白獅子
「…………!」
その動きだけで、俺は先の言葉が大袈裟でないことを悟る。明らかに速い。
刀でいなし、正面からの突撃をかろうじて避ける。PSが無ければ喰らっていたかもしれない。すれ違いざまに反撃を試みるが、脇腹の厚い装甲に傷をつけるに留まった。
続けて、後ろから1体。横に跳んで避けるが、相手もそれは見越していたか、しなやかな尻尾を振り回して俺を狙う。受け止めた刀身に伝わる衝撃は凄まじいものだった。尻尾だけでこの重みか。
「確かに、他の個体より強力なのは間違いないようですね。いつもと同じ、などと油断はできませんよ」
「分かってる! ちっ、受け止めるのも危ねえな……!」
マリクにより再調整を受けた個体……ここまで来ると、Cランクの範疇には収まらないだろう。群れでの危険度は、Bにも相当すると考えるべきだ。
だが同時に、1体1体は灼甲砦ほどの脅威ではない。ここにいる皆ならば、十分に相手取ることができる。
「はあぁっ!」
『グガッ! ウ、グ……!』
「おらああああぁっ!!」
『グハッ!?』
誠司の風に乗ったチャクラムが何体もの獅子を包み、装甲の薄い場所を切り裂いていく。何度見ても、凄まじい芸当だ。動きが止まった相手に、アトラの一撃が炸裂した。さすがにあの力は受け止めきれなかったか、1体が消え去る。この場所でも転移するならば、やはりこの拠点ではなく、リグバルド本国へ転移しているのだろう。
「敵対するならば、容赦はしませんよ?」
『グエ、ガ、ググゥ……っ……』
「僕も遠慮はしないよ。恨みっこなしだからね!」
『ガ、ァッ……!!』
ジンの鎖が、1体の全身を絞め付け、吊り上げる。フィオの背後から迫った個体は尻尾に吹き飛ばされ、岩肌に叩き付けられた。吐血した直後にがくりと力を失って、消える。
俺も遅れを取るつもりはない。波動を刀に込め、目の前の相手に思い切り放つ。足を止めたところで一気に踏み込み、脇腹の下、装甲の薄い部分から一気に刃を突き入れた。さすがに加減ができる相手ではない、悪く思うな。
『散開シテ、徐々ニ追イ込メ! 乱戦ナラバ竜巻ノヨウナ手ハ使イヅライ!』
『カキ乱シ、陣形ヲ崩スノダ! 地ノ利ハコチラニアル!』
「なるほど、妥当な判断だな。だが……」
誠司の手で、風が渦巻く。彼が新たに放ったチャクラムは、正確に獅子だけを捉え、その動きを牽制する。かと思えば、本人は素早く他の個体に向かい、そのクローで一撃を加える。
「オレを相手に、乱戦を挑んだ程度でかき乱せるとは思わんことだ!」
『……グッ!?』
確かに、PSを用いた全力の竜巻は派手で威力のある一撃だろう。しかし、それを封じただけでは、誠司を押し込めるには程遠い。……圧倒的な空間認識能力。それが彼の最大の武器だ。多方向に同時展開される的確な攻撃により、戦場全域が一気に安定感を増す。こうして並び立つと……彼がいるといないとでは、まるで戦いやすさが違うことを実感する。
そもそも、風に乗せてチャクラムを扱うという戦法そのものが、並大抵の所業ではない。正確にそれを乱戦の中で行うなど、はっきり言えば化け物じみている。類稀な才を持った者が、どれだけの修練を積めば届く可能性が芽生えるか、という域だ。
俺からしても遥か遠い、英雄という存在の実力。だが、負けてはいられない。教師としても戦士としても、彼からは多くのものを得ることができるだろう。ならばこの戦いで、少しでも近付いてみせよう!
ジンを挟撃しようとした2体のうち片方を、すかさずアトラが吹き飛ばしている。そいつが体勢を立て直す前に、光の刃を放ち、仕留める。もう1体はジンの鎖に貫かれていた。
「大丈夫かよ、ジン!」
「ええ、感謝します。短期間でここまで戦闘力を上げるとは……マリクという人物は、本当に恐ろしい存在のようですね」
「同時に、そこまで命を弄んでいるってことだよ。早く止めなければ、彼らのように犠牲になる命がとにかく増えていくんだ」
『貴様、我ラヲ犠牲ト呼ブカ……!』
「今のお前達には不本意かもしれんが、歪められたことに違いはあるまい。命を改造して兵器とするなど、オレ達は認めるわけにはいかんのだ!」
『ソウダトシテモ……コノ誇リマデハ否定サセン!』
誇り。それが植え付けられたものであったとしても、彼らに命まで懸けさせている心は、彼らにとっては本物なのだろう。それに敬意を示し、刀を振るう。
少しずつ切り崩し、一体ずつ仕留める。強力なUDBではあるが、基本は今までと同じことだ。焦らなければ、対処できる。
元々、そこまでの個体数はいないようだ。少しずつだが、攻撃の密度が下がってきた。手傷を負った相手も増えている。こちらも消耗が無いとは言えないが、戦況は完全にこちらに傾いている。
『グ……ココマデヤルトハ……!』
「退け! 戦いに誇りを持つことと、無益に命を散らせることは別の話だ!」
『ナニヲ、フザケタコトヲ! 我ラハトウニ、死ナド覚悟シテイル! ソレデオ前タチノ一人デモ討チ取レルナラバ――』
――手負いの鉄獅子の言葉を遮るかのごとく。
轟く咆哮が、辺りを満たした。
「…………っ!?」
『コレハ……!』
今の咆哮は……鉄獅子のもの、か?
だが、月の守護者により感覚を強化しているからこそ、肌で感じる。圧が、全く違う。遥かに格上の存在だと、直感が告げてくる。そうだ、この感じは……まるで、アンセルと対峙した時のような。
「……上か!」
咆哮の音を辿り、顔を上げる。
岩壁の上に、一匹の獣が佇んでいた。
「………………」
それの最初の印象はごく単純で、白い鉄獅子、だった。
体格は、いま戦っていた個体よりもさらに一回り以上は大きく、全長で4メートルはあるだろう。全身の体毛は純白で、日の光を受けると、まるで輝いているかのようだ。
さらに、自身の甲殻だけではなく、人工物と思われる装備を要所に纏っていた。その姿からは、どこか高貴さすらも感じられる。四足獣であることを加味しても、まるでおとぎ話の騎士のようだ。
そいつは俺たちを一瞥すると、岩壁を辿って軽快に降りてくる。他の個体の近くに並ぶと、ことさらにその差異が目立った。
「あの鉄獅子は……」
「あからさまにボス敵ですって感じだね」
猛々しい咆哮の主は、それとは対照的に、どこか物静かな雰囲気で佇んでいた。そして、ゆっくりとその口が開く。
「アンセル様の仰っていた通りか。これほどの実力であれば、いかに精鋭とて、突破されるのは道理だろう」
「…………!」
他の鉄獅子と違い、流暢な発音での言葉。落ち着いた青年の声だ。
『ヴィントール様!』
「傷付いたものは撤退しろ。ここは私が出る」
『イ、イエ! アナタガ戦ウト言ウノナラバ、ドウカ命尽キルマデ共ヲ……!』
「駄目だ。……勇敢な死を美徳とするのは構わないが、彼の言う通り、それと死に急ぐのは別の話だ。私の配下としてある以上は、生存を優先しろ」
配下の言葉を遮り、そう鋭く命じる。食い下がっていた奴は悔しげに牙を食いしばり、その姿を消していった。それに続いて、負傷が激しい奴らは撤退していく。それにしても、いまの白い鉄獅子の言葉は……まさか、同意を示されるとはな。
「こんな侵略を指揮してるようなの、どんな奴かと思ってたが……何て言うか、思ったよりまともそうだな……」
「不覚にも、あなたと感想が一致してしまいましたね。ですが、彼の指揮の下に村は焼け、死者も出ている。彼は間違いなく、この国の敵です」
「言われるまでもねえよ。あいつがやったことを許せねえのは、別の話だ」
「……それでいい。私は君たちの敵なのだからな」
アトラの言葉に、白獅子がそう返す。少し後ろめたそうな響きだったのは、気のせいだろうか。