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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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戦いの合間 ~正義の在処・2~

「少なくとも、悪意など無くとも相手を不快にさせることはある。例えば知人の話だが、荷物を運んでやろうとしたら、盗むのではないかと因縁をつけられて揉め事になったそうだ。君も、そういう体験をしたことはないか?」


 一言で言えば、ありがた迷惑、と相手が受け取るケースだ。小さな話だが、例としては身近で分かりやすいだろう。


「……確かに、そういうことが無いとは言いません。ですが、そういう場合は、相手が嫌な人ではないですか? 普通なら、怒ったりはしないはずです」


 なるほど、な。善に反発するのは悪……ある意味、正しい帰結ではある。彼女の中で善意と善、悪意と悪がそれぞれイコールで繋がっているのならばな。


「人の心はそう単純ではない。機嫌が悪い時や落ち込んでいる時、体調を崩している時など、相手の善意を受け入れる余裕がない時はあるはずだ」


「それは、八つ当たりじゃないですか?」


「表に出すかは別の話だ。しかし、どう感じるか、までコントロールできるほどに人は器用ではない。だからと言って、相手が態度に出さなければ不快を与えても良い、というわけでもないだろう?」


 言いつつ、先日の瑠奈との喧嘩を思い出した。あれは今考えても、我ながら最低だったが……爆発した原因のひとつには、体調不良も含まれてはいただろう。心とは、コンディションに容易に左右されるものだ。もちろん、それも含めて反省しているが。


「敢えて嫌な言い方をすると、押し付けやすいんだ、善意や正義感は。それが良いことだと、正しいことだと考えているが故に、省みることが難しい。良いことをしたという事実は、気持ちよくなれるからな」


「……私は、押し付けていると?」


「君が、という話ではない。誰だってそうなりやすいんだ。それこそ……善意や正義感が取り返しのつかない結果を生むことだって、あるだろう」


 よかれと思って、が招く悲劇。そんなもの、探すまでもなくあるはずだ。……かつての俺の行いだって、正義感によるものだったからな。


「特に、俺たちのように戦いが日常であれば、なおさらだ。戦いとはお互いの正義感のぶつかり合いだとも言える。無論、今回のリグバルドは侵略で、悪であるだろう。それでも……一人ひとりに視線を向ければ、そこには、その人の正義、選べる中での最善があるのかもしれない」


 クライヴ将軍などは最たる例だろうが……いつだって、何もかもを自由に選べるとは限らない。間違っていると分かっていても、それを選ばないと自分が、そして他人が窮地に陥る。そんな理不尽だって、人生にはある。


「これははっきりと言っておく。単純に、敵を悪だと決めつけるのは止めるべきだ。自分たちが正しいということを、戦う理由にしてしまうようになる」


「……正しくあるために戦うのは、いけないことなんですか?」


「それ自体をいけないとは言わないが、目的にしてはいけない。自分が何をしたいか、何のために戦うか。その基準を、正義と悪などと簡単な言葉で二分化してしまうことは危険だと、俺は思う」


 その果てに、己の過ちを突き付けられた場合……時間が経てば経つほど、結論は極端なものになるだろう。過ちを認めずに正義を独善に変えるか、過ちを認めて心を折るか。


「目先の正しさだけで判断するのは楽だ。だが、物事はいつだって連続している。目の前の誰かを助けたことが、他の誰かを傷付けることに繋がるかもしれない。目の前の悪人には、そうせざるを得なかった理由があるのかもしれない。見えるものだけで判断せざるを得ないのは確かだが……単純な結論だけを出していては、そのうちに見えるものすら見えなくなるかもしれない」


「………………」


「別に、だから正義と悪など存在していない、と嘯きたいわけではない。ただ、正義と悪の基準など、曖昧だ。立場によっても、状況によっても、何を重視するかによっても移ろうことがある。だからこそ、それ自体に答えを求めてはいけないのだと思う」


 ハーメリアは、難しい表情をしている。彼女は暁斗に言っていた。正しいことに、時と場合なんて存在しない、と。きっと、こんな考え方をしたことはなかったのだろう。ただ、反発していると言うよりは、考えようとしているみたいだ。


「話を戻すと……お互いが自分を正義だと思ってぶつかった場合が、最も厄介だと思うんだ。相手が悪だと思った時、人は何よりも残酷になる。間違ったものを正すという名目は、とても強いものだからな」


「それが……善意の方が怖い、と言った理由ですか?」


「ああ。大義名分を己の中に立ててしまった者は、そう簡単には止まらなくなる。どちらも正しい場合も、どちらも間違っている場合すらあるのにな」


 戦いとは、往々にしてそういうものだ。自分たちの正義を貫くために戦い、だからこそ止まれない。正義の味方が悪を裁く、単純明快な勧善懲悪だけであれば楽なのだがな。


「正しい己を目指すのは、良いことだろう。しかし、正義を為すとは、決して簡単なことではない。正義が曖昧なものであるということを忘れ、己の正義こと全てだと盲信してはならない。難しい話だが、常に己の正義に問いかけ、考え、選び続けることが大事なのだと思う」


「正義を、選び続ける……」


「ああ。……俺は今まで、様々なことを間違えてきた。もしかしたら、今でも間違えているかもしれない。それでも、俺たちが生きている限りは、判断していかなければならない。どれだけ失敗したとしても……選ばないことは、ただの逃げだと思うから」


 ハーメリアは、俺の言葉を部分的に反芻している。きっと、この話だけで実感を持ってもらうの難しいだろう。身をもって体験、が必要なのかもしれないが……出来れば、辛い思いはさせたくないな。


「長々と説教のようになってしまって、すまなかったな。最初に言った通り、ひとつの価値観として考えてみてほしい」


「……いえ。ありがとうございました、ガルフレアさん。正直に言えば、私にはまだ分からないことも多いですけど……少し、考えてみようと思います」


 言いつつ、ハーメリアは立ち上がる。それなりに話し込んでしまったが、話せて良かったと思う。


「それでいい。明日からもまた、大変な日々が続くとは思うが、君の力も頼りにしているぞ」


「……はい!」


 期待と不安、それが半々だ。彼女の行く末がどうなるか……少なくとも、それを途切れさせることだけは無いように、俺もしっかりと見てやらねばな。











「……ふう」


 ガルフレアさんの部屋を出て、私は思わず溜め息をついていた。それだけ、あの人の話は考えさせられるもので……だけど、分かったって言うと、嘘になる。


 私には、難しい。正しいことを正しくやることが、どうしてそんなに難しいのか、理解することが難しい。

 ガルフレアさんは、間違いなくいい人だ。私より色んなものを見てきて、きっとその言葉には大きな意味がある。だけど、私にはどうしても飲み込めない。


 最善を選んだ結果が侵略行為……そんなのも、認められない。選択肢が与えられなかったって言うけど、だったら作ればいいはずだ。間違っていると思いながら戦うくらいなら、今の環境から逃げてでも止めればいいだけだ。それができないのは、甘えだと、弱さだと考えてしまう。


 私にはやっぱりリグバルドが許せなくて、彼らが悪だって気持ちは、変わっていない。でも、ガルフレアさんは違うみたいだ。自分が未熟だって自覚はあるし、今の話はたぶん忘れたらいけないということだけ、分かる。


「……やっぱり、難しいな……」


 思わずそう呟いてから、私は他の皆さんにも謝りにいくために、ゆっくりその場を離れていった。






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