〈最強〉の頂点
「……とりあえずこれ、このまま行ってもいいんじゃねえか?」
「さ、さすがにそれは。リグバルドの相手なんだし、捕まえておいた方がいい、よね?」
「イリアが混乱している。あのバグが感染したのだとしたら、被害が広がる前に処分すべきではないかと判断」
全員が呆れ果てた様子でそんな言葉をハヴェストに向ける。……ん? 処分?
「……そうだ、簡単じゃねえか! これからもストーカーしてくるってんなら、ここでぶちのめして終わりにすりゃいいんだ!」
「傷付いた戦士に追い打ちをかけるなど、人の心を持つ者ができる所業ではないぞ少年よ……鬼! 悪魔! ボスキャラ!」
「ダンジョン途中で待ち構えてるお前のがそっち側だろ。まあお前はそのへんのやられ役がお似合いだがよ!」
「うるせいやいうるせいやい! 俺だってクリードくらい戦果上げてそのうち最奥のボスになってやるんだからな! ……それに」
俯いて地面に文字を書いていた馬鹿が、ぴたり、と動きを止めた。前と同じだ。ってことは……予想通り、ひらりと軽い動きで飛び上がり、距離を取りつつ宙返りを決めてから見事に立ち上がった。
「簡単に捕まってやる気はしねえな、ボーイ達?」
「…………!」
不敵な笑みを浮かべて、ハヴェストはそう宣言する。そう、忘れてはいない。こいつは、舐めてかかっていい相手じゃねえ。
「やる気、なんですか」
「やる気がなければ傭兵はできない、ってな! さてさて、みんなが待ってたヒーロー再臨の時間だぜ! お茶の間のみんな、ハンカチの準備はできてるかい!?」
「気を付けろよ、みんな。こいつ、アホだが普通に強えからな」
「はっはっは! どうやら少年も俺を宿敵と認めてくれているようだな! ツンデレってやつか!」
「バカ言え、俺のライバルの席はとっくの昔に埋まってんだよ! てめえみたいな変態オヤジに奪えるもんじゃねえ!」
「変態オヤ……俺はまだ20代だ! ……コホン!」
それには少し傷付いた様子ながら、咳払いしたと同時に周囲にUDB達が転移してくる。やっぱ待機させてやがったか。
「シャクだが、売られた喧嘩は受け止めてやるよ。みんなは周りの相手と援護を頼むぜ!」
「……分かったよ。すぐに片付けるから頑張って、海翔!」
「我らも甘く見られたものだな……!」
「悪いけどあんた達は見飽きたの。構ってるヒマはないのよ!」
俺達は陣形を組み直し、迎え撃つ準備を整える。相手も散開し、俺以外のメンバーとUDBが相対する状態になった。俺の目の前には、腰に手を当てて高笑いする白犬野郎。
「今回は最初から全力全開フルスロットル! そして少年には、前回は見せられなかった俺の力の恐ろしさを見せてやる!」
「恐ろしいダサさならもう見たぜ?」
「だまらっしゃい! もう心へのダイレクトアタックは効かねえんだからな! さーあ、こいつが俺の真のパワー!」
高らかに宣言したところで、あいつの右腕に異変が起きる。二本に、四本に……五本に。増殖はそこで止まった。相変わらずのバランスの悪い見た目になりながらも、あいつはお構い無しにかっこつけたポーズを取った。
つっても、あの力のとんでもねえ弱点を俺は知っている。今さらこけおどしを喰らうつもりはない。……いや、待て。あいつは言っていたはずだ。本当は、あの力をどう使っているか。
「そして……これが俺の相棒たちだぁ!」
高らかに声を上げながら、上着をぶん投げるハヴェスト。――その下には、合わせて6丁の銃が仕込まれていた。
「こんだけの一斉射撃……少年にかわせるかい?」
「…………!」
「はっはっは、安心しろ、俺は地元ではスナイパーと呼ばれる予定だった男! フッ……苦しむのは一瞬で済むぜ!」
確かに、銃ならいくら腕が貧弱になってようと威力に差はない。反動には弱くなってるにしても、さすがに対策はしてあるだろう。身体強化が入った俺でも、捌ききるのはきつい。
だけど、隙はあるはずだ。みんなのサポートは……いや、それを勘定に入れて動くわけにはいかない。全開で力を使ってでも、何とか凌ぎきるしかねえ。
「さあ……ゴートゥーヘヴンだ!」
そうして、宣言通りに今回は最初っからかっ飛ばしてくるつもりのようだ。
俺に向けられた銃口から、一斉に銃弾が放たれなかった。
………………。
「…………ん?」
何だかものすごくデジャヴを感じる流れの中、トリガーを引くハヴェスト。虚しい空撃ちの音だけが響いた。
『………………』
「………………あっれぇ~?」
あんまりにあんまりな事態に、周囲の戦闘も開始直前で中断する。
全員の視線を集める馬鹿犬は、おもいっきり首を傾げた。まずいことは理解しているのか、汗をだらだら流している。
「おかしい。これはメンテから返ってきたばっかの、言わばデトックス直後でツヤツヤな相棒達。こんなすぐ全部ジャムるとかあり得ないし、弾切れとかもっと…………あっ」
「……露骨にやらかした時の声出したぞこいつ」
「ななななな何のことかなぁ!? お、おお俺は何にも気付いてないとも!」
「……配下の皆さーん、心当たりは?」
『ソウ言エバ先ホド……格好イイ撃チ方ガドウノト言イ始メテ……』
「ポーズを取りながら射撃を練習して、ああでもないこうでもないと……」
『ウチツクスイキオイデ、バラマイテヤガッタナ……?』
「トップシークレット流出!?」
……うん、まあ、何だ、その。
自分の荷物を大慌てで漁り始めた馬鹿は、数秒後に突然の真顔になり、こっちを向いた。銃をしまい直し、その端から能力の腕が消えていく。……どうやら弾のストックが無いようだ。
「…………総員、突撃ぃぃぃ!!」
『本当ニ何ナノダ、コノ男ハ!?』
「ほ、本気で転属したい……! い、いや、全ては我らが主のためにだ!」
暗示までかけ始めたUDB達に同情しつつ、戦いの火蓋はそんなグダグダな中で切って落とされた。
迫り来る虎の牙を避け、脇腹を切り裂く。返す刀で、頭部を狙った鱗の弾丸を叩き落とす。この獣たちは賢く強力ではあるが、賢いが故に対処しやすさもある。天空の覇王を発動させずとも、対人戦の要領で見切ってやれば、対処はいくらでもできる。
「ロウは支援を中心に頼む。ウェアとマックスは、深追いはせずに近付いてきたやつの相手をしてくれ。陣形は崩すなよ!」
「了解だ!」
「オーケー!」
「承知」
ランドの指示に、三人が同時に応える。俺はちらりと、初めて共闘する男の方を見た。一気に飛び付いてきたUDBを、巨大な戦斧を振り回してまとめて薙ぎ払っている。
「やるな、マックス。その若さでマスターになったのも伊達ではないな」
「そちらこそ聞きしに勝る刃の冴えだ、ウェアルド殿」
彼、豚人であるマックス・オルランドは、首都のギルド〈胡蝶〉のギルドマスターだ。原種である豚のようなどこか愛嬌のある見た目ではなく、目付きは射抜くように鋭く、顔にはいくつも傷痕が残っている。俺たちと比べると10以上も年下だが、いくつもの戦いを潜り抜けてきた猛者であることは感じられる。
「御三方と比べれば未熟は承知だが、だからこそ私の全てで後に続こう。どうか、貴方達の強さを見せていただきたい」
「うーん、相変わらずストイックだねえ、マッくんは。肩の力を抜こうよ、少しはね?」
「……私のような無骨者に、その呼び方はどうかと思うのだが」
「グハハハ! 君に親しみやすさを与えるためだよ? マスターたるもの、下からの話しかけやすさを試行錯誤するのも大事だからね!」
「もしや貴方の幼い口調は、そのために作っているのか」
「おっと口が滑った。とにかく、油断は確かに禁物だけれど、真剣さも度が過ぎれば緊張になり、死因にすらなるのさ。君自身はともかく、メンバーをリラックスさせるのもマスターの務めだよ!」
言いつつ、マックスに迫る相手をそのガトリングで吹き飛ばす。ロウがギルドマスターになってからの数年、彼なりに様々な試行錯誤をしてきたようだ。あの言葉遣いも再会した時こそ驚きはしたものの、あれはあれで彼らしいと思えた。
『マサニ別格ノ強サカ……!』
「ストックを呼べ! 全て投入してでも、こいつらを仕留めるぞ!」
蜥蜴の号令に、周囲に新たな歪みが生じる。そこから現れたのは、この地に元々生息していたUDB達だ。灼甲砦も、かなりの数がいるようだ。
「うわー、これは壮観だねえ」
「だが……所詮はそれだけだ」
一歩だけ前に出たのは、ランドだ。俺たちの目の前に呼び出された灼甲砦を見据え、大剣を握る。そして。
「……はあああぁっ!! 」
ランドはただ単純に、雄叫びと共に剣を全力で振り下ろした。――直後、大地が大きく揺れた。
彼のPS〈戦神の咆哮〉がもたらす作用は単純。己が発した衝撃の増幅だ。殴った時の威力を上げるような、シンプルだが確実な効果を発揮する力。言ってしまえば、決して珍しいものではない。本来ならば。
こいつはそれを、たゆまぬ鍛練でひたすらに磨き続けてきた。闇の門で何もできなかったのが悔しかったんだ、と本人は語っていたが。無力であることの辛さを噛み締め、心技体の全てを鍛え上げてきたこの20年ほど。それが彼にもたらしたものが、この一撃だ。
ランドが振り下ろした大剣は、凄まじい衝撃波を前方に放ち……巻き込まれた灼甲砦の身体は、ものの見事に両断された。それどころではない。地面に、巨大な亀裂が走っている。
そのままでも鉄すら裂くランドの剣。その衝撃を何倍、いや、何十倍にも増幅した結果、その破壊力は遥か遠くすら引き裂く一撃と化すのだ。
『剣ノ一振リダケデ……!』
「大地を割る、剣。情報はあったが、ここまでとは……」
「ぬるいな。俺を止めたいのであれば、本当に動く砦でも連れてきてもらわないとな?」
『ホントニヒトカヨ、コイツ……』
ランドと肩を並べて戦う機会は少なくないが、それでも毎度、驚嘆せざるを得ない。本人はいつも俺を持ち上げるが、バストール最強のギルドをとりまとめる力は伊達ではない。彼は間違いなく、世界でも最強の一角に数えられる戦士だ。