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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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傷痕は深く

 それから、二日後。

 予定されていた通り、俺たちはUDBへの反撃作戦に参加することとなった。



 元より、時間稼ぎなのは皆が承知だ。それでも、一矢を報いるのは今だ。

 街の防衛を疎かにするわけにもいかない。向こうには転移もある以上、どこから不意を突かれるか分からない。つくづくやりづらい相手だが……とにかく、全戦力を割くわけにはいかないのが現状だ。

 そうなると、取れる作戦は限られてくる。すなわち、少数精鋭による突破。軍の精鋭と、元々が少数での戦いに慣れているギルドを中心に、各地の群れに一斉攻撃を仕掛けるのだ。

 大佐によると、件の小隊は防衛の方に残されたようだ。これは大佐の判断ではなく、彼らの背後にいる者の指示であるようだが。


 そして、俺たちは、その中でも特に大きな群れ……敵の首魁がいると思われる場所へと攻め入ることとなる。


 UDBの主力が根城にしているのは、ニケア高地と呼ばれる場所だ。

 俺たちは、作戦の開始時刻まで、付近にあるカザという村で待機することになった。避難の対象であり、今は無人になっている……という話は聞かされていたが、俺たちはこの国の状況を改めて思い知ることとなった。


「……これは」


 荒れ果てた田畑に、崩れた家。踏み荒らされた土地に、塞がれた道。村は、つい数日前まで人々が暮らしていたということが信じられないほどの廃墟と化していた。

 恐らくは灼甲砦、もしくはそれに相当する大型UDBが暴れたのだろう。アトラが肩をすくめながら口を開いた。


「ま……そりゃそうだろ。この国があいつらに押し潰されないようにするには、端っこは切り捨てるしかねえってわけだ」


「避難は……ちゃんと終わってんだよな?」


「ああ。防衛の困難な村から順に、首都の避難所へと軍が護送しているそうだ」


 そう語りながら、誠司は溜め息をついた。ひとまず人命に問題はないのは不幸中の幸いではあるが、この光景を目にして「良かった」と言えるほどに図太くもなれない。


「だが、この傷は、決して元には戻らない。国から支援が出たとしても、人々の暮らしには多大な影響が出るだろう。恐怖の記憶も、簡単には消えないだろうな」


 どれだけ力を尽くしても、取り返しのつかないもの。それを目の当たりにするのは、いつまでも慣れないな。子供たちはなおさらだろう。

 浩輝が、近くの壊れた家に力を流し込む。しかし、家が直る気配はない。おおよそ、10秒ほどだっただろうか。渋い表情で、浩輝が時の歯車を停止した。


「止めておけ、橘。()()直せたとしても、消耗は激しくなるぞ。オレ達は、今から戦いに向かうのだからな」


「……分かってるっすよ。ただ、ちょっと試してみたかっただけっす」


 何もしない、ということに耐えきれなかったのだろう。……彼の力は、取り返しのつかないものを取り返すためのもの……だが、決してそれは万能ではない。


 時の歯車には、多くの制約が存在する。時間の巻き戻しひとつ取っても、いくつもの決まりに合致しなければその効果は発揮できない。


 1つ。時間の巻き戻しは、巻き戻った後の状態をイメージできなければならない。より厳密には、イメージが正確でないほどに消耗する力が激しくなるらしい。

 つまり、壊れる前を浩輝が知らなければ直せないのだ。ある程度は想像で補えるようだが、跡形もなく壊れてしまったものを復元するのは困難だ。


 2つ。巻き戻り前後の差異が、視覚や触覚で認知できるレベルで存在しないと、上手く働かない。巻き戻ることがイメージできないのが原因だ。


 3つ。質量は無視できない。能力の範囲内に、復元されるものを構成していた全てが存在しなければ、それだけで巻き戻しは不完全になる。

 例えば、腕を斬り落とされたとする。その腕が、PSの範囲内であれば、彼の力はそれを元通りにできる。しかし、腕が遠くにあれば、いくら巻き戻そうとしたところで生えてくることはない。流れた血液も同様だ。


 その他、細かいところを挙げるとまだある。欠点を差し引いても、極めて強力な力であることは間違いないが……何もかも無かったことになど、出来はしないのだ。


「もう、この風景を増やさないようにしよう。それが、俺たちにできることだ」


「……おう。こんなこと、これ以上させてたまるかよ。オレ達が絶対に、何とかしてみせる」


「………………。なあ、コウ」


 浩輝の意気込みに、しかし不安げな様子で声をかけたのは、海翔だった。


「無理だけは、するんじゃねえぞ。お前の力はあまり使いすぎるとやばいもんだからな」


「……分かってるっての。何だよいきなり、お前らしくもねえ」


「いや、何だ。色々言ったって、心配にはなんだろ。それだけの戦いなんだしな」


「そりゃお互い様だろ。……いつか言おうと思ってたけど、危ねえ戦い方ってことならお前も似たようなもんだぜ、カイ。いや、オレと違って考えなしに突っ込んでるわけじゃねえんだろうけどさ。……でも……」


「……でも?」


「逆に、考えがあったらどんだけ危ないことでもやるだろ、お前って。大会の時、オレを助けてケガしたみてえに、さ」


「…………。あれは、今は悪かったと思ってるよ」


「あ、いや、別に責めてるわけじゃねえんだけどさ……。ただ、オレのせいでお前がケガするとか、そういうのは……もうイヤだからさ」


 浩輝を攻撃から庇って力尽きた時の話か。結果としては二人の生存に繋がったのかもしれないが……いくら助けられたと言っても、浩輝からすれば、もう繰り返すなと言いたくなるのは当然か。俺が言えた義理ではないんだろうがな。


 それにしても、いつも憎まれ口の応酬で相手を鼓舞する海翔にしては、珍しい。本心で心配しているのはいつもと同じだろうが、よほどでなければ表には出さないのが彼なのだ。

 ……つまりは、よほどだと考えているのか。それは、これからの戦いの大きさか、それとも浩輝の抱えている何かが関係しているのか。


「カイ……お前こそ大丈夫かよ? 何だ、緊張でもしてんのかよ」


「……そうかも、しれねぇな」


「…………」


 海翔の返答に、浩輝は困ったようにがしがしと頭をかいた。いつものような応酬に持っていこうとしたのだろう。今からの戦いに緊張するのは当たり前の話だろうが……それにしても、様子がおかしい。


「……ふう。確かに、俺らしくねえな。ちょいと、気合い入れてくるぜ」


「あ、おい……」


 そう言い残すと、海翔は踵を返して、みんなから少し離れた場所まで歩いていく。浩輝はどうすべきか迷うような素振りを見せたが、「……オレだとダメっぽいな」と苦々しげに呟き、逆方向に歩いていった。彼はこういう時に突っ込んで慰めようとするタイプだが、昔からの友人に対しては機微を理解しているのだろう。


「……カイ」


「瑠奈。何か、心当たりはあるのか?」


「ある、と言えばある……かも。最近ちょっとコウのこと気にしてるみたいだったし、カイ」


「それは、浩輝の過去についての話だろうか」


「……うん、多分。やっぱり、ガルも気付いてるよね、何かあるってことは」


 瑠奈も、そこまでは否定しなかった。内容を話してくれる様子ではなさそうだが、彼女は詳細を知っているらしい。


「別に、無理に聞き出そうとは思っていないがな。しかし、それで苦しんでいるのならば、何か助けにはなってやりたいと思っている。近いうちに、軽く話をしてみるつもりだ」


「……うん。ありがと、ガル。私からは何も話せないけど……ふたりのこと、あなたも支えてくれるなら嬉しい」


「俺にとっても友人だからな、二人は。君も、あまり抱えないことだ。頼ってもらえた方がいいんだ、と俺に言ってくれたのは君だからな」


 それにしても、考えを改めるべきかもしれない。浩輝が何かを抱えているのならば、彼について気を付けてやろうとは考えていた。しかし、危ういのは彼自身だけではないのかもしれない。


「ねえ、ガル、ひとつ聞かせて。もし、何かをやり直すことができる力が自分にあったら、ガルはその力を使う?」


「……難しい問いだが……使わないだろうな。俺は、今の自分が歩んできた道を、否定したくはない。それを否定してしまえば、みんなと過ごしてきた時間まで否定することになるだろうからな」


 ああ、やり直したい過去はいくらでもある。それでも、この前父さんに言った通りだ。過去のどこかが違えば、俺はきっと今の俺ではないし、みんなとも出会えていないのだろう。……今の俺は、そう言える。


「だが、俺がそう言えるのはきっと、時間は戻らないと理解しているからだ。もしも現実にその力があれば、きっと迷う。孤児ではない自分、父や母と平穏に暮らす自分。夢見たことはいくらでもある。これからだってそういう事は起きるだろう。その夢に届く手段があるのならば、抗える自信はない」


 ある意味では、諦めとも言えるかもしれない。現実を受け入れるには、今に納得しなければならない。ゼロである可能性を夢見たところで、今は決して変わらないのだから。


「多分、私もそんな感じ。絶対にそんなこと出来ないって思うから、使わないだろうなって考えてる。だけど……コウは」


「……時の歯車のせいで、俺たちのように割り切ることができない?」


 あの力は、まさにその手段となり得る可能性を秘めている。無論、あの力の反動を考えれば、時間の改変などしようとすれば浩輝の身体は間違いなく保たない。これからの成長を考えても、ゼロに限りなく近い可能性……しかし、ゼロでないのは間違いない。

 どうしても変えたい過去への望みを捨てきれず。どうしても変えたい今への無力も拭えない。今のこの風景だってそうだ。力があればできたかもしれない、そんな思いをいつも抱いてきたのだとすれば――


「そう考えると……あれは、あまりにも残酷な力だな」


 ――それはまさに、彼を縛り続ける呪いに他ならないだろう。

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