カジラート防衛戦 ~東・3~
『全テ投入スルゾ! 続ケテ呼ベ!』
「おいおい、獣が獣を使うんじゃねえよ……!」
一体だけならまだしも、そこかしこで空間が歪み、化け物がどんどん増えていく。一番近い奴とも少し距離はあるが、こっちに来るまでそう時間はかからないだろう。たぶん、操魔石で首輪をつけてるって感じだろうが、笑えねえ。
しかし、これはけっこうきつい。Bともなると、俺達なら何とか対処できる範囲だが、経験の浅い奴らじゃ少し相手させるのも危険だ。軍の側はそっちの指揮に任せるとして……今ここにいる面子だと、ハーメリアには間違いなく荷が重い。
「どうするよ、ジン!?」
「迎え撃つしかありませんね。ハーメリア、あなたは一度下がり――」
――ジンがそう言おうとした、その直前。ハーメリアは、迷う素振りもなく巨大なUDBの方へと駆け出してやがった。さすがのジンも、一瞬だけ言葉を失った。
「あなた達の好きになんてさせない……! 私が相手です!!」
「おい、ハーメリア!? 馬鹿野郎、戻れ……!」
俺の声も耳に入ってないのか、ハーメリアはそのまま能力を発動、あの巨大獣に向かって先陣切りやがった。マジかよ!
「ああ、ほんと、人の話を聞きゃしないんだから、あの突撃娘は!」
「仕方ありませんね。いずれにせよ、あのUDBは放置できません。私が彼女のフォローに回りましょう」
「おう……! こっちは何とか維持しとく! 気を付けろよ、ジン!」
「ほんとに申し訳ねえ……! あっし達も行きやすよ、エミリー!」
「ええ。何よりも、あの子を止めるのが一番大変そうですわね……!」
気にはなるが、ジンの実力は俺が心配をするようなもんじゃないし、他の二人もどうにかできるだろう。だったら、自分に任された仕事をするだけだ。
「フィーネ、いけるな?」
「当然。あなたは背中を気にしなくていい」
残った俺たちに、近くのUDB達が群がる。上等だ……やってやらあ!
「おおおぉっ……!」
力のギアをさらに上げる。突撃してくるUDB達をフィーネに近付けないように、力を振るう。トンファーに乗せた波動を、地面を走らせるように放出、一気にその列を吹っ飛ばす。その脇をすり抜けようとした虎は、フィーネの剣に刺されて燃え上がる。
さすがに向こうも、数が減ってきたように感じる。攻撃の密度が下がってきた。だけど、そのぶん俺もフィーネもいい加減疲れてきている。それに、あの灼甲砦を持ち出されたら。
「くっ……おのれ、怯むな! 消耗したところに畳み掛けろ!」
『砦モ一体呼ベ! コイツラハ戦力ノ要、確実ニ一人デモ潰スゾ!』
「……ちっ……!」
考えを読まれたかのような鉄獅子の言葉。空間が歪んで、今度は目の前に巨大な獣が降り立った。思わず舌打ちしながら、身構える。
さすがに、二人で周りを捌きながらあれの相手をするのは歩が悪い。退くか? いや、それは難しい。向こうのが足は間違いなく早い。だとしたら……倒せるか、あれを二人で? Bランクと戦ったことはある。今のコンディションは……良くはないがまだ最悪ってほどでもねえ。
撤退のリスク、誰かが相手しなきゃいけねえって事、今の状況……色々なもんを、無い知恵絞って計算する。俺の頭が出した答えは……ここでやるしかないってことだ。
「フィーネ、取り巻きの片付けを中心に援護を頼むぜ……!」
「……分かった。気を付けて、アトラ」
ずしり、と重い音を立てて、アルマジロが踏み出す。……俺が昔、UDB狩りで食い繋いでいた頃も、こいつからは逃げ回っていた。……本当にどうにかなるのかって思いも頭をかすめた。だけど……同時に実感もある。今の俺なら……戦える!
「おら、来いよデカブツ……叩きのめして干物にしてやらあ!!」
耳に響く咆哮。それをゴング代わりに、UDBの巨体が動き始める。
手始めとばかりに振り上げられた前肢が、薙ぎ払うように俺に叩きつけられる。くぐり抜ける要領でそれを避け、そのまま奴の脇に回り込む。
「おらっ!」
力を乗せて、脚を殴ってみる。固いものを殴り付けた反動が、俺に伝わってきた。金属の塊かよ……! だけど、奴も痛みに小さく鳴いている。効いてないわけじゃない。破壊の牙は、威力に関しては折り紙付きだ。
鬱陶しげに振り上げた脚が振り下ろされる前に離脱する。巻き込まれたら間違いなく即死だ。
隙を見て飛ばしたフィーネの剣が脇腹に当たるが、それもさすがの固さ、弾かれる。その場で燃え広がり、白い炎が体表を焼く……が、そもそもあの巨体だ。ダメージはあったようで呻いているが、せいぜい軽い火傷ってとこだろう。
「これは……骨が折れそう」
フィーネだって、敵を焼き付くすあの威力を簡単に出せるわけじゃない。周りを潰しながら、こいつに力を注ぎ込むのはきついだろう。
柔らかい部位が極端に少なく、難攻不落な辺りが、こいつが砦の名前を持つ理由だ。だけど、俺だって攻撃の威力に関してはそれなりの自信がある。
脇腹に二発。今の感触からして、内臓へ衝撃は伝わってなさそうだ。真下から腹をかち上げられれば効きそうだが、奴の姿勢は低く、潜り込むにはさすがにスペースが足りない。
嫌な予感がしたので即座にステップで距離を離すと、次の瞬間には、全身を器用に回転させて薙ぎ払う攻撃を放ってきた。鈍重な見た目で早いのは反則だろ……!
俺もその場で身体をひねり、後ろから迫っていた獅子の顎をかちあげる。仕留めるには足りないだろうけど、吹っ飛ばせば十分だ。怯んだ獅子を、白い炎が包み込む。集中させやがれってんだ、この野郎。
「ちっ、やりづれえ……!」
効果のない攻撃を続けてもこっちが先にバテるだけだ。……これ以上、力を高めるか? 今の出力はせいぜい半分。ダメージを通すにはさらに高めればいい、って言うのは簡単だが……これ以上は、普段通りの思考ができない領域に入ってくる。それに、体力も尽きかねない。
なんて考えているうちに、奴が突進の構えを取った。もちろん巻き込まれるわけにはいかねえ。軸をずらして難を逃れつつ、奴の視界から外れるように回り込んで、後脚に一撃。そして離脱。
と、ここで奴が変わった動きをした。前方に跳んで俺と距離を少し空けながら、こちらへと振り返る。その口が大きく膨らんだのを見て――俺は命の危険を感じ、大袈裟なくらいに大きく飛び退いた。直後、奴の口からオレンジ色の霧が勢い良く吹き出し、さっきまで俺が立っていた場所に降り注いだ。
「あ……ぶねえ!」
あと一瞬遅れていたら浴びていたと考えるとぞっとする。……あれが灼甲砦の隠し玉。火毒と呼ばれる、毒液の噴射だ。
その効果は強力で即効性が非常に高く、皮膚に触れた直後に、酷い火傷のような熱さと激痛に襲われるという、かなり質の悪い代物だ。痛みに動きを止めてしまえば格好の的になるし、吸い込んでしまえばそれだけで死にかねない。
相手は続けて俺に向かって毒液を吐き出す。そこまで連射はできないらしく射程も持続も短いから、避けること自体はできるが、接近戦がやりづらいのはなかなかにきつい。
「十分に離れてろよ、フィーネ! さすがに、あれは止められねえからな……!」
「……了解。周囲の鎮圧を優先する」
周りのUDBが減ってきたことが幸いか。フィーネなら十分に一人で凌げる。向こうだって暴れる灼甲砦に巻き込まれたくはねえだろうし、ここまで来ればあいつに専念しても良さそうだ。
毒には警戒しつつ、奴の正面に立たないように動きながら、少しずつ距離を詰める。こうなったら出し惜しみしている場合じゃねえ。必殺の一撃で、一気に仕留める……!
「砦って名前なら、砦らしく……じっとしてろよ!」
そんな愚痴が通じるはずもなく、飛んできた前脚を転がるように避ける。あと少し近付いてから、全力で頭をぶち抜くのが俺の狙いだ。
だけど、そう簡単に弱点に近付けてくれるはずもない。奴の目が俺を捉える。毒を吐かれるか、と思ったが、チャージの前兆もなく、奴の口から液体ではない何かが伸び、辺りを薙ぎ払った。
「うお!?」
……舌……? 奴の、舌だ。それがまるで鞭のようにしなり、地面を叩いたんだ。そんな芸当まであるのかよ、この野郎……!
前に一度だけ、戦闘で鞭に打たれたことがあるが、激痛で軽いトラウマになったほどだ。いくら舌と言っても、巨大なUDBのそれが十分に俺を殺せることは想像に難くない。だが、ここまで来て退けるかよ。
そのまま、舌が大袈裟に振り回されるが、狙いは大雑把で俺には当たらない。せいぜい、唾液がかかったぐらいで……。
――唾液……?
「……う……?」
ぴり、と痺れるような感覚が、首元に走った。
奴は、毒液を吐く。当然、口からだ。なら、口の中にしまわれていた舌には、それが付着しているんじゃないか。だとすれば、わざわざ奴が唾液を振り撒くように舌を振り回した意味は。
「…………っ……!」
気付いた時には、もう手遅れだった。慌てて毛皮に付着した液体をぬぐったが、少しずつ、その場所が熱を帯びていく。俺が熱いとまで感じた直後――まるで火でも付いたかのような熱が、俺に襲いかかってきた。
「……が……ぐああああぁ!?」
「アトラ……!」
……首が、焼け……熱い……痛い……! か、軽くかかっただけで、これかよ……!
思わず、動きを止めてしまう。駄目だと分かっていても、身体が硬直する。しなる舌が、今度こそ正確に俺を狙って振り下ろされた。何とかトンファーを構える、が。
「かはっ……」
衝撃を受け止めきれず、地面を転がる。さらに、跳ねた唾液が飛び散り、さらに俺の身体を焼いてきた。全身が燃えるように痛い。や、ばい……痛すぎて、頭が回らない。
向こうは好機と見たらしい、突進の準備に入っていた。あれを喰らえば、即死だ。身体に鞭打って、起き上がる。痛い。
死ぬ……いいや。死ぬわけには、いかない。
動かないと死ぬ。敵を倒さないと、死ぬ。死にたくはない。生きたい。生きるためには、あれを壊すしかない。殺すしかない。喰われる前に……喰うしかない!!
「――ガアアアアアァ!!」
我ながら獣じみた咆哮だ……なんて、場違いなことを考えたのは、こうなると身体と思考が分離したみたいな感覚があるからだ。それも一瞬だけの話で、少しずつ溶け合っていく。理性が、薄くなっていく――
「……舐めんじゃねえぞ、畜生が……!」
突進を、避ける。避けられると思っていなかったのか、獣が少し驚いているようにも見えた。
――よくも、やりやがったな、この野郎。上等だ。この痛み、万倍にして返してやる。