カジラート防衛戦 ~東~
「ったく、いい加減にしろっての!」
カジラート東。俺は疲労を誤魔化すように悪態をつきながら、迫ってきた虎の顎を全力でかち上げた。ひっくり返ったそいつの腹に渾身の一撃を叩き込んでから、次の相手へと視線を移す。
俺はジンとフィーネ、それからヘリオス達3人と陣形を組みながら、群れるUDB達を叩きのめしていく。マスターは最前線で戦ってるらしいが、いくらあの人でも1人で全部、とはいかない。残った面子は臨機応変に、軍と連携しつつ何とか戦線を維持していた。
つっても、相手はCランク相当のUDBだ。戦いが長引けば長引くほど、こっちも疲労が蓄積してくるし、俺らはともかく軍は負傷者もだいぶ増えてきたようだ。
『進メ! 今日コソ、主ニ勝利ヲ捧ゲルノダ!』
「ちょっとは遠慮しやがれよ……!」
本気で攻めてはきていない……ってのは大きな視点での話。戦闘するUDB達は本気だ。分かってはいたがやっぱこの数はきついな、ちくしょう。
こうなると、俺の力の欠点がかなり響いてくる。燃費が劣悪な上、破壊衝動の制御でメンタルも消耗する。出力はかなり抑えて、武器がオーラを纏うだけくらいにしてあるけど、それでもかなり疲れてきた。……精神面の消耗がでかいのは、何となく自覚がある。
そんな俺の様子に好機と見たか、2体のUDBが一斉に飛びかかってくる。――だけど、そんな俺を守るように、白銀の鎖が2本伸び、それぞれの相手に絡み付いた。
『シマッ、ア……ギャアアァ!!』
「が……ぎ…………がはっ!!」
フィーネの鎖に捕まった獅子は、あっという間に白い炎に包まれ、けたたましい悲鳴を上げた。ああなっちまったら、力尽きるまで抜け出すことは無理だ。数秒でがくりと力を失い、そのまま消え去る。
ジンに捕まった蜥蜴の方も、締め上げられながら、分離した先端の刃に全身を貫かれ、倒れる。ジンに至っては、そんな芸当を同時に別方向の数体にもかましてやがる。
「アトラ、疲れているのならば一度下がりなさい」
「無理をするな。前衛は私が引き受けよう!」
「わりぃ……!」
ヘリオスと入れ替わり、下がる。気付かないうちに、かなり前に出ていたらしい。……いけねえ、ちょっとスイッチが入りかけてたか。PSを休止状態にすると、軽くふらついた。
それと同時に、左腕に鋭い痛みが走る。見ると、けっこう深く斬れていた。そういや……さっき虎の爪にやられたんだ。力を発動してる時の俺は軽く暴走状態なので、その辺を無視して戦ってしまう。殴れば吸収って性質上、ある程度は塞がってるけど。
取り出した傷薬を腕にかけ、残りを飲み干す。ギルド考案のこの薬は、つけても飲んでも治癒効果があるが、あくまで応急処置だ。とにかく、乱れた息ぐらいは整えねえと。
「まだ、やれる? 本当に辛いならば、戦線を離脱すべき」
「そこまでへばってはねえよ。少し休めば、戦える!」
「分かった。ならば、私が休む時間を作る」
いつも通りの淡々とした口調で、だけど確かに心配してくれているのが感じられる言葉を残して、フィーネは前方の敵に白炎の剣の射出を再開する。そして、ヘリオス達も。
「アッシュは追撃! オリバーは後方支援に専念!」
『はっ!』
号令に、アッシュが巨大なハルバードを、オリバーがスナイパーライフルを掲げる。先頭に立つヘリオスの得物は純白のサーベルで――次の瞬間、ヘリオスの姿が消えて、敵のど真ん中にあいつは立っていた。
「な、に、ぐぁっ!?」
突然、目の前に湧いて出たヘリオスに、驚愕する時間もほとんどなく、蜥蜴が斬られて悲鳴を上げる。そのまま手近な数体を斬りつけてから、また姿を消し、かと思うと全く違う地点の相手を斬っていた。
ヘリオスの力――〈陽炎の介入〉。何かと何かの間に割り込む力、らしい。それだけ聞くと何のことだと思ったが……その実態は、ご覧の通り。二つの物体を指定することによる、限定的な転移能力だ。その手の力がどれだけ強力かってのは、俺は身をもって体験したことがある。
「そらそらぁっ!」
そして、ヘリオスが陣形を崩した隙に、アッシュが突撃。女性らしからぬ膂力でハルバードを振り下ろし、動きを止めた相手を吹っ飛ばしていく。
『チョウシニ……』
苛立たしげにアッシュを狙って飛び掛かろうとした黒殺獣。だけど、それより早く……銃声が響いた。かと思うと、そいつの左胸の辺りに風穴が空いていた。
『……アッ……ゴフッ』
「恨み言は、あの世で再会した時にでも」
正確な狙撃を決めたオリバーは、冷たく呟く。心臓を貫かれた黒虎は、信じられないといった表情のまま血を吐いて、消え去る。……ありゃ助からねえだろうが、どっちにしろ転移はさせられるのか。
それにしても、あいつら……強い。息の合ったコンビネーションは、軍の厳しい訓練の賜物ってやつか。特にヘリオスの剣……昔のあいつを知る俺からすりゃ信じられない腕前だ。実力で曹長にまでなったんだっていう言葉を、今さらのように実感する。
……小休止で息もだいぶ整った。俺も見てばかりはいられねえ。深呼吸をしてから、力を引き出す。ヘリオスに脚を斬られてバランスを崩した鉄獅子に突撃、全力で吹っ飛ばしてやる。
「本当に強くなりやがったな、お前……!」
「……もう嫌だったのだ。誰かに責任をなすりつけて、何もしないのは……!」
続けて、ヘリオスの剣で動きを止めた刃鱗獣の頭に、トンファーを叩き付ける。……その言葉が、あの日を指してるのは分かる。こいつが戦うようになったのは、きっと俺のせいで……だけどそれは、こいつの覚悟だ。こいつなりにあの一件を受け止めて、こうやって戦っている。
「……怯えている場合かよ」
ああ、自覚はある。この国で、こいつの前で力を使うこと、俺は怖いと思っている。だから、いつも以上に制御が上手く行っていない。だけど、そんなのに負けていられない。そうだ、思い出せ。
「どんな力だって……大事なのは、それを何のために使うかだ!!」
カイツの言葉。俺に気付かせてくれた言葉。もう一度、それを自分に言い聞かせるように叫び、力のギアを引き上げた。黒いうねりが全身を這い上がり、解放状態……孤児院を破壊した時の、姿になる。そのまま腕に波動をかき集め、目の前にいた2体の鉄獅子に、思いっきりそれを叩き付けた。
「アトラ……!」
「……ごめんな、ヘリオス。嫌なこと思い出すかもしれねえが……」
「……いや、すまない。……今度こそ、私は……共に戦おう、アトラ!」
「っ……おう!」
ヘリオスは、受け入れてくれた。こいつならそうしてくれるって、信じられた。……そうだ。やれるんだ、あの時とは違うんだ。今の、俺なら……!