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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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レイランド小隊

「確かに、おれ達を歓迎してなさそうな人はいたけど……戦闘中に? ふざけてるだろ、そんなの!」


「そんな……どこの誰がそんなこと! ウチらはみんなに助けてもらってるのに……!」


 さすがに、みんなに憤りが見える。……俺も、少し冷静さを無くしそうだ。何か起こる可能性は懸念していたが……蓮の言うとおり、そこまでの行動を起こすなどと。


「アトラ、あなたはきっと、あの男について知っているはず。包み隠さずに言うべき」


「……それは……」


「…………まさか」


 アトラがだんまりを決め込んだのを見て、ヘリオスが小さく呻いた。鷹人は、感情を必死に殺しているような声で、フィーネに尋ねる。


「……その男は、もしや……黒いガゼルの獣人では、なかっただろうか……?」


「全身鎧だったから断言はできないけれど、欠けた長い角を持っていた。それから取り巻きが何人かいて……目立っていたのは人間の女と犬の男。ただ、犬だけは蛮行を咎めていた」


「っ……!」


 ヘリオスの嘴が、小さく動いた。かろうじて聞き取れたが、「兄ちゃん達」と、そう言ったようだった。


「ダンク・レイランド少尉の部隊……か? 彼やライオット曹長は、そこまで愚かではないはずだが……」


「……ですが、該当するのは少尉たちぐらいです。アトラ……間違いはないか?」


「……ああ……」


 レイランド、という姓の意味は考えるまでもない。孤児院のメンバー……つまり、ギルドへの反発よりも、アトラ個人への感情か……?


「何年も会ってねえっつっても、間違えようがないだろ。あいつは……多分、誰よりも俺を憎んでるだろうとは思ってたからな」


「憎んでいる……?」


「……隠せることでもないな。俺は、ダンクと……あいつらと、因縁があるんだ。俺の故郷は、この国だからな」


 事情を知らない大佐の疑問に、アトラは自分の境遇をかいつまんで説明していく。さすがに悪魔と呼ばれていたことなどは言わなかったが、トラブルを起こして孤児院から出ていったこと、それを恨んでいる者もいるだろうことを。


「……そうか。だが、いかなる理由があろうとも許されない、愚かな行いを我らはしてしまったようだ……面目ない」


「よしてくれよ……あんたに止めようがある話じゃなかったろ。外国からの助っ人の中に隊員の知り合い、それも因縁の相手がいるなんざ、予想しろって方が無理だろ?」


「……大佐はそうでも、私は……アトラの存在を知った後、こういった事態を予測すべきだった。何の手も打たなかった結果が、このような……済まない……」


「……ヘリオスも、止めろって。お前が何してても、どうしようもなかった。あいつは、そういうやつだろ」


 深々と頭を下げた大佐、そして軍の三人に、アトラはゆっくり首を横に振った。……無理もないが、かなり参っている様子だ。最初は怪我のせいかと思っていたが、そんな目に遭ったのならば精神的なショックが大きいのだろう。ヘリオスも、かろうじて口調を崩してはいないが、泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。


「……その、アトラ君との関係は分かったのですが、そのダンク少尉はどういった方なのですか? あたし達も、こうなった以上は情報を知っておきたいです」


 苦い表情でイリアが尋ねると、大佐はゆっくりと頷いた。


「レイランド少尉は、話に出たとおり黒いガゼルの獣人だ。元々は首都の防衛を任されていたが、戦力の都合で小隊ごとこちらに派遣されていた。……彼がこのようなことをすると思いたくは……いや、これは言い訳がましいな。確かに当初はギルドとの協力には否定寄りだったが、最終的には納得してくれたと思っていたのだがな……」


「どっかで、俺が生きててギルドの一員ってことを知ったんだろうさ。……そんぐらい、憎まれてたってことか」


「……アトラ」


「ミントとベルナー……さっきフィーネが言ってた取り巻きも、レイランド孤児院の出身だ。大方、ダンクの小隊員ってことだろ?」


「その通りだ。ミント・オデッサ曹長に、ベルナー・ライオット曹長。二名とも、アング曹長に勝るとも劣らない戦果を挙げ、有望株として軍の中での知名度も高い。先ほどの戦いでも、あの小隊は数体の灼甲砦を討ち取ったと報告を受けた」


「あの化け物を何体も倒せるレベル、ですかい。確かにそりゃ有能でしょうねえ。あっし達は相当に苦労しやしたよ」


「……ヘリオスさん、孤児院の人って他にもいるんですか?」


「いえ……。私も含めたその四名で全員です。そもそも、アトラを含めても当時で十人という小さな孤児院でしたし、かなりの割合が軍属になったのですが……」


 ヘリオスが軍に入った理由は聞いたが……それだけの人数が同じ道を志したと言うのならば、もしかするときっかけは同じなのかもしれない。ただ、それに対する思いには隔たりがありそうだ。


「うーん……難しい話になっちゃったね。俺としては何らかの処分でもしてもらいたいとこなんだけど……そうも行かないしね」


「そうも行かないって、なんでっすか? いくらアトラの事情があるっつったって、こっちは一方的にケンカ売られたんっすよ!」


「今、この国は水際で踏みとどまっているから、ですよ。そのダンクという人物は、戦力として重要な存在でしょう。そんな人物がギルドとトラブルを起こして処分……という話が広まれば、私たちの関係は、最初から良くない印象で始まってしまう」


 ジンが浩輝にそう説明すると、大佐が低く唸った。……恐らくは、その通りなのだろう。いくら数名であっても、まともにUDBと戦闘ができる貴重な戦力を、このタイミングで謹慎にでもするわけにはいかない。かといって、半端な処罰では無意味どころか、下手をすれば相手が活発化する原因になるだけだ。


「だからって、泣き寝入りしろっての? 私は納得できないわよ、そんなの」


「……そうですよ。そんなの、間違っています! 軍は、そんなひどいことを認めるんですか? 戦力だから仕方ないって、そっちが悪いのに開き直るって言うんですか!」


「止せよ、美久。ハーメリアもだ。ジンの言うとおりだ。……俺が関わらなきゃ起きなかった話だ。個人的な事情のせいで、余計な問題にしたくないしな」


「個人的なって、あんたね……!」


「……むしろ、謝るのは俺の方だ。もう少し気を付けて、目立たないようにしておけば、余計な揉め事は起こさずに済んだかもしれない。ヘリオスと再会して、シスターとも話せて……少し、舞い上がってたのかもしれないな」


 本当に済まない、と、アトラが頭を下げた。……それを見てみんなが言葉を失う。なんで彼が……こんな苦しげな顔で、絞り出すように言わなければならないんだ。傷付けられたこいつの側が。

 ……こいつからすれば、傷付けた相手、だからか。だが、こんなことは……。


「こんなことになるなら、最初からマスターの言ってた通りに来なければ良かったのかもな。変な意地張って、そのせいでみんなに迷惑かけるなんてよ……」


「アトラ……もう、止めろ。俺はそんなつもりで、ああ言ったわけじゃない」


 自傷のような言葉を、ウェアルドが制止する。その表情はひどく悲しそうで……いや、当然か。俺だって、悲しい。家族に自分を卑下されるのがどれだけ辛いか、今なら分かる。


「大佐、申し訳ありませんが彼は先に下がらせます。先の戦いで傷も負っていますので、先に戻らせ、休息を取らせてやりたい」


「ああ……承知した」


「マスター、俺は……」


「命令だ、戻れ。そして、まずは休むんだ。……頼むから、そう抱えるな。個人的な問題? 違うだろう。お前の問題は、俺たちの問題だ」


「っ……」


「コニィ、フィーネ、彼と一緒に戻ってくれ」


「……了解」


「分かりました。……行きましょう、アトラさん」


「アング曹長、彼らに車を出してもらえるか?」


「は……で、ですが、私はまだ」


「心配せずとも、残った仕事は私とアッシュでやれます。曹長も先の戦いではずっと前線にいましたからね、先に休んでください」


 ……気を遣われたようだな。ヘリオスは少しだけ考えてから、深々と大佐、そしてみんなに頭を下げてから、アトラ達と一緒に部屋を後にした。


「ありがとうございます、大佐」


「いや……。我々は、ギルドの諸君を裏切ってしまったようなものだ。むしろ、どれだけ詫びれば良いのか分からない」


 大佐の表情にも、疲労の色が濃く出ている。彼が悪いわけではない、それは分かっているが、責任はどうしても上へと向かう。最初からこのようなことになってしまった心労は大きいだろう。

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