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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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白夜の獅子、ヴィントール

 危険を察知した俺は、一旦下がる。光は、ヴィントールを中心に、半径おおよそ5メートル程度に広がっている。

 ……UDB相手に、人類が戦うことができるのは、ひとえにPSの存在によるものだ。ならば、両者が同等の力を持てば……。


「…………!」


 転移か? 高速移動か? それとも、幻覚か? いずれにせよ、あの光がトリガーとなっているのは間違いなさそうだ。早く本質を見極めなければまずい。大型のUDBの攻撃など、一発でも喰らえない。

 棒立ちになっているわけにもいかず、俺は光の刃を白獅子に向けて放った。ヴィントールは僅かに身動ぎしたが、その身体に刃が届いた様子はない。くそ、攻撃が光に溶けて、防がれたのか避けられたのかすらよく分からないな。


 そして、攻撃の際にはこちらに隙ができるのは必然。気が付くと、俺は光の中に捕らわれていた。ごく至近距離から聞こえた足音に、総毛立つ。

 ほとんど反射で受け身を取ったのとほぼ同時に、左正面から獅子の強烈なタックルが俺を襲う。刀で何とか受け流そうとするが、衝撃を逃がしきれずに、俺は吹き飛んで地面を転がる。


「ぐ、うぅ……ッ!」


 強烈な衝撃と痛みを何とか堪え、跳ね起きる。あと一瞬でも反応が遅れていたら、直撃を喰らい、致命傷だっただろう。

 駄目だ。この光の中にいるのが危険なのは、考えるまでもない。一気に力を放出して全周囲を攻撃しつつ、飛んだ。光から抜け出すと、ヴィントールも飛び退いているのが見えた。

 俺も咄嗟の行動だったので、あまり長時間は飛べない。距離を取りつつ、降りる。それにしても、白夜と言ったか……UDBが力を持つことがどれだけ厄介か、この短い時間で実感せざるを得ない。


「自分だけでは発動できない、と言ったが……転移ではない、オリジナルのPSを宿す装置でも生み出したのか!」


「原理は転移装置の発展型と思えばいい。もっとも、これは私のために用意された力で、私以外には完全な発動はできないがな」


 特に隠す意味は無いとでも言うのか、問いにははっきりと返事があった。空間転移が付与できる以上、あり得ないとは言えないが……ここまで戦闘に特化した力を付与できるとなると、非常に厄介だ。

 何とか見定めようと、光の中に佇むヴィントールを見据える。……だが、何だこの感覚は。あいつが立っているのははっきりと見えているはずなのに、どことなく()()()()()()ように感じる。

 そして、落ち着いて考察する余裕を与えてくれるわけでもない。またもや、いきなり至近距離へとヴィントールが現れた。


「くっ……!」


 気が付くと、再び光に呑まれていた。いつ接近されたのかが分からない。やはり転移のような作用があるのか? だが、それにしては違和感が……考えている場合ではない。まずは、この場を凌がねば。

 月の守護者の出力を全開にする。牙の一撃を何とか左に跳んで避けると、身を翻して刀を振るう。しかし、やはり手応えはなく、ヴィントールの姿は消え、見失ってしまった。すぐさま飛んで離脱したいところだが、同じ手を何度も使うのは愚策だ。

 強化された五感を頼りに、今度は右に跳ぶ。背中側から飛び掛かる白獅子の一撃は、かろうじて空を切った。続けて正面からの爪の振り下ろしを、刀で何とかいなしていく。


「…………っ?」


 ギリギリの攻防を繰り広げる中、俺の中にある違和感がどんどん強くなっていく。だが、それ以上を考える余裕を持てない。まずいな、押されている。一度、離脱せねば……!


「……むっ!」


 その時、ヴィントールの周囲に無数の鎖が現れた。それを避けた白獅子に、今度は突風とチャクラムが襲いかかる。奴はそれから逃れるために、大きく後ろに下がった。ジンと誠司か!


「無事か、ガルフレア!」


「済まない、助かった!」


『オノレ、ヴィントール様ノ邪魔ハサセンゾ!!』


「おっと、目をつけられましたか」


 他の鉄獅子により二人の援護はそこで途切れたが、おかげで時間が稼げた。……思考を巡らせる。あいつの動き、俺に起きていることを、一つずつ整理する。

 ヴィントールは少なからず回避の動きを見せている。避ける必要があるならば、恐らく防御をこなす力ではない。あの光は、物理的な効果を発揮するものではないのだろう。

 そして、先の攻防で感じた違和感。ひとつ、あいつの動きには思ったほどの特異性がない……すなわち、能力など無くても可能な動きであること。もう一つは……明らかに、()()()()()


 ……このままでは押し切られる。失敗時のリスクを踏まえても、確かめてみる価値はあるな。


「この力をもってしても、こうも凌がれるとはな。ならば、これでどうだ!」


 再び、俺へと迫るヴィントール。正面からの突撃、と見せかけて、目の前にいた白獅子の姿が衝突寸前で霧散した。回り込んでの突進が本命だ。

 ……俺はその攻撃を、先読みで前に出ることにより避けた。


「なに……?」


 ヴィントールが、困惑した声を出した。俺の回避方法が、正面の一撃が偽物であると看過したものだったからであろう。すぐに気を取り直したようで、立て続けにラッシュを仕掛けてくる。だが、今度は先ほどとは違う、余裕のある動きで回避することができた。


 ……ああ、そうだ。やはり、感じる。仮説で動く危険は承知だが、これはほぼ確信に近い。

 心を鎮めろ。己の全てで、あいつの存在を感じ取れ。目に見えるものに惑わされず……本質を見抜く!


「――そこだ!!」


 一閃。剣先に伝わる、確かな手応え。


「ぐぅっ!?」


 ヴィントールの苦鳴が上がる。同時に、彼が纏っていた光が霧散した。彼の腹部から、鮮血が散ったことがはっきりと視認できる。

 たまらず、白獅子は後退する。俺も追撃を加えたいところではあるが、しばらく能力の出力を上げすぎた反動で息が乱れている。体勢を整えることを優先した。


「……やはり、か」


 直感で斬ったわけではない。今のは確かに、あいつの姿を捉え、攻撃しただけだ。もっとも、視覚を除いた五感で、だが。


「高速移動でも、転移でもない。それの本質は、視覚情報の阻害。目で見える全てがぼやけ、不確かなものになる。違うか?」


 光の中に存在するものについて、視覚からの情報は全てが狂わされる。距離も方向も。まるで溶けるように、光の中に消えていく。

 先程斬り結んだ時、ヴィントールの動きは、決して超常的なものではなかった。もしも転移や加速の類いならば、もっと対処の難しい動きになっていたはずだ。……最初に消えたように見えたのも、単に彼がそこに元からいなかっただけ。突然目の前に現れたのも、俺に接近が見えていなかっただけ。俺に見えていたものがおかしかった、と仮定すれば、全て説明がつく。

 何よりも、視覚とそれ以外の情報が噛み合っていなかったことに途中で気付いたのが大きい。足音など、他の五感は正確にあいつの位置を感知していたのだ。


 逆に言えば、狂わされるのは視覚だけ。ならば……視覚からの情報に、頼らなければいい。聴覚に、嗅覚。触覚でも空気の流れを読む。残された五感を総動員する。月の守護者を発動し、全ての感覚が鋭くなった状態ならば、それも可能だ。そして俺は、視覚がまるで当てにならない相手(フェリオ)との模擬戦を、何度となく行ってきたからな。


「さすがと、言うべきか」


 ヴィントールは、俺の考察を肯定するように呟く。

 とは言え……今のは、入りが少々浅かったか。脇腹の辺りに傷こそできたが、出血も大したことはない。決定打にはなり得ないだろう。それでも、感覚は掴めた。

 ……能力が解けたのは、痛みで集中が切れたためだろう。あれだけの強力な効果を発揮しておきながら、少しの乱れで解除された。つまり、彼はまだあの力を完全に使いこなせてはいないようだ。確かに彼は、試用と言っていた。

 やはり外的な要因で後付けされた力だからか。装置は……考えられるとすれば、あの鎧か。


「アンセル様が一騎討ちで敗れたのにも頷けるな。どうやら君は、私よりも強いようだ」


「殊勝な言い種だが、それならば戦いを止めるつもりはないのか?」


「残念だが、出来ぬ相談だ。生憎、勝つのが不可能だとまでは思っていないのでな!」


 ヴィントールが、再び光を纏う。だが、俺ももう一方的に惑わされたりはしない。仕切り直しだ。

 対策を立てたとは言え、五感のひとつを狂わされた悪影響はある。だが相手も、能力が有効に働かない以上は思うようには動けないはずだ。しばらく、一進一退の攻防が続いた。

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