その名は、四魔獣
「お前が、今回の群れのリーダーだな?」
「いかにも。私の名は、ヴィントール。アンセル様の直属として産み出された個体だ。ヒトの兵士からは〈四魔獣〉の一角、白騎獅などと言う渾名で呼ばれているようだがね」
威風堂々と、名乗りを上げる獅子。四魔獣……アンセルの直属か。やはり、ベオルフ将軍と呼ばれていたのはあいつの事なのだろう。
「捻りはねえが、要するに別格ってことか。名前からして、あと三体いるみてえだが……」
「この国に来ているのは私だけだがな。私は、君たちとの戦いの先鋒に選ばれたということだ」
「やはりギルドが……それも我々が動いたことは、あなた達の狙い通りと言うことですか」
「否定はしない。もっとも、あくまでもマリク様の狙いだがな。陛下からすれば、ギルドなど取るに足りないという評価は変わらないだろう」
「だからこそオレ達の行動を知りながら放置が許されている、か。全く、本当に気に喰わんな」
俺を殺しに来たマリク。奴は最後に「陛下にはとりなしておく」などと言っていたが……もしも皇帝が本気で俺を障害と考えていたならば、そんな進言を聞くはずもない。戯れで死にかけた俺としては、不快極まりない話だ。
「いずれにせよ、君たちは追い詰められている。君が指揮官なら、分かるだろう。潔く退いてはくれないかい?」
「君たちこそ、その問いが無意味だと知っているのではないか? 我々は君たちと戦うためにこの場にいる。戦うこと自体に意味がある。ならば、戦わずに退くことなど、できるはずもなかろうよ」
「戦闘データの収集……またそれかよ」
「君は、そのために命を懸けるの? 君たちを使い捨ての実験材料にしか思っていないんだよ、君たちの主は。そんな傲慢なやつに従い続けるのかい?」
「それこそが、我らが生み出された理由であれば。それに、何やら誤解しているようだが……ここで果てるつもりは毛頭ない。戦う前から勝利したつもりならば、君たちこそ傲慢なものではないか?」
穏やかな口調は崩さないまま、白獅子から敵意が放たれる。言葉通り、戦う前から退くつもりはなさそうだ。
「繰り返させてもらうが、私は君たちの敵だ。侵略者に対して、言葉だけで解決すると思っていたわけではあるまい? 」
「……良いだろう。ならば、こちらも相応の対処をさせてもらうだけだ」
月の守護者を全開にする。こいつに出し惜しみをしては、地に伏すのは俺になるだろう。……彼の性格がどうあれ、侵略行為を行ったのは事実。ならばこそ、容赦をするつもりはない。
刹那、辺りを静寂が満たした。それを破るように、白獅子が口を開く。
「我が主のため……参る! 総員、私に続け!!」
『オオオオオォッ!!』
ヴィントールの言葉に、鉄獅子たちの凄まじい咆哮が一斉に上がる。先ほどより遥かに重く聞こえるのは、連中の士気の高さ故か。
俺は迫る白獅子を真っ向から見据え、刀を振るった。さすがに正面からの一撃は見切られ、横に避けられるが、想定済みだ。
「みんな、奴は俺が引き受ける! 周りは任せた!」
「ああ、頼むぞ、ガルフレア!」
俺とアトラ以外のみんなは集団戦向きだ。そして月の守護者ならば、相手の戦闘力がどれ程であれ、初見で対応しやすい。
無論、相手がこちらの想定通りに動いてくれるはずもない。あいつを引き付けられるか否かは、俺にかかっている。
「はあっ!」
小手調べと、光刃を数発飛ばす。ヴィントールはペースを乱すこともなく、俺に向かって駆けながら的確にそれを避けていった。横薙ぎの一撃は飛び越え、振り下ろしは横に飛ぶ。速い!
急速に接近してきた獅子の一撃を、俺は空中に飛ぶことで避ける。返す刀で地上に波動を放つも、鎧を掠めただけで本体に傷はない。
直後、ヴィントールは近くの岩を利用して飛び上がり、空中の俺目掛けて鋭い爪を見舞ってくる。翼で軌道を制御してそれを逸らすが、あいつは別の岩を足掛かりに追撃を仕掛けてきた。
重厚な見た目に対して、何と軽快な動きだ。このフィールドでは、空中のアドバンテージを取ることは難しいと判断し、俺は地上に降りる。
「銀月、ガルフレア・クロスフィール。アンセル様や主すら退けたと言う剣にお相手願えるならば、光栄だな!」
白獅子の言葉は、皮肉でも何でもなく本心のように聞こえた。そして、少しの切り結びで感じた。彼はアンセルの配下を名乗ったが……この実力、あいつに勝るとも劣らない。あの時のあいつに慢心があったことを思えば、それ以上と言えるかもしれない。
『ヴィントール様ノ前デ、無様ナ戦イハデキン! 行クゾ、皆!!』
「ちっ、こいつら……!」
そして、他の鉄獅子たちも、明らかに勢いづいていた。彼らは、優れた指揮者の元でその本領を発揮する。その特性が、こうもはっきりと現れるとは。
ヴィントールの能力もだろうが、彼自身が慕われているように見えた。連中の士気は非常に高く、戦い慣れているみんなであっても、苦戦は避けられないのを感じる。
だが、俺にも援護をする余裕はなさそうだ。鉄獅子の上位個体、と言うのは単純だが、彼の戦闘能力は段違いである。単純なスピードやパワーはもちろん、何よりもその冷静な判断が厄介極まりない。的確に俺の攻撃を見極め、回避しつつ、己の攻撃を押し付けてくる。
「ちっ!」
「なるほど、音に聞こえた以上だな!」
合間を縫うように、誠司のチャクラムが白獅子に襲いかかるが、ヴィントールは避けるのではなく、鎧を使ってそれを受け止めた。俺の動きだけを見ているだけではない、か。前線の指揮官として、必要なものを全て兼ね揃えている。本当に厄介だ。
「だが……!」
「……む……!」
月の守護者は、本来の力を取り戻しつつある。身体能力に優れたUDBであろうと、今の俺ならば引けを取りはしない。
彼の動きは的確だ。だが、的確な行動を取ってくるからこそ、予測しやすい面もある。波動の刃はフェイント、避けると見せ掛けて……俺から突っ込む。
僅かにペースが乱れたヴィントールは、即座に突撃から回避に動きを切り替えたようだ。踏み込みでは足りない。だが……ならば、もう一押しだ!
翼から、一気に波動を放出。その勢いを推進力に、一気に懐に潜り込む。
「なに……!?」
さすがに面食らった様子のヴィントールは、それでも身をひねって避けようとしたが、それよりも早く、俺の一撃が獅子の脇腹を捉えた。装甲の薄い部位は、浅いながらも確かに月光の刃を潜り込ませた。
「ぬ、くっ……!」
飛び散る鮮血。痛みに呻いた獅子は、たまらず俺から距離を離そうと飛び退いた。畳み掛けるように突っ込む。そう何度も隙を作ってくれる相手ではないならば、この隙で勝負をかけるのが最善だ。
「はああぁっ!!」
この一撃で決める、そのつもりで俺は刃を走らせた。相手は体勢を崩している。真っ当な手段で回避することは、不可能だ。
――だが、俺の刀は、完全に空を切った。
「…………!?」
まさか。今の一撃は、完全に相手を捉えていたはずだ。それなのに、刀を振り抜いた瞬間に……ヴィントールの姿が、消えた。
混乱しそうなのを何とか抑え、相手の気配を辿る。背後から迫る音に、俺は本能的に飛び上がった。危ういところで、獅子の牙が俺の立っていた地点を通り抜けていく。
ヴィントールは、俺が回避したことに感嘆の声を小さく漏らしながら、身を翻す。
「……さすがだな、私も危うかったぞ。あと少しで、試用すらできずに倒れるところだった」
「試用、だと?」
遅れて、気付く。ヴィントールの姿が、ぼんやりとした白い光に包まれている。気のせいかと思ったが、間違いなく彼自身が……正確には、彼の纏う白銀の鎧そのものが光を放っている。
「君の相手ならば、この力の真価を求めるには不足あるまい。……行くぞ!」
その瞬間、俺の脳が警鐘を鳴らす。距離があると思っていたヴィントールの姿が、いきなり目の前に現れた。
「くっ!?」
すんでのところで、奴の牙が逸れる。本能に任せていなければ喉笛を食いちぎられていたかもしれないという事実に、嫌な汗が流れる。
何が起こっているのかは分からない。だが、どう考えても超常現象でしかない光を、自らの意思で発生させる。これでは、まるで……。
「何だ、それは。まるで、PS……!」
「厳密には違う。私だけでは、この力は扱えないからな」
ヴィントールの言葉は、それに類する力であることを肯定している。だが、そんなことは。確かに、アンセルは人化の力を使いこなしてはいたが、まさか、彼も。
「〈白夜〉。この力は、そう名付けられている」
その宣言と共に、彼から放たれた光が、一気に広がった。