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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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虚空の壁

 おれが本格的に武術を始めたのは、小五の時だった。


 それまでも、一応は道場で練習してたけど、特に目標も理由もなくて、ただ暇な時に体を動かしてただけだ。

 何で自分が急にやる気になったのか、当時のおれには自覚がなかった。ただ、何となく、もっと強くなりたいと思った。誰かを守れるくらいに強く、って。


 そして、それと同じ頃。おれは、知り合ったばかりの一人の少女を……何だか、可愛いと思ってた。


 そして中学に入り、その子に感じていた『可愛い』が少しずつ別の感情に変化しはじめた頃……彼女を『綺麗』だと感じた頃。

 おれはようやく、自分の気持ちに気付いた――ああ。おれは、こいつのことが好きなんだ、って。


 あの時、保健室であいつに言った、おれが選ばれなくても、あいつが幸せならそれでいい、という言葉。

 それを、本心だなんて言い切ることはできない。もしかしたら、あいつの言う通りに逃げているだけなのかもしれない。

 だけど、あいつの幸せを望んでいることだけは事実で……この先に、どうなっていくのかは分からない。でも、きっと、おれのこの気持ちは変わらないと思う。



 あいつとの関係が友人だろうが何だろうが、おれはあいつを護ってやりたい。護れるようになりたい。それが、おれが強くなりたいと思う、一番の理由だから。












 周りを見渡せば、辺り一面が人だらけ。

 ここまで注目を浴びるのには慣れなくて、やっぱり緊張する。


 相手は、ちょっと童顔だけど平均的な体型の人間。全体的に軽装で、手にした武器は……チャクラムか。上村先生が使うから、何度も相手した武器ではあるけど、こいつのPS次第でもあるから気は抜けない。


「今から戦う相手に言うのもなんだけどさ。お互い、頑張ろうぜ!」


「ああ。全力を尽くしてぶつかるとしよう」


 気さくに話しかけてくる相手に、おれも笑顔で応答する。ルッカの相手とは違って、良い人みたいだな。もっとも、あんな奴のほうが珍しいか。


『それでは両者、構え』


「へへっ、負けねえぜ?」


「こっちこそ!」


 おれが槍を、相手がチャクラムをそれぞれ構える。そして、ゴングが鳴り響いた。


「さあ、行ってこい!」


 先手を打ったのは相手だ。相手は勢いよくこちらとの距離を詰めながら、両手のチャクラムをおれめがけて正確に飛ばしてくる。

 刃には糸のようなもの(金属製のワイヤーか?)が取り付けられているのが見えた。さすがに使い捨てじゃないみたいだ。


「くっ」


 思ったよりも緊張が響いてるみたいだ。身体の動きが固いのが自分でも分かる。それでも、何とか反射的に後ろに跳んで、初撃を回避した。


「そうこなくっちゃな。どんどん行くぜ!」


 そのまま立て続けに襲い来る相手のチャクラム。もちろん殺傷力は無いけれど、大会のルール上、実際に負傷したかどうかと判定による勝敗に因果関係はない。

 そして、相手は精密に決定打になりそうな部位ばかりを狙ってきていた。避けられないスピードじゃないけど、一瞬でも気を抜けば決められてしまうだろう。


 そして、相手の能力はすぐに分かった。このチャクラムの正確さ……何より、まるで意思を持ったような挙動は、器用なだけじゃ説明がつかない。


「遠隔操作能力か……!」


「ご名答。一部でも俺と繋がってる必要はあるけど、効果が及んでる物なら、手足みたいに動かせるぜ」


 なるほど、そのための糸でもあるのか。かなり力を使いこなしてる……簡単に勝てる相手じゃなさそうだ。


「……それなら!」


 回避だけで凌ぐのは難しい。そう判断して、おれは足を止めて槍を振り回す。飛んでくる二枚のチャクラムを、まとめて叩き落とす。


「おっと!」


 一瞬だけど、相手がバランスを崩した。やっぱり、外からの衝撃には弱いみたいだな。

 その隙に何とか自分のレンジに持ち込みたかったけど、相手はすぐに体勢を立て直して、迎撃に新しいチャクラムを飛ばしてきた。思わず舌打ちしつつ、距離を詰めるのを諦めて、安全圏まで退くことを選んだ。


「ははっ、やるねえ!」


「お前こそな!」


 相手は楽しげに笑っているし、おれも何だか楽しくなってきた。体の固さも取れてきた……ここからが本番だ。

 さて、どう動くべきだろうか。そもそものリーチが違いすぎるから、守っていても不利になるだけだ。少なくとも、受けに回るのはまずいだろう。


「それなら!」


 槍を構え、一気に突進する。相手の武器はレンジこそ長いけど、近距離での細かい動きはさすがに難しいはず。距離を詰めれば、こっちのペースに持っていけるだろう。


「そうはいくかよ!」


 相手は後退しながら、チャクラムを再びおれへと放つ。だけど。


「一度見た手を、素直に喰らうか!」


 振るった槍が、チャクラムを全て弾き落とした。狙いは正確でも、スピードはそうでもなかった。落ち着いて対処すれば、防ぐのは難しくない。相手がよろけているうちに、一気に距離を縮めていく。


「冗談じゃねえよ!」


 相手は何とか体勢を立て直して、慌てておれにチャクラムを飛ばした。だけど、その動きは単調そのものだった。ヤケの一撃に当たりはしない。おれはそれを迎撃しようと槍を振るった。


 いける。このまま一気に……!


「…………?」


 いや、違う。何だ、これは? 何か、違和感が……まるで、わざと誘い込まれているみたいな。


 そこで、気付いた。相手が、笑っていることに。

 背筋が総毛立つような本能に任せて、振り返る。死角から、さらに二枚のチャクラムが迫ってきていた。


「!!」


 すんでのところで回避は間に合った。だけど、攻勢に出ようとした矢先に出鼻をくじかれて、完全にバランスを崩してしまった。その間に、相手は十分に距離をとり、追撃をおれに放っていた。


「ちいっ!!」


 相手の激しい攻撃を防ぎながら、何とか間合いをとる。……危ない。気付くのが一秒でも遅かったら、負けていた。


「おっと、決まんなかったか。ポーカーフェイスって難しいねえ」


 相手は舌を出して笑っている。その手には、四枚のチャクラムが握られていた。おれが何度か防いだ時に、ひっそりと忍ばせていたのか。


「まあいいや、もう出し惜しみはナシ。飛ばしていくぜ!」


 そう言うと、相手は四枚の刃を、一斉に放ってきた。


「く……!」


 一枚一枚がフェイントを絡めた複雑な軌道で襲いかかってくる。さすがに手数が違いすぎだ。そう長くは保ちそうになかった。くそ、ここまで能力を使いこなしているなんて……!


「………………」


 このままだとジリ貧だ。だけど、さっきみたいに無策で突っ込めば、それこそ相手の思うつぼだろう。

 ……おれにも策はある。問題は、相手の仕込みが今ので終わりかどうか。もしも手を隠されていたら。……いや。


「考えてる、場合か」


 親父によく注意されていることじゃないか。悪いほうを想定するのは大事だけど、それで踏ん切りがつかないのは本末転倒だって。

 おれはいつもそうだ。考えすぎで踏み出せない……今は、覚悟を決めろ。やるしかないんだ!


「お、良い表情してんな。勝つための手でも見えたかい?」


「さあ、どうだか……なっ!」


 おれは呼吸を整えて、一気に相手の射程圏内に踏み込む。相手はにやりと笑って、四枚のチャクラムを全て飛ばしてきた。全方位から襲いかかる攻撃……少しでも気を抜けば決められてしまうだろう。

 だけど、おれだってそう簡単にやられはしない。落ち着いて槍を振るい、一枚ずつ弾いていく。


「ははっ、上手いな! だがよ、いつまで我慢出来るかな!?」


 おれと距離を取りつつ、チャクラムを操る相手。笑ってるけど、油断しているわけじゃなくて、本気で試合を楽しんでるんだろう。楽しめる奴は全力が出せる、か。確かにそうみたいだな。

 ……初戦の相手が彼だったのは、感謝するべきかもしれないな。おれも、何だか熱くなってきた。こうやって全力でぶつかる事が、たまらなく楽しい。


「うおおぉッ!!」


 相手が離れるのよりもさらに早く、距離を詰める。近付けば近付くほど、攻撃は激しくなってきた。

 おれが親父に習っている槍術は、実戦向けの武術だ。その中で、集団に囲まれた時の動きも練習させられていた(親父いわく、囲まれない立ち回りの方が大事、だけどな)。色々な角度から迫るチャクラムへの対応も、似たようなものだろう。


「粘るなあ。だが、王手はまだまだ先だぜ? そらよっ!」


 低空に飛ばしたチャクラムが、大きく弧を描く。おれはその意図に気付いて、地面を思い切り蹴って跳んだ。直後、後ろからおれの足を掠めていくワイヤー。さらに上から二枚の追撃が来たけど、それは槍でしっかりと防ぐ。


「おおっ、今のを凌ぐかよ。嬉しくなってくるねえ!」


「そろそろ、ネタも出し尽くしたんじゃないのか?」


「どうだろうな。そいつは……おっと、お楽しみって奴だ!」


 首を狙った刃をそらして、胴を薙ぎ払おうとするものを弾く。振り返って、背後から襲いかかる二枚を防ぐ。一瞬たりとも気を抜けないな。

 チャクラム本体だけじゃなくて、ワイヤーも警戒しないといけない。だけど、逆にワイヤーが動きを制限している部分もある。向こうだって、絡まらせる訳にはいかないだろうからな。それを考えれば、ある程度の軌道を読んで動くのは、難しいけど不可能じゃない。

 それに、弾いた衝撃は本人にある程度伝わるらしく、防御に成功した瞬間は、相手の動きが少しだけ鈍る。その隙を利用しながら踏み込んでいくと、相手との距離は、少しずつ縮まっていった。おれの間合いまで、あと少し。


「おっと、そろそろヤバいか? けど、簡単には懐に入れねえぜ!」


 楽しげながらも、相手の目は真剣だ。攻撃の複雑さ、激しさ共に増していく。

 それでも、喰らいはしない。攻撃を捌く練習は、親父にも兄貴にも徹底的に仕込まれてきた。防御の技術なら、同年代ではかなりのものだって自信があった。


「このまま、一気に決めさせてもらうぞ!」


「はっ……お断りだ!」


 タイミングを見て、全力で踏み込む。相手はそんなおれに向かって、四枚のチャクラムを一気に飛ばしてきた。

 今までで、一番速い。そして、全てが正確に急所狙いだった。一撃でも喰らえない攻撃だ。きっと、この攻撃で確実におれを仕留めるために、余力を残していたんだろう。全てを捌ききるのは、さすがに難しい。



 だから、おれは……()()()()()()()()()()


「!」


 相手が初めて驚いたような顔をした。何しろ、必殺のチャクラムの全てが、俺に届く前に()()()()()()()んだから。


 結局チャクラムは、おれに命中することなく、相手の方に戻ってしまった。そして、彼が冷静な思考力を取り戻す前に……おれは、その懐に飛び込んだ。それも、文字通りに一瞬で。


「な……」


「王手、だ」


 喉元に槍を突き付け、空いた手でワイヤーを奪い取る。さすがに、これで勝負が決まってないとは言われないだろう。

 相手はしばらく呆然としていたけど、少しして溜め息をついた。


「あーあ。詰みかよ、ちくしょう!」


 諦めたように、両手を上げる相手。続けて、審判がおれの勝利を宣言した。それを聞いた瞬間、おれの中に、例えようのない喜びと……同時に、凄まじい疲労感が訪れた。たまらず、おれは膝をついてしまう。


「はあ、はあ……」


「お、おいおい。大丈夫かよ?」


「……ふう。心配、しなくていい。おれの力は少し、反動が大きいんだ」


 休憩なく激しく動いたせいでもあるけど、汗がどんどん流れてくる。……最後は、全力で力を使ったからな。


「やっぱりPSかよ。どんな力なんだ、お前のは? 訳分かんなかったぜ……間違いなく『ちゃんと動いてた』のに、見た目は止まってたんだからな。それに、最後の踏み込みもだ」


「良いさ、種明かしだ。スキルネームは〈虚空の壁ディストーションウォール〉。効果は空間の歪曲だ。具体的には、距離を変化させる」


「距離?」


「そうだ。例えば、実際は1メートルしか無い空間を、10メートルに引き伸ばしたり、その逆だったりな」


 チャクラムとおれの距離を引き伸ばし、届かなくした。同じように、相手とおれの距離を縮めて飛び込んだ。言ってしまえば、単純な話だ。


「ははっ、成程! 面白い力だな。んじゃ、どうして最初から使わなかった? 一気に踏み込みゃ良かったじゃねえか」


「言っただろう? 消耗が激しいんだ。変化が大きければ大きいほど、体力が奪われる。それに、不用意に使えば、相手の攻撃を受ける危険も大きい……距離が縮む訳だからな」


 だから、可能なだけ距離を詰めた。より確実に、決める事が出来るように。そして、相手により多くの手を出させるために。相手も、納得したように頷いた。


「切り札は最後まで取っておくべき、ってやつだな。悔しいけど、俺の負けさ。立てるか?」


「ああ、大丈夫だ」


 おれが立ち上がると、相手は手を差し出してきた。おれは心から笑って、それを握り返す。


「良い試合だったぜ。頑張れよ!」


「ああ、ありがとう。おれも、凄く楽しかった」


 相手のエールと観客の歓声を受けながら、おれは湧き上がる勝利の喜びを、心行くまで噛みしめた。

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