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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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それは序曲の幕開けに過ぎず

「ひとつ、聞かせろ。お前は、俺たちがこうして攻めてくることを予測していたのではないか?」


「君たちがバストールから来たことにより、動きはあるだろうと想定はしていた。とは言え、最初に言った通りだ。私は君たちを待つためにこの地を訪れた。ならば、やるべきことは変わらないだろう」


「それが命令だから……か。だが、この戦力で止められると思っていたのか?」


「……いいや。此度の敗戦は必然だろうさ。だが、ここで迎え撃つことで、ひとりでも討ち取れれば無意味ではあるまい」


「その結果、配下が傷付いてもか? そちらの犠牲が多大なのは分かっていたはずだ。俺たちを本気で潰すつもりならば、他にやりようはあっただろう? ……マリクはお前たちの命で実験している! お前が不要な犠牲を厭うなら、何故、そのような指示に従う!」


「知れたこと。私たちの生い立ちは理解しているのだろう? ならば、我らにとって主の命が絶対なことも知っていよう。誰もが己の意思で行動しては、組織など成り立つまい!」


「意に反していることは、否定しないんだな!」


「………………。だからこそ、私の立場でやれることを、全うするのみだ!」


 白獅子は、少しだけだが確実に口ごもった。それが、彼の本心を示している。

 アトラは彼のことを「まとも」と言った。俺としても同じ意見で……彼の性格は、リグバルドの行いにはふさわしくない。侵略を咎められて後ろめたそうな顔をした程度には、彼の人格は善良(・・)だ。

 先ほど、彼は配下の生存を優先した。命を懸けようとした者を諌め、下がらせた。今にして思えば、UDB達が重傷を負った段階で転移するように仕込まれていたのは、彼の意思によるものではないだろうか。


 ノックスは、言っていた。個体差はあれど、性格のベースはマリクによって植え付けられていると。つまり、彼の性格は、設計されたものであるとするならば。


「これ以上の問答は無用だろう。私の行いを否定したければ、私を討ち取ってみせるといい!」


「ヴィントール、お前は!」


 彼は下位種と比較しても確かな思考を持ち、マリクの思想まで盲信しているようには見えない。だが、主への忠誠心もまた本物なのだろう。

 手加減ができる相手ではない。ましてや、迷いなど見せられる相手でもない。それでも……改めて怒りが湧いた。

 敢えて善良にした(・・・・・・・・)配下に、悪行を行わせるなどと……それも実験のつもりか? いくらなんでも、悪趣味が過ぎるだろう!


「……それでも、俺たちは負ける訳にはいかない!」


「ああ、来るがいい! 私の全力をもって、お相手しよう!」


 月の守護者を練り上げる。ヴィントールの四肢にも力が込められる。どちらに転ぼうと、次で決着をつける意気で互いに駆け出そうとした――その時。


『グハッ!』


 俺とヴィントールの間を遮るように、一体の鉄獅子が地面を転がっていった。

 周囲を見ると、鉄獅子は大半が重傷を負っており、戦闘はこちらに大きく状況が傾いていた。先の一撃を放ったであろうアトラは、傷を負い息を荒くしながらも、不敵に笑っている。


「はあ、はあ……見たかよ、このクソ猫ども!」


『グッ……ヴィントール、様……!』


『申シ訳アリマセン……コレ以上、維持デキソウニハ……!』


 傷付いた部下を一瞥して、白獅子は目を細める。どこか物憂げな表情のまま、彼から戦意が抜けていくのが分かった。


「総員、帰還しろ。これ以上の抵抗は無駄なようだ」


「おやおや、いきなり潔くなったではないですか?」


「ここまで来れば、敗北を認めるしかなかろう。それに、君たちとの戦いからは得るものがあった。ならば、ここが潮時だ」


「……お前は」


 負けるまで戦い、戦略的に撤退した。だが、戦闘で価値のあるデータを得られた。……確かに、言い訳は立つ、か。ヴィントールの指示に、周囲のUDB達が1体ずつ転移していく。


「そう素直に逃がすと……思ってんのかよ!」


 そんな白獅子に向かってアトラが突撃して、誠司とジンもそれぞれが攻撃を飛ばす。だが、みんなの攻撃は空を切った。話しているうちに白夜を発動させていたか。

 俺の放った光刃を飛び上がって避けると、崖の上に登る。その姿は、すでに薄れはじめていた。


「まだ、この地の動きは始まったばかりだ。私も再びまみえることになるだろう。……敗者として、ひとつ忠告しておく。()()()()()()()()()。敵に言うのもおかしな話だが……民にいらぬ犠牲を出したくなければ、な」


「……なに? それは……待て!」


 問いかけは間に合わない。ヴィントールの姿は不穏な言葉と共に霧散していた。……静寂が訪れる。


「四魔獣、ヴィントール……」


 敵ながら、礼節をわきまえた男だった。そして、彼が残した忠告。民に犠牲を出したくないのならば、狂犬には気を付けろ、か。

 この戦いは俺たちの勝利だ。だが、彼の言葉は、まだ何も解決はしていないと言うことを突き付けていった。……弱気になるつもりはない。だが、この国での戦いは、想定よりも遥かに困難なものになるのかもしれないな……。
























「………………」


 終息を迎えつつあるニケア高地での戦い。UDB達が消えていき、ギルドと軍が勝利に湧く様子を、青年は静かに眺めていた。


(この国でやれることは、ここまでが限界、ですか。これ以上動けば、気付かれてしまうリスクが高い)


 思考しながら、彼は歯噛みする。叶うならば、今すぐにでも合流して、この国のために戦いたかった。だが、それをしてしまえば、今後に大きな影響を及ぼす。


(得られた情報は、各ルートに流した。それでも、今回は今までのようにはいかない。……マリクの秘匿する狂犬とやら。クリードから多少聞き出すのが限界だったが、知れた情報だけでも怪物であるのは間違いない)


 この勝利は、事態をそこまで好転させることはないだろう。これで勢いづけばいいが、もしも慢心してしまえば取り返しのつかない悲劇となる。それを予期しながら動くことができない自分に、嫌気が差しそうだ。


(……既に死者も出ている。可能な限りはやった……などと、亡くなった方には言い訳にすらならない。それでも、これが僕の役目。さらなる犠牲を出さないためにも、今は)


 自分に言い聞かせ、思考を切り替える。

 希望は、リグバルドの脅威を正しく認識しているギルド、そして英雄たちの存在だ。彼らならば或いは、これ以上の犠牲を防ぐこともできるかもしれない。青年は、英雄という存在を信じていた。彼らの背に託す重みを、心苦しくも感じていたが。


(いつか必ず、僕もあなた達の力になってみせる。だから……どうか、ご武運を)





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