも、あいつの立場なら力を避けるようになっていた」
「……そうだな」
僅かな時間、会話が途切れた。俺は目を閉じて、少しだけ過去に思考を巡らせる。もしもあんなことが起こらなかったら、あいつはちゃんと力を使いこなしていたんだろうか。
「カイ……お前は大丈夫なのか。浩輝だけじゃなくて、お前もあの日の話は辛いだろう?」
「まあ、な。それは否定しねえよ。できるなら、あの日からもう一度やり直してえぐらいだ。けど……それが出来るほど、現実は甘くねえだろ?」
みんな、少なからず辛い思いを抱えて生きている。俺達だけ、そんなズルが許されるはずがねえ。……それを望んだからこそ、あいつがあの力に目覚めたのは分かっているけど。
「……それにな、暁斗。俺は俺でしかねえんだ」
「なに?」
「あの日が俺の人生を狂わせたとしても、それが俺の人生なんだ。俺は、今の俺しかあり得ねえんだよ」
誰もが考えたことがあるだろう。もしあの時ああしていたら、って。でも、現実にした選択は自分がしたもの。仮に何度その場合をやり直したとしても、選択するのが自分である限り、別の結果にはならない、と俺は思う。自らの選択の結果が今の自分……そこに『もし』は存在しねえってのが、俺の持論だ。
もちろん、後悔ぐらい俺だってする。自分の選択が本当に正しかったのか、今でも疑問に思う。でも、振り返ってるだけじゃ何も変わらねえ。考えるならこれからのこと……変わらない過去より変わる未来、だ。
それに。俺が今の俺を否定しちまえば、浩輝が俺にしてくれたことまで、否定することになる。それが余計にあいつを苦しめているのは百も承知だが……この感謝は、忘れたくねえ。
「……お前って時々、哲学者っぽいよな」
「時々? 俺はいつだって知的だろ?」
「はは、よく言うぜ。知的なやつは窓から飛び込んだりしないだろ?」
冗談めかして言ったのは、これ以上続けると俺も弱音を吐きかねないからだ。暁斗もそれを分かっているのか、笑ってくれた。
「悪いな、暁斗。お前にもルナにも心配かけちまってよ」
「改まるなよ。逆に、俺やあいつが辛かった時も、お前らが助けてくれただろ? 助け合ってこその親友、だ」
「……おーおー、格好いいこと言ってくれやがって。そう言うのは惚れた女にでも言っとけ」
からかい口調で返したのは、照れ隠しみたいなもんだった。みんなの存在が無ければ、コウも、俺も潰れていた。どれだけ感謝しても足りない。
「さて、せっかくだし、しばらくここで観戦するか?」
「おう、良いぜ。お前と二人っきりってのも久しぶりだしな」
みんなには悪いが、もうしばらく二人で話していたかった。学年も違うし、こいつは部活もしている。話したいことが、けっこう溜まっていた。
試合を観ながら、雑談に興じる。久しぶりの二人だけの話は、くだらねえ内容のものばかり。でも、楽しい時間だった。気が付くと、かなり時間が経っていた。そして……。
『如月 海翔、須藤 玲二は……』
結局みんなのとこに戻る前に、俺の名前が呼ばれちまった。
「カイ、出番みたいだぜ?」
「だな。お前は先に戻ってな。ああ、ジュースは席に置いといてくれよ」
「ああ、分かった。負けるんじゃないぞ?」
「はっ、誰に言ってんだ? 俺にはコウをぶっ潰すって使命があんだよ」
「……はは。じゃ、安心かな。思いっ切り暴れてこい!」
「言われなくてもそのつもりだぜ、ま、見てな!」
見守る親友に背中越しに手を振ってから、俺は控え室に向かった。