電子世界の聖女
「な、何なんですか? それ」
「やはり、これだけ聞くと唖然としますよね。では、詳しく話しましょうか」
俺たちがそれを知らないと分かると、リュートは本格的に語り始める。
「この国は最近になって、技術が大幅に発展しています。それに伴い、情報デバイス……携帯電話やパソコンですね。特に若者を中心に、それらの普及率が上がっているのはご存じですか?」
「はい、ある程度は。この国が故郷の仲間がいるので、道行く人が持っていることに驚いていました」
「もちろん、個人単位で持っている方は裕福な層で、国全体の普及率はまだまだ低いですがね。しかし、特に首都圏ではそれなりに広まっていますし、公共施設などではアクセスが可能な端末が用意されたり、安価でネット利用が可能な施設も人気がありますね」
「ネットカフェみたいなものですか?」
「それに近いものですね。そこまで上等なものでもありませんが、海外企業が新規開拓として目をつけています。それ以外にも……失敬、話が逸れますね。とにかく、若い世代はそういう新技術を受け入れやすい。ネットのコンテンツは国内でもどんどん充実しているらしいですよ」
なるほどな。必然の流れではあるのだろう。
「そして、他者と交流を持てるサービスは特に人気が高い。国際的なSNSだけでなく、ローカルなBBSなどもかなり賑わっているそうです。そして……」
少しだけリュートが言葉を切り、みんなを見渡した。どうやら、ここからが本題らしい。
「みんなが使うBBSのサービスに、時おり現れるそうです。聖女を名乗る人物の書き込みが」
「………………」
俺たちの微妙な反応は、リュートにとっても想定通りだったらしく、彼は小さく笑っている。
「そ、それだけ聞くと……ただの変な人にしか思えませんけど」
「同感です。初めて書き込みを見た人もきっとそんな顔をしたのでしょうね。何せ、いきなり『私は災厄を予見した』などと書き込まれたのです。……その時は誰もが、気の触れた人物と思ったでしょう。その翌日に、UDBの襲撃が起こるまでは」
「! ……それは」
だが、その時は、とリュートが言った通り、今となっては気になる内容だ。何せ、この国は今まさに、災厄に襲われているのだから。
「もちろん、一度だけならば偶然の一致もあり得るでしょう。しかし、聖女は2回目の襲撃の前日にも書き込みを行ったそうです。それも、襲撃が激しくなることや、これから試練が続くことなどを言い当てたそうですよ。とは言え、僕もその書き込みを見たわけではなく、伝聞ですけどね」
「……予知能力?」
「少なくとも、そう考える人は徐々に増えています。2回目の予言が的中した辺りから、彼女を擁護する書き込みの比率が一気に増えたそうですから」
「事実だとすれば、凄まじい能力ですね」
確定していない未来を言い当てる、予知能力。創作物ではよく見かけるものだが……その実、少なくとも俺は、そんなPSの持ち主は知らない。占いを商いにする者はいるが、PSとは無縁なものが大半だろう。
しかし、あり得ないとは言い切れない。そもそも、程度の差こそあれ、PSが引き起こす全てが本来ならばあり得ない現象なのだ。この間、アゼル博士がコメントしていた通りにな。
「最初はただ脅威を警告するだけだった聖女ですが、自分を信じる書き込みが増えてくると、この脅威から救われるための方法……神託、と呼ばれる書き込みを始めたようです。曰く、聖女の神託に従えば救われる、とまことしやかに囁かれています」
「……急に宗教じみてきましたね」
「事実、一種の宗教になりつつあるそうです。神託の詳しい内容までは知りませんが、戒めでの繋がりが主であるようですね。聖女さえ信じれば何とかなる……そんな書き込みをよく見かけるとも聞きます」
宗教、か。アガルトでの真創教の話は、レイルのブラフと民の不満の捌け口でしかなかったが……確かに今回の状況は宗教じみている。盲信をする人が出始めているとすれば、気になるな。
「皆さんも分かっているとは思いますが、今のこの国には、じわじわと不安と恐怖が浸透しつつあります。それは戦う力のない民だけではなく、軍やギルドの方も同様でしょう。いえ、むしろ、最前線にいる方々の方が荒んでもおかしくない」
「………………」
「そんな中で聖女の存在は、特殊ながらに強烈なカリスマを誇っています。人々の拠り所として、彼女……本当に女性であるかは分かりませんが、便宜的にそう呼びます。彼女が民の心を集めた先に何を望んでいるか、気になると思いませんか?」
UDB達に襲われ続けるという、明日にはどうなるか分からない状況。そんな心境であれば、人は何かにすがりたくなるものだ。
「……とは言え、繰り返しになりますが、これは伝聞です。本当は、自分が見たもの以外を語るのは、僕のポリシーに反するのですが……掲示板は誰でもアクセスできるようですから、後で閲覧してみるといいのではないでしょうか?」
「はい。ありがとうございます、リュートさん。おかげで、興味深い調査対象が見付かりました」
「はは、お役に立てたならポリシーを曲げた甲斐もありますよ。……例の掲示板については、僕も落ち着いたら覗いてみようと思っていたところです。不謹慎かもしれませんが、聖女がどのような物語を紡ぐつもりなのか、詩人としてはそそられるものがあるのも事実でしてね。その中で何か情報が見付かれば、皆さんに共有するとしましょう」
「それは助かります。よろしくお願いしますね!」
出来れば善意による本物の聖女であってほしいですが、などとリュートは締めくくった。いずれにせよ、まずは調べてみるしかないな。
「ふふ、ですが、人生とは何があるか分からないものだ。だからこそ、興味深い。偶然に耳に挟んだ話が、こうして誰かの力になる……皆さんと出逢えたことも含めて、これも良い縁だったのでしょう」
「縁、ですか?」
「ええ。この世界には何事にも縁があり、その全てに意味があるのだと僕は考えています。運命と言い換えてもいいのかもしれませんが、運命が定められていると考えるよりは、縁が紡がれていくと考えた方が何となく素敵じゃないですか?」
「……ふふっ、確かにそうですね。縁、かあ。何だか、良い言葉だなって思いました」
詩人の振る舞いをしている時点でかなりのロマンチストなのだろうが、やはり詩的な言い回しだと思う。縁……赤牙のみんなはもちろん、俺を取り巻く全ての縁。良いものも悪いものも含めて、そこには何かの意味がある、か。
「さて。持っている中で一番変わり種と思われる情報は今の話ですが……念のため、もう少しお話ししましょうか。皆さんからも、話せる範囲で聞いてもいいですか? 何か関連したものを思い付くかもしれませんし」
「ええ、分かりました。可能な限り、お話ししましょう」
それからしばらく、俺たちはリュートと情報の整理をすることにした。真新しい情報こそそれ以上は出てこなかったが、民間の視点からの不安について、改めて整理することができた。そして、食事が終わる頃にはお互いの話題も出尽くしたため、彼と連絡先を交換してから、市場まで共に戻った上で解散することになるのだった。
「現実にいるかも分からない、デジタルな聖女、か」
そして、夜。ホテルに戻った俺たちは、いったん赤牙の全員で集まり調査を共有している。やはり、俺たちの持ち帰った聖女の話題が、最も大きな異変であるようだ。




