カジラート防衛戦 ~東・2~
「にしても、数が多いですね。曹長、お怪我はありませんか!」
「問題ない! アッシュも、あまり前に出すぎるなよ!」
「分かってますよ……それっ!」
とにかく、地道に敵を減らしていくしかねえだろう。が、その時、悪い知らせが入ってきた。
「……! 曹長、右翼、第三小隊が劣勢のようです」
「なに……!」
オリバーの言葉に、ヘリオスが顔色を変える。オリバーの眼は能力で強化されていて、俺たちには見えないほど遠くも見渡せているそうだ。……放置はできそうにねえな。だとしたら、この場で取るべき手は。
「行け、ヘリオス!」
「なに?」
「こっちは俺らに任せとけ! なに、これも立派な連携だろ?」
ヘリオスは、少しだけ迷うような素振りを見せた。けど、すぐにそれが最善と思い直したのか、頷く。
「……感謝する! 行くぞ、二人とも!」
「合点承知ですよ! 皆さん、よろしくお願いします!」
「御武運を。あちらを片付けたら合流します」
ヘリオス達が抜け、代わりにジンが前に出つつ、陣形を組み直す。あいつらが行けば、何とか持ち直せるだろう。問題は、当然こっちが手薄になることだが……構わねえ。
「大嫌いっつっても、故郷は故郷だ。それに……二度と壊させたくねえ場所がある。てめえらなんぞに、荒らさせはしねえ!!」
この侵略を許せば、シスター達だって危なくなる。俺は、あの人を、あの場所を、絶対に護らなきゃいけない。今度こそ護りたい。あの子供たちに……俺みたいな思いをさせてたまるか!!
「一人で熱くなるものではありませんよ、アトラ」
「アトラの恩人ならば、私も恩があるようなもの。赤牙で、一緒に守る」
「……ありがてえ! 行くぜ!」
ジンは鎖を短めに調整しつつ右手に持ち、形状変化させていく。鎖だった部分が集まり、先端の刃だけを残して融合していき……あっという間に、一本の立派な槍の完成だ。左手側は鎖のままにしている。
「久々の前衛でなまってんじゃねえか? 無理はすんなよ!」
「そういうことは、模擬戦で一本を取ってから言うのですね」
「へっ。それじゃ、実戦で俺様のかっこいいところ、再認識させてやろうかね!」
軽口への皮肉が、妙に心強く聞こえる。ジンは、伊達に赤牙のサブリーダーをやってるわけじゃねえ。誠司が来てからはちょっと引っ込んでる面もあるが、あの化け物二人を除外すりゃ、こいつが総合して一番の実力者だろう。
ジンが左手の鎖で縛った2体の相手を、俺とフィーネがそれぞれ追撃し、撃破する。ジンはその間に槍を虎の喉に突き刺し、一撃で仕留めてやがる。そして、視線を動かしもせずに、鎖は巧みに他の奴を締め上げやがった。器用すぎんだろ、ほんとに!
ジンが縛る。俺が吹っ飛ばす。この流れは二人で戦う時によくやっていたから、久々でも合わせ方はしっかりと覚えている。今はそこにフィーネの後方支援も加わり、磐石ってやつだ。群がる獣の群れを、1体ずつ、確実に仕留めていく。
「おのれ、あの小娘を先に……」
「ほう? 私の妹に手を出すと宣言するとは……良い度胸ですねえ」
いつも通りの微笑と共に、余計なことを口走った蜥蜴が縛り上げられる。心なしか今までより強く締めて……いや気のせいじゃないな、蜥蜴の脚が一気にへし折れて絶叫している。何か明日は我が身って気がして背筋が寒くなったが、とりあえず今は考えないようにしよう。
「おや。どうやら、少し楽になりそうですね」
「なに?」
そんな中、おもむろにジンがそう呟き……その意味は、俺もすぐ分かった。俺と相対していた虎の腹に、突然の風穴が空く。
『――グっ!?』
「よし、当たった!」
そして、続けて聞こえてきた声は、面識のある少女のものだった。イタチ科――本人によるとフェレットらしい――の少女。右腕には、機械仕掛けのボウガンを装着している。
その後ろには、銃剣を携えたおっさんと、杖のようなものを持った女も一緒にいた。
「ハーメリア! それに、アレックとエミリーも!」
「私たちも加勢します、皆さん!」
「ハーメリアさん、あまり慌てたら危ないですわよ?」
「女子だけじゃなくてくたびれたおっさんもいますが、失礼しますぜ、旦那達」
「ええ、助かります。お互いに、お手並み拝見と行きましょうか?」
砂海……こいつはありがてえ!
アレックが俺たちに並ぶように前へ、他の二人がフィーネの少し前へ、というように陣形を組み直す。元々押され気味だった相手が、苛立ったように吠えた。
「数を増やしたところで……!」
「この規模の群れで襲ってきてるあんたらが言うことですかい……そらよっと!」
反論しつつアレックの撒き散らした銃弾が、敵の目の前でショットガンのように炸裂する。
「ほいよっと!」
『ガ、アァ!?』
立て続けに放たれる銃撃が、どれもこれも同じように弾け飛ぶ。爆発と呼べる勢いで飛び散った弾丸は、雨霰と相手の身体を抉っていく。すごい威力だ。彼のPSの本質は、物質の増殖。増えた物が反発しあって弾け飛ぶ……らしい。原理も説明してもらったが、何か本質は空間に作用する系でけっこうとんでもないってこと以上分からなかった。
「この国は暑いでしょう? 少々……冷やして差し上げます」
エミリーが杖を振りかざすと、青白い光がいくつか生み出される。それはふわふわと宙を舞いながら相手の群れに突っ込み……触れた獅子の腕がいきなり凍りついていき、相手は冷気と驚愕に悲鳴を上げた。
ちなみに杖は、能力の制御に役立つらしい。魔法の杖ってとこか。PSってのはイメージに左右されるから、そんなので本当に威力が上がったりするもんだ。
「悪者には……容赦なんてしませんっ!!」
そしてハーメリアの力は、貫通力を高めるもの。遠距離武器にその特性を付与することで、威力と速度を飛躍的に高め、一直線に強力な一撃を放つ。
マシンボウガンから放たれた金属製の矢は、目にも止まらぬ凄まじい勢いで飛んでいくと、刃鱗獣の背中に深々と突き刺さった。あの蜥蜴の鱗まで真っ向からぶち抜くかよ。ほとんど閃光のような勢いの矢は、回避するのも難しそうだ。
全員のPSについてざっくりと聞いてはいたが、なるほど、どいつも強い。ハーメリアも、瑠奈ちゃん達と同じくらいの実力はある感じだ。
おかげで、無理をせずに戦線を維持できる余裕が生まれた。そのまま、何度かUDBの小隊とぶつかるが、危なげなく凌ぐことができる。
「さすがですわね、皆さん!」
「そちらこそ、今まで守り切っていただけはある」
初めての共闘だが、悪くねえ。これなら、このまま押し切れるか……?
……そう思ったけど、そこまで甘い話じゃなかったようだ。
「ちっ……! こうもたやすく凌がれるとは……!」
『ヤムヲ得ナイ。奴ラヲ使ウゾ!』
「なに……?」
獅子がそう言い放った直後――耳障りな、空間の歪むあの感覚が、俺たちを襲った。……ロウから聞いてた前回の情報を思い出し、思わず顔をしかめる。もう始まった転移を止める手段はねえけど、話の通りなら、これは少しまずい。
転移そのものの質もやっぱり上がってきたんだろう。耳鳴りを感じてからそう経たないうちに、それが地響きと共に空間から這い出てきた。
それを一言で形容しようとすれば、巨大なアルマジロ、ってとこだろう。
四足歩行で、体高はおおよそ4メートル、全長は6メートルにも及ぶ鈍色の獣。腹までがっちりと装甲が覆い、その守りが鉄壁なのは見ての通りだ。
鈍重そうな見た目に反して動きはけっこう素早く、目の前に障害があれば積極的に突撃して破壊しようとする。言うまでもなく、ヒトが喰らえば即死だ。
さらに厄介な隠し芸まで持っていることで知られる、凶悪な魔獣。
「〈灼甲砦〉……!」
テルムの未開拓地区に生息している、強力なUDB。ランクBの中でも上位……この国の生態系のトップにいる、危険生物だ。