カジラートの街中で
次の日。私たちは、カジラートの街を巡ることを決めた。
明日の準備はもちろん大事だけど、私たちはそれと同時に、この国に何が起きているかを知らないといけない。そのためにも、まずは拠点になるこの街を知っておかなきゃね。
ジンさんは「あまり張り詰めすぎないことです。明日に向けて、英気を養う休息のつもりで巡るといいでしょう」って言ってたし、どちらにしても一日で片付く話でもないだろうけど。
一緒にいるのは、コウ達と暁斗、それからイリアさん。ガルフレアはアトラやヘリオスさん達と一緒に……アトラの孤児院に行くらしい。私も気にはなるけど、あんまり大勢で押しかけても迷惑だろうからね。
こっちに集まったみんなは、まずは街の中で活気がある場所……市場を目指すことにした。案内してくれてるのはハーメリアちゃんだ。
「あづい……やっぱり暑いぃ……」
「バカ虎が、暑いって言うから余計に暑く感じるだろうが……」
「いやこれは我慢できねえって……ああ、アイスでも食いたい……」
「エルリアとかバストールだと気軽に買えるからな……うう、鬣剃りたい……」
「もう、みんなしてグチグチ言い過ぎだよ。暑いって言ったら罰金100ルーツとかにしてみる?」
「ふえぇ……それ、お前が超有利じゃんかっての……」
まあ、カイはともかく、毛皮がある3人は余計に辛いんだろうなーってのは分かるんだけど。こうも暑い暑い連呼されてると私まで気が滅入る。
「でも、気持ちは分かりますよ。私も、一年くらい前に引っ越してきた時にはほんとに参ってましたから」
「えっと、ハーメリアって、ウィンダリアの出身って言ってたよな? そういや、何でこの国に?」
雑談でもしてた方が気分も紛れるだろう。ハーメリアちゃんの言葉に、暁斗が話題を広げる。
ハーメリアちゃんは同い年らしい。彼女は敬語なのが普段通りらしいけど、私たちは気軽に話すってことになった。……ちょっとルッカ君のこと思い出しちゃったな。
「元々は、両親の都合で……この五年間で、アロ元首による開発が一気に進められて、テルムは急速に発展しました。父の勤めている会社でも、この開発に投資の話が上がって、父が立候補したんです。人々の暮らしを豊かにする助けになりたい、って」
「なるほど。それで、一家でこっちに越してきたってことかな」
「はい。事業が安定したらウィンダリアに戻る予定ですけどね。でも、私にとっては第二の故郷ってぐらいにお世話になってきました。だから……」
ハーメリアちゃんの表情に暗いものが混じった。その理由にはすぐに想像がつく。
「侵略だなんて、絶対に許せない。こんなことをする相手に、負けられません。私は……絶対に、この国を守りたいんです」
「……うん。分かるよ、その気持ち。あたしも、あの時は悔しくてたまらなくて……」
気まぐれだったり実験だったり……そんなもので襲われて、誰かが辛い思いをしている。許せなくて、当然だよ。
「ごめんなさい……暗い話をしちゃいましたね」
「気にすんなよ。それを何とかするために、オレらが来たんだしな!」
「……ありがとうございます。今までは、向こうが攻撃してくるのから守るのが精一杯で……皆さんのおかげで、ようやく侵略者に反撃ができるんです」
「だったら、マスターや先生たちに頼るだけじゃなくて、おれ達も期待に応えないといけないな」
「もちろん私だって、この国の底力を見せてやりますよ! ……明日のためにも、今日は何も気にせず観光してください、皆さん」
力強い宣言の後、ハーメリアちゃんはそう言った。この国を好きになってもらいたい、って。私たちも、みんなで頷く。
「ちょっと戻すけど、国際的な開発計画を立てるような会社ってことは、親父さんのはでかい会社みてえだな」
「あ、オレもちょっと気になってた。その首飾りとか、かなり高そうだよなあ。いくらぐらいなんだ、それ?」
「え? えっと、これは300万ルーツぐらいですね」
「そうか、300万……しゃんっ?」
コウの声が裏返った。けど、さすがにその気持ちが分かる。いや、高そうだとは思ってた、けど……え、そんなに?
「有名な職人さんの作品なんですよ。これは私が最初に父からもらったプレゼントなので、どうしても持っておきたくて……」
「はじめての、プレゼントが、さんびゃくまん」
「コウ、落ち着けって……いや、気持ちは分かるけど。ってことは、本当にお嬢様って感じ……あ、すまねえ、ちょっと無神経か」
「いえ、大丈夫です。自分で言うのはどうかなと思うけど、箱入りのお嬢様ってのは間違ってないと思います。世間知らずって自覚もあるんですけどね」
恥ずかしそうに笑うハーメリアちゃん。何一つ不自由ない暮らしができる立場にいた彼女が、どうしてギルドで働いてるのか……何となく、想像はできた。
「でも、そんなの持ってたら狙われたりしないのか? ほら……悪く言うつもりはないんだけど、この国って発展したと言っても貧しい方なわけだしさ」
「首都圏は治安も劇的に良くなってますし、大丈夫ですよ。それに、護身はできますからね。何年か前には、旅行者を狙った盗難なんかも多発していたそうですけど」
前に聞かせてもらったガルやアトラの話を思い出す。そう言えば、この街では孤児とかの姿は見かけてない。孤児院があるんだから、いないわけじゃないだろうけど。
「この国は豊かではありません。私も最初は苦労しましたし……治安だって、良くなってきたと言っても、きっとまだ足りないです。それでも、みんな頑張って生きている。私は、それが好きなんです」
「少し分かる気がするぜ……お? 人が増えて賑やかになってきたな。ハーメリア、あれか?」
「あ、はい! うん、今日はけっこう人が出て来てますね……良かった」
話し込んでいるうちに、目的地にたどり着いたらしい。――あちこちから聞こえる客引きの声。ごった返す人の波。想像していたよりも活気のある風景がそこに広がっていた。
「へえ。なかなか壮観じゃねえか」
「街中の人が買い物に来る場所ですからね。ソレムの大市の方が大きいですけど、生活する上で必要なものは何だって揃います」
「こっちが肉屋に……おっ、あっちは本屋か! 俺、ちょっと見てくるぜ」
「あ、おいおい、カイ! ったく、ほんとに本の虫だな。わりぃ、ハーメリア。オレもあっち行くぜ」
「ふふ。せっかくだし、みんな自由に回ってください。私も自分の買い物をするので」
「それじゃ、おれも色々見て回るかな……」
そうして、流れのまま一旦解散していく。私もせっかくだし、何か買うもの探してみようかな? 食べ物とか、珍しいものも置いてそうだし。そういや、テルム産のとびきり辛い唐辛子とかあるらしいし、暁斗に何か作ってあげたら喜びそうだね。……前にやった激辛ソース目覚ましがちょっとトラウマになってるらしいから、加減はちゃんとしないとだけど。
ガルは何が喜ぶかな……彼、だいたい何でも美味しそうに食べてくれるのはいいんだけど、そういえばはっきりと好物を聞いたことはない。あっさりしたものの方が好き、ぐらいは知ってるけど。
「……ガルフレア、か」
恋人になってから、けっこう経った。だけど、私には未だに信じられないような部分もある。だって彼は、あんなに素敵な人なんだから。あんなに焦がれた彼が、私に告白してくれるなんて。まだ、夢じゃないかとまで思っちゃう。
何と言うか、吹っ切れてしまったらしいガルは、私にはっきりと愛を伝えてくれる。好きだと言ってくれる。それがものすごく嬉しくて、だけど私の方が圧されちゃって……今まで私がからかってきたのはこんな気分にさせてたのかなって思うと、ちょっと反省でもある。
ただ、私があの人のことを愛しているのは間違いなくて。私はもっともっと、あの人のために何かしてあげたい。そのためには、照れてる場合じゃないのは分かってるんだけど。……いやだって、反則だってあんなの! 意識すると本当にイケメンだし、妙に甘い声音だし、そのくせたまに見せる子供っぽいところとか本当に何と言うか……。
……ほんとに。どっぷり浸かっちゃってるなあ、私。
なんて、考えごとをしてたもんだから。
「あっ!」
「おっと……」
うっかり人にぶつかってしまう。よろめいた私を、その人が受け止めてくれた。
「す、すみません! 考えごとしちゃってて……」
「いえ、大丈夫ですよ。怪我はありませんか? お嬢さん」
「は、はい、大丈夫です」
支えてくれたその人に謝りながら、離れる。その人は、背の高いコヨーテの獣人男性だった。体格はガルと同じくらいだろう。毛並みは金色で、よく手入れされているのかとても綺麗だ。白を基調として、ところどころに凝った刺繍がされた高そうな服は、ハーメリアちゃん以上に周囲から浮いている。
狼によく似たコヨーテの顔立ちはすごく精悍で、深く被った帽子の下から、長いアッシュブロンドの髪が背中にまで揺れている。立ち振舞いもどことなく優雅。何と言うか、いかにも『貴族』って感じの人だった。けど、何よりも目を引くのは、背負った竪琴だ。そう、その見た目を一言で言えば……。
「詩人さん……?」
吟遊詩人。それも、物語にでも出てきそうな、いかにもって格好だ。私の呟きが聞こえたらしいその人は、くすりと笑った。
「ふふ、趣味でやっている真似事ですが、それらしく見えるなら良かった。一応、腕にもそれなりの自負はありますが」
「へえ……この辺りで演奏しているんですか?」
「この国に滞在を始めたのは昨日なので、今日は下見ですね。ですが、良い場所です」
軽く話した感じ、見た目通りに上品で丁寧な人だ。でも、やっぱ海外の人みたいだけど、今の時期にこの辺りに滞在を始めるなんて……大丈夫なのかな?
「時間があれば一曲披露……と行きたいところですが、あいにく知人を待たせておりますので。もし機会があれば、明後日からこの辺りで活動する予定ですので、聴きに来ていただけると嬉しいです」
「あ、分かりました! 楽しみにしておきますね」
「はは、ご期待に添えるよう頑張ります。では、失礼」
そうして去っていく詩人さんを、私は何となく見送っていた。……あ、名前くらい聞いておけば良かったかもね。