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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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吟遊詩人・リュート

「……ぐっ……!?」


 凄まじい衝撃が俺を襲う。

 汗が全身から吹き出る。毛並みが逆立つ。

 腹の奥底がまるで燃えるように熱い。


 ……甘く見ていた。まさか、ここまでだとは。あの時……提案を断るべきだったのか? しかし……。


「ガルフレア、すごい顔してるけど……大丈夫?」


「はい、お水。……そんなに辛いんだねえ、それ」


「あ、ああ、ありがとう。……ふう、ふう……これは、すごいな……」


 ……ここは、市場から少し離れた場所にある食堂。リュートの誘いを受けた俺たちは、彼の勧めに従ってここに入店することとなった。ハーメリアは……まだ思うところはあるようだが、さすがに大人しく同行している。

 そこで、名物という激辛の郷土料理〈竜の息吹〉を注文する流れになったのだが……名前の由来でもある強烈な辛さの唐辛子〈竜の爪〉と、トマトをベースにした真っ赤な卵スープは、想定の数倍は辛い。……むしろ痛い。辛いもので火を吹く演出は創作で往々にして見かけるが、大袈裟ではないと今なら思えてしまう。


「ああ、ほんとにいいなこれ……! やばいくらい辛いけど、辛いだけじゃなくて美味い……」


「ふふ、暁斗くんとは話が合いそうですね」


 そんな激辛料理を、汗を流しながらも満足げに口に運んでいく暁斗と、顔色ひとつ変えず平然と平らげていくリュート。……暁斗はともかくリュートはどういう舌をしているんだ。


「激辛ソースがトラウマになってた割にはやっぱり好きだよねえ」


「寝起きドッキリは別枠だろ……。と言うかトラウマ与えてきた張本人が言うんじゃねえ!」


 イリアと瑠奈も興味はあったらしいが、以前に食べたことがあるらしいハーメリアが「子供向けの辛さ控えめでも危険」と忠告したので普通の料理を頼んでいる。それでも気になったのか、瑠奈が暁斗に一口ねだったが、口に入れた途端に停止し、直後に悲鳴を上げて水を飲み始めた。……やれやれ。

 とは言え……暁斗の言うとおりに、辛いが美味い。辛さで誤魔化しているわけではなく、その奥には鶏ガラの深みがあり、チーズのコクもあり……ここまでの辛さにするかはともかく、何か料理のアイディアに使えそうだな。二人ほど平然とは食えないが、食べてみる価値はあったと思う。


「こうして食堂が賑わうようになったのも、発展の賜物だと聞いていますよ。もっとも、ここひと月の経済は下向きであるようです」


「……一刻も早い事態の解決が必要ですね。人々の心に傷を残すことも、発展を妨げることも、決して望ましくない」


 今はまだ何とかなっているようだが、経済が下向けば、人々の暮らしがどんどん苦しくなっていく。UDBの侵略を阻止できればみんな無事、というわけではないのだ。特に、元々が貧しかった者は……。


「さて。では、そろそろ、先ほどの件についてお話しさせてもらいましょうか。と言っても、僕は検問されるような事は特に知らないのですが」


「そこは大丈夫ですよ。ただ、せっかくなので少しお話を聞かせていただけると嬉しいです。あたし達は元々、国民の皆さんから調査をしていたところでしたから」


「分かりました。ですが先に、どうして調査をしていたか聞いても? 軍が検問を始めた事情も知らないのですが、同じ理由なのでしょうか?」


 確かに、疑問はあるだろうな。今、この国で騒ぎになっているのはUDBの襲撃。それと市場の検問がどう繋がるかなど、事情を知らねば分かるはずがない。


「最近、この国で起きている異変……俺たちと軍は、それを調べているのです」


「UDB襲撃の件ではなく、ですか?」


「詳しくは話せませんが、その裏で別の何かが動いていることを疑っています。なので、些細なことでも最近になって変化したことがないか、調査しています」


「なるほど。騒ぎに乗じて動こうとする輩がいるか……いえ、動くためにUDBをけしかけているということもありえますかね? 盗賊などが、扱いやすいUDBを飼い慣らすという話も聞きますし」


「……聡い考察ですね」


 この青年は、頭の回転がかなり早いようだ。それにはっきりと返答するわけにもいかないが。

 しかし、そういう人物と知り合えたのは幸運かもしれない。この国の人々とも俺たちとも違う視点を持つ人物……アガルトの件がある以上、関係ないと切り捨てずに、あらゆる可能性を考慮しなければならない。


「まず、あなたはどうしてこの国に? UDB大量発生の情報を知らなかったのでしょうか?」


「いえ、さすがに来る前から聞いていましたし、知人からは止められましたよ。ですが、だからこそ来るべきだと思ったんです」


「だからこそ?」


「慰問……と言うと大袈裟かもしれませんが。これでも音楽に携わるものですからね。実際に過ごしてみて感じましたが、皆さん、不安な気持ちを何とか誤魔化しながら生きている。ですが、それも徐々に無理が出てきている。その影響と思われる小競り合いなども増えています」


 俺たちは今回、UDBへの対策を中心に動いていたため、街中の問題にはほぼ対応できていない。しかし、そういう傾向があるという情報は受け取っていた。ギルドの本分を考えると歯がゆい状況なのだが……。


「ですから……僕の音楽で、少しでも気持ちを紛らわせることができるのではないかと思ったんです。気休めかもしれませんが、微力でも自分にやれることがあるならばやってみたいと……そう思い、やって来ました。不十分な理由、でしょうか?」


「いえ、そんなことはないですよ! ……すごく良い人ですね、リュートさんって」


「そ、そこまで言われるとむず痒いですね。周りからは金持ちの道楽などと、あまり良い顔はされてきませんでしたので。父の跡取りとして専念すべきだ、といつも説教されていましたよ」


 清々しいほどに、善良な理由だ。……俺は少しひねくれてしまっているので、それを100%信じるわけにはいかないがな……本当の悪人は善人をいくらでも演じられる、ということはよく知っている。今回の件については特に、疑ってかかる視点も持たねばならないだろう。

 しかし、少なくとも今の時点では、その言葉に違わぬ善良な男だと感じているのは確かだ。彼を信じられる状況に、早くなればいいのだがな。


「跡取りとかの話が出るって事は、やっぱり偉い人だったりするんですか? その、リュートさんって、俺から見ても貴族って感じが出てますし」


「偉いかどうかは分かりませんが、うちの家系はウィンダリア貴族の末裔で、貴族制度が廃れた今でもそれなりの権力を持っています。と言っても傍流ですので、あまり有名ではありませんがね。おかげで好き勝手できていますよ」


 ウィンダリアの貴族、その末裔……か。確かに、教養のありそうな振る舞い、少し独特な雰囲気は、その言葉にしっくり来る。


「事情はおおよそ理解しました。俺たちも、あなたの歌を聴かせてもらった身としては、それを応援したいと思います」


「はは、ありがとうございます。ギルドや軍の方々が食い止めてくださっているからこそ、僕もこうして活動できるのです。昨日も戦闘があったようですし、本当に感謝していますよ」


 だが――それがいつまで保つかは分からない。明後日の作戦を成功させれば時間は生まれるだろうが……その限られた時間を活かせなければ、いずれ最悪の事態を招くかもしれない。彼の想いを無駄にしないためにも、俺達にしかできないことを果たさねば。


「では、改めて。街中で過ごしていて、気になった噂などはありませんか?」


「噂?」


「ええ。何か思い当たる節があれば、どんな些細なことでも構いません。それこそ過去の事例では、流行りの装飾品の噂から事件が解決したこともありますからね」


 ざっくりとしすぎて無茶な質問ではあるが、この段階で絞りこむわけにもいかないからな。リュートは少しだけ考えこんでいる。


「ここ数日で言えば、やはりUDB関連の憶測が多いですね。少しずつ攻めてくる数が増えている、という噂などがあります。ですがこの辺りは、あなた達の方が詳しそうですね」


「……ええ」


「ふむ、他となると……例えば反元首の勢力が活発化しつつある、とか……」


「え……!」


 それは聞き捨てならない情報だ。俺たちの反応に、リュートは慌てて首を横に振った。


「申し訳ないですが、僕も詳しくは知りません。あくまで噂です。ただ、UDBの襲撃がなかなか解決しないため、それを糾弾する声も出ているのは事実ですよ。そういう声を拾い上げ、元首の失脚を狙う層も存在するようですね」


「……なるほど。ありがとうございます。俺たちとしても、警戒を強めておきましょう」


 考えてみれば必然か。軍の一部もそれに関わっている、と思いたくはないが、事実であれば無関係ではなさそうだ。大佐やヘリオスに相談しておくべきだろう。


「後は、そうですね……。ああ、そうだ。あの話がありましたね」


「?」


「皆さんは、聖女の話をご存知でしょうか?」


「セイジョ……?」


「ええ。聖なる女と書いた聖女です。もっと細かく言えば、()()()()()()()()()とでも呼ぶべきですか」


 その、何とも言えない言葉の組み合わせに、俺たちは顔を見合わせる。

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