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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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時の歯車

 オレと海翔は、しょっちゅうケンカをする。


 何せ、どっちも短気なもんだから、ちょっとした言い合いからすぐにヒートアップしちまうんだ。殴り合いにまで発展することだって、そんなに珍しくない(そん時はルナの『お仕置き』が入るけど)。


 だけど、それは嫌ってるからじゃない。むしろ、その逆だ。


 あいつを信頼してるから。相手をよく知ってるから。あいつなら全力を受け止めてくれる、そう信じてるからこそ。オレ達は、遠慮なしにケンカできるんだと思う。



 昔、潰れそうになってたオレを、父さんは、母さんは、慧兄は、ルナは、暁兄は……カイは支えてくれた。

 自分が一番傷付いて、ボロボロだったくせに、カイはオレをいつでも助けてくれた。

 昔だけじゃない、いまだって支えてくれてる。そんなこと、オレだって分かってる。


 ……オレは、あいつに取り返しのつかないことをしちまったのに。


 みんなはオレの責任じゃないって言ってくれるけど、そんなはずはねえ。みんながどう思おうと、オレのせいであんな結果になったのは間違いねえんだ。

 だけどみんなは、オレを嫌わないでいてくれた。オレを心配してくれた。それには本当に感謝してて、それと一緒にすごく痛い。


 オレは、いつだってみんなのおかげで生きてきた。みんながいたから、生きてこれた。みんなには、どんだけ感謝しても足りない。

 だけど、そのままじゃダメなんだ。いつか、みんなの……あいつの支えがいらないくらいに強くなりたい。だから、オレは戦う。お前に勝ちたいと、そう願ってる。


 お前は……お前の強さは、オレの一番の目標だから。









「うっわ、すげえ……」


 舞台に上がってみると、観客はもっとすげえ人数に見えた。やべえな、こりゃ。

 一通り観客席を見渡すと、その中に青い竜がいるのが見えた。向こうもオレの視線に気付いたか、にやりと笑う。

 ……緊張してる場合じゃねえな。見てろよ、カイ。オレは絶対に、お前と当たるまで負けねえからな!


 オレは愛用の大型銃剣を構える。銃剣って武器は、ライフル銃の先に刃を取り付けたタイプが元祖だが、オレのは大型ブレードの上部に銃口が取り付けられたもので、どっちかってと剣が主体だ。ブレードライフルって呼び名もある。

 一方で、対戦相手の鹿人の武器は、ポピュラーな拳銃。射撃特化な分、撃ち合いは不利だろうな。


「よろしくな。いい試合にしようぜ!」


「……ああ。お互い、全力を出し切るとしよう」


 オレの言葉に、相手はうっすらと微笑んで返してきた。落ち着いた雰囲気だな。冷静な相手ってのは、敵に回すと厄介だ。貫禄あるし、三年生だろうな。


『両者、構え』


 いよいよだ。負けたくねえのは向こうも同じ、譲れねえ意地のぶつかり合いってやつだな。

 そして……審判の宣言と共に、ゴングが鳴り響いた。


 先手を打ったのは、相手のほうだった。ゴングとほぼ同時に銃口をオレに向け、引き金を引いてきた。


「おっと!」


 オレは銃剣のボディで第一射を受け止めて、右側にステップして照準から抜ける。まずは距離を詰めないとだが、焦ったら負けだ。

 相手はそのまま追撃を繰り出してくる。なるほど、狙いはかなり正確だな。けど、オレだって遠距離攻撃は出来るんだぜ!


「おらぁっ!」


 タイミングを見て銃剣の先端を相手に向け、そのままトリガーを数回引き絞る。ライフル部から、オレが引いた回数分だけの弾丸が勢いよく発射された。


 ……全弾、明後日の方向へと向かって。


「……ありゃ?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。相手も少し目を細めている。

 気を取り直してさらに撃ってみるが、相手は回避なんて全くしてねえのに、まるで検討違いの方向に飛んでいくオレの弾丸。


 ……そう。何を隠そう、オレは射撃が大の苦手だった。


「……下手だな」


「う、うるせえっつーの!」


 呆れたような相手の批評。ぐ……自覚しててもやっぱりショックが……ってか、対戦相手に言われるのは情けなさがヤバい。


「手本を見せてやる」


 言いつつ、相手の射撃が再開される。狙いは正確、ピンポイント射撃だ。読みやすくもあるけど、頭や胸にまともに当たりゃ一発で終わりだと思うとキツいもんがある。


「ちぃ……下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるってな!」


 とにかく、撃たれっぱなしは性に合わない。オレは格言に忠実に、思いっきり乱射する。

 別にヤケクソってわけじゃねえ。こいつで牽制して接近戦に持ち込むのが、オレの基本スタイルだ。別にかっこつけて苦手な銃がついた武器を選んだわけじゃねえぞ。


 けそ、とにかく一発でもって思ったその乱射も、相手にはかすりもしない。それどころか、相手は避けてすらいねえ。……こ、ここまで下手だったっけか、オレ? 相手の弾が止まないせいで、近付くことも出来ねえ。


「甘い……!」


 そして、何とか攻めようとしたせいで、隙をさらしちまったらしい。それを正確に突いた相手の銃弾が、左脚に直撃する。


「痛っ……てえ!?」


 思わず声を上げてしまった。練習用の銃っつっても、それなりのスピードで発射された弾は、結構な威力がある。特に公式試合用は、授業で使うのよりも威力が高いらしくて……めちゃくちゃ痛い。ちょっと涙が出た。


「まだ行くぞ!」


「うわっ、とと!?」


 一撃喰らって体勢を崩したオレに、容赦ない追撃。あんな痛えの何発も喰らってられないので、必死にそれを回避していく。

 相手は体勢を立て直すヒマすら与えてくれない。当然、攻撃に回るヒマなんて無くて……これはヤバい。何とか隙を見付けねえと!


 と。突然、銃撃が途切れた。……よし、弾切れか!


「ちっ」


 相手は舌打ちすると、オレとの距離を保ちつつリロードを始める。

 もちろん、オレにとってはチャンスだ。逆転を狙って一気に攻め……と言いたいとこだけど、こっちの体勢もガタガタなのでここは下がっとこう。ここで突っ込むのは負けパターンだ。

 こっちもライフルに弾を補充して、構え直す。仕切り直しってやつだな。


「今ので仕留めておきたかったが……」


「そう簡単にやられてたまるかっつーの。おら、改めて行くぜ!」


 めげずに銃撃を再開する。守りに回るのは、オレの性に合わねえ。例え当たんなくとも、牽制にはなる。

 相手ももちろん撃ち返してきた。オレも、今度はしっかりと防御に気を配る。


「ただ乱射するだけならば、いつまで経っても当たりはしないぞ?」


「へっ、忠告ありがとよ。けど……余裕見せられんのも、今のうちだぜ!」


 強がってはみるものの、やっぱ銃撃じゃ相手に分がある。かと言って、無闇な突進が通じるとも思えねえ。

 こっちの弾が当たらねえ以上、狙い目はリロードの隙ぐらいか。が、それは相手も分かってるだろうし、そう簡単に狙わせてくれそうにはねえ。


「………………」


 しかしまあ、見事なまでに当たらねえな。いくらオレが下手っつっても、こいつはいくらなんでもおかしい。なら、考えられんのは……。


「ベクトル変換、ってとこか?」


 オレの言葉に、相手は意外そうな表情をした。ビンゴみたいだな。


「どうして気付いた?」


「いくらなんでも、これだけ撃って全弾外すかっつーの。それにあんた、最初から避けようともしなかったじゃねえか。当たらねえのが最初から分かってたってことだろ?」


 だとしたら考えられんのは、PSを使った回避。それも、弾いたりとかはしてなかった。それで注意深く見てたら、射角と弾の起動がちょっとズレて見えたから、予想を立てた感じだ。


「オレの弾が当たらねえように、飛ぶ方向を弄ってたってことかよ」


「素でも相当な量を外しているがな」


「ほっとけ!」


 とにかく、相手の手品のタネは分かった。けど、だからと言って、状況がマズいのは変わらない。


「突撃してくるタイプとばかり思っていたが、意外に洞察力があるんだな。おかげで会場中にPSを知られてしまった」


「意外は余計だっつーの! だいたい、勝つ前から他のやつに知られたことを気にしてる場合かよ?」


「それはそうだな。まあ、良いだろう」


 会話しながらも、相手は攻撃の手を緩めない。対してオレは、完全に防御に回る羽目になっちまった。

 相手が弾を逸らす能力を持ってるなら、オレの銃撃は無意味になる。遠距離戦が出来る利点が殺された以上、銃剣はただの『余計なパーツがついた剣』だ。勝つには接近戦しかねえが、牽制も無しに近寄るのはきつそうだ。くそ、どうする?

 ……グダグダ考えてても仕方ねえ。ここは勝負に出るしか……。


「こうなった以上、出し惜しみはしない。次は、本気で攻めさせてもらおう」


「…………?」


 オレはその言葉に、少しでも距離を詰めようとした足を止めてしまった。ブラフ……じゃねえみてえだな。あれは本当に切り札を持ってるって顔だ。


 ベクトル……力の向きを変換。それを攻撃に応用――まずい!


「受けてみろ!」


 オレが切り札の正体に感づいた時にはもう遅く、相手は引き金を引いていた。そして、何とか回避しようと銃弾を盾にするけど――本来は防げたはずの弾丸が、いきなり軌道を変えてオレの右腕を直撃した。


「うぁ……!?」


 痛みに思わず武器から手を離しそうになったけど、ギリギリでこらえる。

 そのまま、体勢を崩したオレに、奴は遠慮なく引き金を引いてきた。怯んだ身体に鞭打って、とにかく思いっ切り右側に跳んだ。かろうじて、相手の弾はオレのすぐ脇を掠めてった。


「……惜しいな。細かい操作は難しいか」


 くそ。オレの銃弾にしか能力を使えないなんて、誰も言ってねえ。自分の銃弾のベクトルを操作して、軌道を変える……そういう芸当も可能だってか!


「だが、何度も外すつもりはない。いつまで避けられるか、試してやろう!」


 言いつつ、奴は引き金を連続で引いた。その全てが、複雑に軌道を変化させながらオレに襲い掛かる。


「く、う……!」


 軌道が予測出来ねえ。オレはとにかく動き回って、相手に狙いを定まらせないようにするので精一杯だった。本人の言うとおり、正確さはかなり落ちてるけど、このままじゃどうしようもない。


 ……いや、違う。オレにはまだ、手段が残ってる。確実にこの状況をどうにかできる手段が。


「………………」


 それを使わなけりゃ、オレはきっと負ける。オレは、負けたくねえ。こんなところで、あいつの足元すら見えないままに。……負けるか、使うか、そのどっちかなら。


「決まりだ……!」


 相手がオレに向けて速射を行う。恐らく、ここで仕留めるつもりだろう、今までで一番複雑な曲がる弾幕。どう見ても避けられねえ。


 そう……そうだ、迷ってる場合なんかじゃなかった。確かに、この力は使いたくねえ。けど……そんなことで出し惜しみしてちゃ、あの野郎に勝てるわけがねえ。強くなれるはずなんかがねえ!


「オレは、負けられねえんだよ!!」




 ――オレが叫んだ、その瞬間。

 オレの目の前で……相手の放った弾丸が、全て『止まった』。


「……な……!?」


 それがあまりに予想外だったのか、相手が初めて驚いた顔をした。

 オレは目の前の空中で止まった弾に、軽く触れてみる。それは、まるで凍り付いたように、全く動くことはねえ。よし、効果は安定してやがるな。


「感謝するぜ。あんたのおかげで、腹括れた」


「……くっ!」


 この現象が何かは全く分かっていないようだが、動きを止めるわけにはいかないと思ったのか、相手はとにかくオレに向かって乱射してきた。

 だけど、結果は全て同じ。オレと1メートル程離れた場所で、全ての銃弾が動きを止めてしまった。オレは歩いてその射線から抜けてから、力を解除する。途端に、弾丸が元の動きを取り戻して、何もないところを突き抜けてった。


「何発やっても、一緒だぜ?」


「……何なんだそれは。それがお前のPSなのか!?」


「ああ。〈時の歯車(クロノスギア)〉……物質のに干渉する力、だ」


「……時間干渉、だって……?」


 相手は呆けたように呟いた。ま、無理もねえよな。初めて話した相手はだいたいそんな反応だし、オレだってとんでもねえと思ってる。


「実際は、名前ほど仰々しいことはできねえけどな。生物への干渉は限られてるし、空間の時間を止めたりとか無理だぜ。……銃弾みたいに、質量の小さい物体の時間を止めるぐらいなら、朝飯前だけどよ」


「…………!!」


 それは種明かしと同時に、彼の銃弾がオレにはもう通じないって宣言だ。この力は、銃器に対して圧倒的なアドバンテージがあるし、自分が使うぶんにはトリッキーな攻めにも応用できる。それも、射撃が得意じゃないのを差し引いて、銃剣を得物にした理由だ。

 お互いに銃撃が封じられたことになるけど……剣として扱える銃剣と違って、銃はどうにもならない。


「形勢逆転、ってやつだな」


「……くそ。時間操作? 反則だろ、そんなもの」


 相手は悪態をつくと、銃を腰のホルスターにしまった。代わりに、同じく腰に下げていた剣を抜く。念のために準備してあったんだろう。


「接近戦は苦手だが、俺も……負けたくはないんだ。最後まで諦めるつもりはない」


「オーケーだ。ならオレは、お前を真っ向から負かしてやるぜ」


「……行くぞ!」


 掛け声と共に、相手は突っ込んできた。オレも銃剣をがっしりと握り、迎え撃つ。

 本人の言葉通りに接近戦が苦手なのは、何度か打ち合えばはっきりと分かった。オレは相手の攻撃を受け止めていき、そして……タイミングを見て、一気に振り抜いた。


 相手の剣が、宙を舞う。


「――――――」


「決まり、だぜ」


 丸腰の相手に向かって銃剣の切っ先を向けつつ、宣言する。数秒経ってから、相手は観念したように、両手を上げてみせた。


『勝者、橘 浩輝!』


 続けて宣言される、オレの勝利。カイの方を見ると、あいつは親指を立ててきた。

 オレはそれに合わせて、銃剣を高く掲げてみせる。……あ、じわじわと嬉しくなってきたぜ。やった。オレ、勝ったんだな!


 嬉しさではしゃぎそうになったが、相手の姿を見て何とか堪える。さすがにここでバカ喜びするのは彼に失礼って奴だ。


「途中まではいけると思ったんだが、な」


「わりい。けど、あんた強かったぜ。この力が無かったら、多分負けてた」


「……まあいいさ。あと2年あることだ、これを反省して来年以降で勝たせてもらうよ」


 そう言って、相手は笑った……って、同い年だったのかよ、こいつ。


「一つだけ聞かせてくれ。どうして最初から力を使わなかった? 俺の武器が銃な以上、使うだけでほぼ勝ちなのは分かっていただろう?」


「理由は色々だな。あんたのPSを警戒してとか、消耗を抑えるためとか……」


 試合が終わったから、マイクは切れてるはずだ。……なら、ほんとのことを話してもいいか。散々焦らしちまった詫びだ。


「オレは……この力が嫌いだから、かな」


「何?」


 相手は目を丸くした。これは、説明するのが難しい感情だ。


「けど、そんな事言っている場合じゃないぐらい、あんたが強かったから。おかげで、決心がついたんだ」


「……そうか。良く分からないが、そう思うならしっかり勝ち上がってくれよ? じゃないと俺が惨めになる」


「おう、任せとけ。あんたのためにも優勝してやるぜ!」


 何かを察したのか、相手は詳しく聞いてはこなかった。オレはいろんな意味での彼に感謝しながら、しっかりと握手を交わした。




 そうだ。この大会は、使うのが嫌だなんて甘えたままに勝ち上がれるもんじゃねえ。オレだって、少しは受け入れねえと、な。この力を……。

 

 


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