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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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少女の正義

「……はあ。平気か、瑠奈?」


「うん……ありがとう、みんな。ごめんなさい、突っ走っちゃって」


「いや、おかげで必要以上にこじれずに済んだ。……あなたは、平気でしょうか? 乱暴に引っ張られていたようですが」


「あ……はい。怪我はない、ですよ」


 助けた青年も、混乱しているようだが大丈夫そうだ。それは一安心なのだが……どうやら、一件落着には少し早そうだ。


「……納得、できません」


 ぽつりと、ハーメリアがそう漏らす。そして、溢れてしまったら我慢できなくなってきたのか、少しずつその声が大きくなっていく。


「あの人たちは、確かに頑張って街を守っている一員かもしれません。だけど、それとこれとは話が別です! あんなの、許せない……! やっぱり私、止めてきます!」


「おい、落ち着けってハーメリア。これ以上は、さすがに余計な騒ぎになっちまう」


「あんな人たちに任せていたら、また誰かが因縁をつけられるかもしれません! 暁斗さんはそれでいいんですか!?」


「い、いや……ああいう事態になるならそりゃ止めるべき、だけどよ」


「ハーメリアちゃん、暁斗に当たったってどうしようもないよ。腹が立ったのはあたしも一緒だけど」


「私は、暁斗さん達があんなこと言われたのが我慢ならないんです……! 赤牙の皆さんは、全力で戦ってくれているのに! なんで、あんなに馬鹿にされなきゃいけないんですか!?」


「……俺たちのために怒ってくれるのは有り難いが、あれが牽制としては限界だろう。軍との協力がこじれてしまえば、これからの戦いに響くことになるだろう」


「それは、そうかもしれませんけど……! ……いえ。こんなに見下された状態で協力なんて、そもそも言えないでしょう!?」


 そんなことを言い放ったハーメリアの憤りは相当なものらしい。俺たちの為に怒ってくれている側面もあるのだろうが。……やはり彼女は、少しばかり強烈だ。


「昨日の……アトラさんの話だってそうですよ! もちろん、ヘリオスさん達はすごくいい人だし、軍にも頑張ってる人が多いのは分かっています。それでも、あんな横暴を許すことは……私にはできません!」


「アトラについては、俺だって許してはないけどな……時と場合ってのはあるだろう。マスター達や、アトラ本人だって、色々と考えている。その話を、俺たちがここで怒る理由にしちゃいけねぇと思うぜ?」


「悪いことに、時と場合も何も無いですよ……! 間違っていることは、いつだって間違っています! どうして、間違っていない人が我慢しなきゃいけないんですか……!」


 ……どうしたものだろうか、これは。彼女の言うことは、きっと呆れるほどに正しい。決して、頭ごなしに否定すべきものではないと思うが……いささか、()()()()()

 甘い、現実を知らない、と切り捨ててしまうのは簡単だ。しかし、彼女はきっとそれでは納得しない。少なくとも彼女は、それを正しいものだと信じているからだ。

 自分が信じる正しさを否定された時、人は反発してしまうものだ。彼女の性格を考えれば、なおさら。


 実際、昨日もそうだったらしい。灼甲砦へと特攻した彼女……当然、砂海のメンバーから説教を食らった。しかし、危険を覚悟でギルドに入ったと主張する彼女は、反省自体はしつつも、納得はしていなかったようだ……とは、ロウの弁だ。今朝方、ウェアも交えて、少しだけ話をする時間があった。



(彼女は努力もしてるし、才能もあるとは思う。でも、あまりにも向こう見ずなのは、放っておくわけにはいかないよね。とは言え、どうしたものかな)


(彼女には酷だが、戦闘から遠ざけるべきではないのか?)


(うん、そうなるよね。けれど、それはそれで危ないと思うんだ、俺は)


(どういう意味だ?)


(例えば、彼女をギルドから除名して、家に帰したとする。……戦闘の情報が街まで流れたとする。その時、彼女はどうすると思う?)


(……なるほど、な)


 どうせ無茶をするならば近くで見ておいた方が安全、という彼の考えには、最善とは思えないまでも同意せざるを得ない。それに、一人でも多くの戦力が必要な今、ハーメリアの力は役立ってもいる。


(さすがに昨日のことはだいぶ怒ったけどね。昨日は快勝だったから良かったけど、ひとりが突出するってことは、全体の陣形を乱すことになるし)


(うちの若いのにもそういうところはあるがな……)


(俺もじっくり話し合うつもりだし、出来るだけ近くで彼女をフォローできるようにもする。……彼女は、その正義感の在り方さえ間違えなければ、大器になれると俺は思っているんだ。その可能性を、ここで潰したくはない)



 少なくとも彼女の持つ、周囲のために力を尽くす純粋な思いは、好ましいものだろう。だが、こじれた正義感が下手な悪意よりも厄介なものであるのは、俺だってよく知っている。彼女がこれからどちらになるのか……それは、まだ分からない。

 彼女が危ういのは俺にも分かる。未熟であるというのももちろんだが、正しさは常に正しいという、その行動規準は……程度こそ違えど、まるでかつての俺――


「……あ、あのう」


 そんな時、ヒートアップを始めていたハーメリアに、おずおずと青年が口を開く。


「すみません、皆さん。僕のせいで、トラブルに巻き込んでしまって……そこのお嬢さんには、特に不快な思いをさせてしまったようですし」


「あ……いえ、あなたが悪いわけでは……。……ごめんなさい。あなたのことが、先でした……」


 さすがに一般人の青年からそう言われると、ハーメリアも勢いを失う。こういうところはやはり良い子なのだが……やれやれ、だな。


「……まずは、助けていただきありがとうございました。活動早々に軍から目をつけられてしまいましたか。いたた……気が立っていたのは分かりますが、手荒な方々でした」


「活動?」


「ええ。見ての通り、音楽活動を。今日から、この市場で演奏を披露していこうかと思っていたんです」


「あ……そう言えば、この前そう言っていましたね」


「ふふ、覚えていてくださったんですね。あなたがギルドの一員なのは驚きましたが……。これもまた、運命ということでしょうか?」


 瑠奈はやはり青年と顔見知りだったようだ。整った顔立ちのコヨーテの男は、礼儀正しい仕草で一礼した。その洗練された動きからは、育ちの良さを感じ取れる。貴族、という言葉が似合いそうだし、服装もそういった「いかにも」なものを着こなしている。そのせいで、周囲からは間違いなく浮いているが……目をつけられたのもそのせいだろうな。


「紹介が遅れました。僕の名はリュート。リュート・L=フィルネウスと申します。見ての通り、吟遊詩人の真似事をする道楽者です。……では、あなた達への感謝の気持ちを込めて、一曲」


「え? あの……」


 突然のことに軽く呆気にとられているうちに、青年は背負っていた竪琴を手に取る。その指先が小さな音をいくつか鳴らした後、本格的な演奏が始まった。……そして、止めたほうがいいだろうか、という思いは、すぐに消えていった。


「……ほう……」


 ハープの美しく繊細な音色が奏でる、どこか力強いメロディー。周囲の喧騒が少しずつ静まっていき、ひとり、またひとりと、その曲に耳を傾け始める。

 これは……かなりの腕だな。優しい音が、しかしどこか力に満ちた曲を奏でている。浩輝の演奏に、印象は近いかもしれない。

 そして、前奏が終わって歌声が聴こえ始めると、その印象はさらに強くなった。先ほどの穏やかな口調とはまた違う、響き渡るような、しかし語りかけるようなその歌に、俺たちはしばらく聞き入っていた。



 ――全てが運命だと言うのならば

 運命はいつ定まるのだろう?


 僕らにはそれを知る術はない

 定められた道を知る術はない


 だから生きる 力の限り 歩いて行く

 これが運命かどうかなど

 終わりまで分からないのだから――



 どれだけ時間が経ったか、リュートが演奏を停止した時には、気が付くと周囲には人だかりができている。静かに一礼をしたリュートに、どこからともなく拍手が上がった。


「いやあ、すごく良かったぜ兄さん! 何て言うか、心が洗われるってやつ?」


「ええ、本当に。音楽を聴いたのなんて、いつ以来かしら……何だか、元気の出てくる曲だったわ」


「はは、ありがとうございます。先ほどはお騒がせしてしまいましたので、これでお詫びとさせてください。おっと、忘れるところでした。皆さんがよろしければ、後程改めてこの場所で演奏させていただきたいのですが……大丈夫でしょうか?」


「もちろん大丈夫だぜ! 元締めもこれを聴いたら文句は言わねえだろ!」


「また勢いで話してるなあんたは……でも、俺もこの曲が聴けるなら元締めの説得には協力するよ」


 にこやかに語るリュートは、ちゃっかりとそんな約束を市場の店主達と取り付けている。後ろでは、それを利用した商売の算段に入っている者もいる。商魂逞しいな。しかし、今の曲で活気が得られた面もあるだろう。


「とても良い曲でした。吟遊詩人として名乗るだけのことはありますね」


「はは。実はしっかりと習ったわけではないのですけれどね。あくまで趣味として、それらしい振る舞いを楽しんでいます」


「いやいや、謙遜しないでくださいよ! すごく良い曲でした。な、瑠奈?」


「うん、本当に。コウとか飛鳥なんかにも聴かせてみたいなあ」


「あはは、飛鳥ちゃんは特に喜びそうだね」


 念のために様子を伺うと、周囲の歓声の奥、軍の二人がこちらを見ていた。が、男が不機嫌そうなのを除けば何かをしてくるでもなく、そのまま検問を続けている。もう干渉するつもりはない、か。


「おっと、話の腰を折ってしまいましたかね、失敬。では、いったん場所を移しましょうか? 時間も丁度いいですし、もしも昼食がまだでしたら、その席で話すとしましょう」


 そんな提案に反対もなく、俺たちは青年、リュートと共に近くの食堂に足を運ぶこととなった。




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