巡る過去の棘
そして、翌日。
俺たちは数人ずつのチームに分かれて、再び街中に足を運んでいた。
「結局、地味な調査するしかねえってのがなぁ」
「地道な調査こそ近道となる。だからアトラは、女の子ばかり追いかけずに真面目に手がかりを探すべき」
「しーんぱいすんなって! 俺様、仕事中の真面目なギャップが売りのひとつだぜ?」
「……好みの人見つけたら仕事放棄してなかったっけ?」
「どの口でと言うか、いっそ感心しそうになるな……」
大まかな方針は決まったものの、軍との協議はマスター達の仕事となる。残りのメンバーは、改めて情報収集を行うことになった。
とは言え、昨日の疲労もあるので、今日は休息日も兼ねている。前回と同様、少し早めに切り上げて身体を休める予定である。
俺の班は俺と瑠奈、それからアトラとフィーネの四人だ。
アトラは一見すれば普段通りに振る舞ってはいるが、よく見ると、周囲を気にしてせわしない様子が見える。軍と話を進めていく中で、彼の因縁に何かしらの動きがある可能性は高いからな。
「しかしまあ、聖女の方はともかく、狂犬とかいう野郎については調べて出てくるもんかね?」
「カイがちょっとネットで調べたらしいんだけど……色々と引っかかりすぎてよく分からなかったってさ」
「それ自体は特殊な言葉でもないからな。もしもリグバルドの中だけで使われている呼称であれば、単純な検索では出てこないだろう」
「まずは聖女についての情報を優先して集めることを推奨。ターゲットが女性であるならばアトラのやる気も出るかもしれない」
「さすがに敵かもしれねえ女にやる気は出さねえぞ!?」
「冗談。仮に欲情するようならばその場で去勢する」
「………………お、おう、安心しろって!」
「そこは即答できないんだ……」
「やはり、今のうちに潰しておくべき?」
「あの、フィーネさん、ちょっとその鎖はしまっていただけませんか洒落になりませんので! て、てか今はそんなのどーでもよくてだ! 仕事しようぜ仕事!」
「……やれやれ」
これだけ軽口が叩けるならば一旦は大丈夫か。その時が来たら、支えてやるとしよう。
「そうそう。ちょいと気になってたんだが、瑠奈ちゃん。ハーメリアのやつ、今朝はどんな感じだった? 朝、少し話してたろ?」
「……うーん。やっぱり、ちょっと機嫌は悪そうだったね。今すぐに無茶をする感じではなかったけど、気を付けておいた方がいいかも」
その話題に、一同の表情が少し渋くなる。リュートとの騒動も記憶に新しいが、昨日も一悶着あったのだ。
彼女は昨日の作戦では前線には出ず、後詰めとして同行していたのだが……その際に目の当たりにした廃村の様子に、強いショックを受けてしまったようだ。その怒りのままに前線への加勢を懇願したらしく、引き下がらせるのにロウはかなり難儀したようだ。
俺たちがその辺りを知ったのは、戦いが終わってギルドと軍が集まった時の話だ。一目で分かるほどに、露骨に沈んだ、そして怒りを滲ませた様子だったからな。しばらくはそのまま黙っていたのだが、情報共有が終わった辺りで、俺にこう声をかけてきたのだ。
『私は……そんなにも、何も任せられないほどに未熟なんでしょうか?』
歳も近い瑠奈たちは高地での戦いに参加した。それで余計に、自分が戦力外だと突き付けられたように感じたらしい。俺が少し答えに迷っていると、彼女は『すみません、忘れてください』と残し、その場を去っていった。それをみんなも聞いていたため、彼女の様子を気にしていたのだろう。
「あいつ、浩輝の野郎より危なっかしいんだよな……灼甲砦の時は、マジでビビったからよ」
「浩輝は勢い任せの突撃癖こそあれ、勝算も無しに突っ込んでいるわけではない。彼女は感情のままに無策で突っ込んだ。そこの差は大きい」
「だけど実際、ガルはどう思ってるの? 私たちとハーメリア、そこまで差はないよね?」
「そうだな……」
瑠奈の言葉には頷く。戦闘に関して言えば、瑠奈たちとハーメリアの実力には、そこまでの差はない。実戦経験では瑠奈たちの方が上回るものの、ハーメリアのセンスには目を見張るものがある。彼女は間違いなく、磨けば大器になるだろう。
「だが、今の彼女はあまりにも感情に振り回されすぎている。個人の実力を抜きにしても、戦いにおいてそれは致命的な隙になりかねない、というのは分かるだろう?」
「うん……それは、そうだね」
「ハーメリアの気持ちも分かりゃするがな……。故郷みてえな国が荒らされりゃ、キレて当然だろうよ」
「……アトラ」
「あー、別に俺様のことは関係なしにな! ま、知り合いだって多いし、シスターやヘリオス達のためにも頑張りゃするがよ」
少しバツが悪そうな表情でアトラが視線を逸らし……ふと、彼が動きを止めた。どこか驚いたように目を丸くしている。
「どうした?」
「いや……みんな、少しあっちの建物の影に行くぞ」
アトラの少し焦ったような声音に、状況が飲めないままに一旦従う。俺も、彼が何を見つけたのかにはすぐ気付いた。あれは。
「……あの人たち」
朱色の髪をツインテールに結んだ人間の少女。黒い毛並みで、髪を短く纏めたハウンドの男。前回の話の後に、写真だけは見せられていたが……間違いないだろう。例の小隊、アトラの孤児院のメンバーだ。
リーダー格であるガゼルのダンクという男はいないらしい。二人はこちらに気付いた様子もなく、さらに言えば私服だ。休暇に街を巡っているというところか。
「……しかし、この状況下でこうのんびりしていて本当にいいんだろうか?」
「もー、ベルは心配性だなあ。そもそも、ボク達がいたってできることは特にないじゃん? だったら、英気を養うのも仕事だってね」
「分かってはいるんだが、どうにも落ち着かなくてな……」
ある程度近付き、会話も聞こえてくる。どこかせわしない様子のハウンドに、店頭を覗いていた少女がわざとらしく頬を膨らませて振り返った。
「ほんっと、久々のデートにそれはないんじゃない? だいたい、不安は不安として、恋人を安心させるために普通に振る舞うとかできないわけ? ちょっとはどっしり構えといてよね」
「……うぐ。す、済まない」
「あははっ、ま、そういう可愛いベルがお気に入りなんだけどさ。たまにはリードしてくれないと愛想つかしちゃうかもよ、ボク?」
「それは……困るな。分かった、確かに情けなかったよ。今は何も考えず、お前との時間を楽しむさ。次は、いつになるか分からないしな」
(……ベルと、ミントが?)
その内容に、小声でアトラが驚愕している。
あの二人は、そういう関係なのか。聞かされてきた人物像や、アトラへの対応の差からすると、少し意外だが……孤児院の同年代で、軍人としても一緒に活動してきたのならば、深い関係であってもおかしくはないか。