戦いの合間 ~迷える太陽~
夕食後の、俺の部屋。俺は、イリアを呼んで雑談をしていた。
今日の食事は、瑠奈やガル、イリア、それから砂海のアレックさんやエミリーさんと一緒になった。色々とお互いの今までとか話しつつ、ハーメリアのことも話題に挙がった。
砂海のみんながハーメリアに手を焼いているのは分かっていたし、どう考えているのかなって少し気にしていたけど。二人から出てきたのは、彼女をフォローする言葉や、心配する言葉だった。迷惑がかからないようにするから、見守ってやってほしいって、改めて頼まれた。
「何と言うか、手のかかる妹を見てるって感じだよなあ」
「そうだね。たったひとりの妹と考えたら、可愛がる気持ちも分かるんじゃないかな?」
「はは、そうだな。瑠奈とちょっと似ているところもあるし」
とにかく真っ直ぐで向こう見ず、ってのがハーメリアの印象だ。それが駄目なときもあるけれど、良いところでもあるんだと思う。
そんなこんなでみんなは解散して、瑠奈とガルフレアは二人でどこかに行った。順調に仲良くしているみたいで、俺としても何よりだ。……いやまあ、お兄ちゃん的に割と寂しいとか思うことはあるけどな!
ま、まあ、それはともかく。何で俺の部屋にイリアが来ているか、だけど。少し話したいことがある、と俺から持ちかけたってだけだ。いや、その本題に入れないまま、ズルズルと雑談してる状態ではあるけど……イリアが何も聞いてこないのは、気を遣われている気もする。
……駄目だ駄目だ! せっかく呼んだのに、これじゃ意味がない。それに、そこまで緊張するほどの内容じゃないはずだ……と、自分に言い聞かせて、ひとつ深呼吸をした。
「な、なあ。イリア?」
「うん? どうしたの、改まって?」
「いや、まあ、何だ。……わ、渡したいものが、あってさ」
出来るだけ平静を装いながら、俺は隠しておいた箱を取り出す。受け取ったイリアは、丁寧に箱の梱包を外していく。そして、出てきたものを見て、少し驚いたらしい。
「これって……」
「あのアクセサリー屋に寄ってきたんだ。その、俺もイリアに似合うんじゃないかな、と思ってさ」
それは、あの時に店員が勧めてきたカチューシャだ。白を基調としていて、あまり悪目立ちはしない感じの、可愛らしい逸品。ちょっと癪だけど、確かに店員の言う通り、彼女にピッタリだと思ったから。
あと、あの時イリアは遠慮していたけど……単に店員のナンパに押されただけで、興味は持っていたように見えた。あの店を立ち去るとき、何度かちらりと見ていたから。
「わざわざ、あたしのために?」
「い、いや、深い意味はないんだぜ? ただ、イリアには……ほら、アガルトからずっと、世話になってきたから。何か、ちゃんとしたお礼がしたかったんだ」
わざわざ部屋まで呼んでおいて、特に深い意味はないなんて、我ながら苦しい言い訳だとは思う。
……あの時、あの店員がイリアをナンパしているのを見て、正直……腹が立った。そもそも、イリアに誰がアプローチをかけようが、俺に口出しする権利なんてない。けど、あの時の俺は……間違いなく、個人的な感情で動いた。
そうだ。俺は、イリアに声をかけた男に、嫉妬したんだ。さすがに、その程度は自覚している。
「……ふふ。ちょっと、驚いちゃった。世話になったなんて、お互い様なのに。でも、嬉しいよ……ありがとう、暁斗。いま、着けてみていい?」
「……ああ」
イリアは、手慣れた動きでカチューシャを着けていく。疎いと言ってはいたけど、その辺りは女性としてのたしなみなんだろうか。
……やっぱり、よく似合ってる。実物はやっぱり、想像以上に……って、何を考えているんだよ、俺は。
「どう、かな?」
「……おう。可愛くて、お前にピッタリだ」
成人もしてない俺が、歳上の女性を可愛いってのも何だかなとは思うんだけど、素直な感想だから仕方ない。
イリアは、瑠奈と比べれば大人っぽいんだけど、それでも「綺麗」よりは「可愛い」と言う方がしっくりくる。
快活で、真面目で、いつだってひたむきで一生懸命。ちょっと歳は離れているけど、それを感じない程度には接しやすくて、一緒にいて気楽な女性。それが、俺にとってのイリアだ。
「あんまり可愛いなんて言われ慣れないから、照れちゃうね」
「そりゃ相手も恥ずかしがってるだけだろ。イリアをもらいたいって男は、いっぱいいると思うぜ?」
冗談めかして言うと、イリアの反応は予想とだいぶ違っていた。じっと俺の顔を覗きこんできたかと思うと、考えもしなかったことを口走った。
「暁斗は?」
「…………え」
「暁斗は……もらいたいって思う?」
真っ直ぐ見つめられながら言われると、自分の思考が停止するのを感じる。――こんなことしといて恐ろしく間抜けだな、と後から思ったけど、この瞬間は、そんなこと言われるなんて想像もしていなくて――
「いや、その、ね。さすがに、二人きりでこんなもの渡されて、そんな話をされると、少し期待しちゃう、かなって……ああ。何言っているんだろう、あたし」
イリアの肌が、いつもより赤い。何だか色っぽい……じゃなくて!
「あたしはさ。暁斗と一緒にいるの、楽しいんだ。こうやって、二人きりになって、プレゼントまでもらって……あたし、今、すごく嬉しいって思ってる 」
「い、イリア……」
「……安心するの、君といるのは。少なくとも……こうしてプレゼントを渡されて、そういう風に考えちゃうくらいには……意識しているんだと、思う」
意識、している? それって、つまり。そういう、意味、で? だとしたら、俺のこの気持ちは。……この、気持ち、は……。
「………………」
――だけど。一瞬だけ舞い上がりそうになったところで、浮かんできた思考。そのせいで俺は、何も言えなくなってしまった。
「暁斗? ……ごめん、いきなりこんなこと言っても困るよね。あまり、気にしないで?」
「いや……違うんだ、悪い。深い意味は無いなんて、嘘だ。そうじゃなきゃ、こんなことはしなかった。そう言ってもらえたの、嬉しかった……でも」
嫉妬して、気を惹きたくなった。他の誰でもなく、俺を見てほしかった。その気持ちは、自覚している。それでも、俺は。
「……本心なのかが、分からないんだ」
「え?」
ぽつりと、溢してしまった言葉。一度漏れてしまうと収まりがつかなくて、俺は勢いで内心を吐き出し始めてしまった。
「分からないんだ、俺。今まで、誰かをちゃんと好きになったことって、なかったからさ。だから、その。この気持ちがそういうことなのかも、分かっていない。いや、分からないんじゃないな。たぶん、自信が無いんだ」
「暁斗……君は」
「めちゃくちゃ、情けないこと言ってるよな。でも、どうしても、駄目なんだ。エルリアを出ていった日からずっと……何もかもが、曖昧でさ。本当にそれが自分の気持ちなのか、そんなことにも自信が無くなった。そんな状態で……大事なこと、言いたくないんだ」
嫌になる。こんなの、イリアを馬鹿にしているのと同じなのに。あまつさえ、それを勢いだとしても相手に言うだなんて。口に出してから後悔したけど、もう遅い。
「ごめん。軽蔑しても、いいよ。ナンパされてるの見て、嫉妬して、焦ったんだ。だから、見てほしくなったんだ。……それなのに、こんなこと言うの、ひどいもんだと思う」
イリアの目が真っ直ぐ見れなくて、小さく顔を伏せる。プレゼントしようと思い立った事すら、後悔しそうになった。だけど。
「……軽蔑なんて、しないよ。そこまで悩んで、それでもこうしてくれたんだよね? だったら、やっぱりあたしは嬉しい」
「………………」
「ねえ、暁斗。色々と、焦らなくてもいいんじゃないかな」
イリアは、俺の方を真っすぐ見ながら、優しくそう言ってくれた。