知らない過去
『……ふう……』
試合が無事に(?)終わって、おれとシグルドさんは同時に溜め息をつく。もしもの時は乱入する準備はしてたけど、あの状態のあいつを止められる自信はあまり無かったからな。
「良く抑えた、って言うべきなのかな。十分やりすぎだけど」
「ここが公共の場である事と、あいつにそれを考える程度の理性が残っていた事に感謝だな。……ん?」
シグルドが振り返ったのを見て、おれも振り返る。
『……………………』
そこには、完全に言葉を失ったみんながいた。
年長者組はルッカの事情を知っているし驚いてはいないが、それ以外はガルですらあっけにとられて、口をポカンと開けている。
「……え、えっと。レン、今のは……?」
ルナが、何か見てはいけないものを見たって感じに聞いてくる。やっぱり、みんなは初めて見るよな……。
「あれがあいつの素だ……」
「……マジ?」
溜め息をつきながら、頷く。ルッカは生半可なことじゃキレないからな……おれでも、見るのは二回目だ。
「元々、幼い頃のあいつはああいう口調だった。この国に来る頃に、今の喋り方に矯正したようだがな」
「今でもああなると地が出るらしくてさ……」
「……大人しい奴はキレると怖いってよく言うけど、そういうレベルじゃねえだろアレ」
「あれはすでに、二重人格と呼べるのではないか……?」
「俺、あいつだけは怒らせないように気を付けよ……」
みんなは、なかなかショックが大きいようだ。あいつはクラスでもマスコット的な存在だからな。それがあの有り様だと、確かに衝撃的だと思う。
「でも、どうしてルッカ君、いきなり切れちゃったのかな?」
「確かにな。途中までは受け流してたってのに」
「あの対戦相手は、禁句を言ったんだ」
ルナと暁斗の疑問に答えたのは、おれじゃなくてシグルドさんだ。話を聞く限り、どうやらおれよりもこの人のほうが古い付き合いみたいだけど。
「禁句……?」
「あいつにとって、あいつの兄貴をけなされるのだけは、絶対に許せないことなんだよ」
今度は俺が補足する。それが、普段は温厚なあいつにとっての、数少ない逆鱗だ。
「そういや確かに、兄貴がどうたら言われてからおかしくなってたよな」
「にしても、あそこまでブチ切れるかよ。あいつ、結構ブラコンだったんだな」
「……本人に聞かれたら殺されるかもよ、コウ?」
「う! み、みんな、頼むから今のチクんなよ!?」
「……ちょっと待てよ」
納得した様子のみんなの中で、カイだけが何か納得いってない顔をしていた。
「どうした?」
「あいつの兄貴って、誰の事だよ?」
「あ……確かに」
……そうだった。みんなはこの事を知らないのか。
「俺はあいつん家……つまりレンの家だけど、そこであいつの兄貴なんか見た事ねえぜ?」
「……? ちょっと待て。なぜ、ルッカの家が蓮の家なんだ?」
「それは……」
ガルの質問は当然の疑問だろう。あまり、こういうのはおれから言いたくないんだけど……仕方ないか。
「あいつは、うちの養子なんだよ」
「なに?」
「おれが小学三年の時かな。孤児だったあいつを、色々あって親父が引き取ったんだ」
これが、おれとあいつがいつも一緒にいる理由だ。あいつの願いで名字こそ昔のままだけど、おれとあいつは、実質は兄弟ってことになる。
「ちなみに、遼太郎がルッカを引き取る時は、俺も一緒にいた。シグルドと知り合ったのは、その時の話だ」
「そうだったのか。シグルドは、それ以前から彼と?」
「ああ。少し、彼の兄と縁があってな」
戦災、UDB被害などにより身よりのなくなった子供は、他の国では決して珍しくない。平和なエルリアに生まれたおれ達は、それだけで幸せなんだろう。
「で、話を戻すけどよ、ルッカの兄貴って? 修さんの事か?」
「いや。兄貴も確かに兄さんとは呼ばれているけど、違う」
「じゃ、誰だよ? まさか、お前じゃねえだろ?」
「ああ、おれでもない。あいつの言う兄さんは、あいつの実の兄貴の事だ」
おれや兄貴も、あいつと兄弟同然に育ってきた事は間違いない。だけど、あいつをあそこまで激昂させる『兄さん』は……。
「へえ。あいつ、実の兄さんもいたのか。でも、その人はどうしてるんだ?」
「………………」
おれがだんまりを決めこんだのを見て、最初は訝しげな顔をしていたみんなも、次第に察しはじめたようだ。
「……あいつを父さんが引き取った時、あいつには身よりが無かった。おれが言えるのは、それだけだ」
もっとも、ここまで言えば、答えを言ったも同然だろうけど……。
「シグルドの事を知らなかったように、おれも、あいつの過去については、あまり詳しく聞いたことは無いんだ。あいつは……おれ達が想像出来ないような、辛い経験をしてきたんだってのは分かるからさ」
多分、あいつから見れば、おれは温室育ちの甘ちゃんだってのは分かってる。いくら兄弟みたいなものでも、あいつの傷に無闇に触れるのは、許されないと思ってる。
「……わりぃ、余計な事聞いちまったな。ちょっと考えりゃ、分かることだったのによ」
カイは珍しく、本気で落ち込んでいるみたいだった。こいつはこれで、人を傷付けることに敏感だ。ルッカ本人が聞いていなくても、聞かれていたら傷付けてたってだけで十分なんだろう。
「謝らなくていいさ。お前が落ち込んだほうが、あいつが気にするだろう?」
「……分かってる。けど、知らなかったっつっても、無神経な事言っちまったからよ」
知らなかった、か。……よく考えると、ルッカだけじゃなくて、おれ達はお互いに、知り合う前の事はよく知らない。
おれとこいつらが出会ったのは、小四の三学期。こいつらが転校してきた時だ。
同じ場所から友達どうしがまとまって転校してきた、という珍しい事態に、おれは興味本位で彼らに近づいた。そして話してみると良い奴らで……すぐに仲良くなった。
都合の良いことに、五年生になっても全員が同じクラスで(今考えると、作為的なものもあった気がする。主に慎吾先生の)、おれ達はいつも一緒にいるようになった。
後で、みんなの親とうちの両親が知り合いだったって聞いた時は、本当に驚いたな。
そして今まで、仲良くしてきたけど。お互いに、昔について話す機会は、ほとんど無かった。
それは、みんなが何か隠し事をしているのに、何となく気付いてるからだ。理由がなければ、三つの家庭がまとめて引っ越してくるなんてしないだろう。
だけど、無理には聞くべきじゃないはずだ。話せるようになったら話してくれればいいと思うから、おれはそれを待ってる。
「……それにしても、ルッカのやつ、あんなに強かったんだな。ビックリしたぜ」
場の空気が重いのが嫌だったのか、暁斗が努めて明るい口調で切り出した。おれはそれに感謝しつつ、ルッカの試合内容へと話題を変える。
「ふむ。確かに、学生離れした強さだな。初めて見るわけでもないが」
「キレた後を抜きにしても、相手を完全に圧倒してたよね。さすがって言うか」
「単純な格闘技でも、俺より強いかもしれねえからな、あいつは。それにPSも強力。今の俺達の中で最強を決めるとすりゃ、多分あいつだろ」
「……珍しいな、カイ。お前が負けを認めるような事言うなんて」
「俺だって、強い奴は素直に認めてるぜ。ま、負けるつもりは微塵もねえんだがな? 単純な強さだけが勝敗を決めるわけじゃねえだろ」
そう言って、カイは不敵に笑ってみせる。上村先生も、その言葉に頷いた。
「オレが見てきた生徒の中でも、奴の実力は抜きん出ている。が、勝負は何が起こるか分からないものだ」
「そうで……そうだな。ルッカ以外も、ここにいるメンバーは十分に強い。誰が勝っても不思議ではないでしょう……だろう」
……どうやらガル、上村先生に敬語を使わないようにしてるみたいだな。かなり苦労してるようだけど。先生はどうしても威厳があるからな……。
「にしても、親父達遅いっすね……」
「ふむ、確かにな」
「この人混みだから、上手く移動出来ずに、どこか別の場所で見てるかもしれないな」
「迷っているのかもしれないわね。迎えに行ったほうがいいかしら?」
親父はルッカの試合、見てやれただろうか。まあ、不適切なシーンが混じってはいるんだけど。
と、そのタイミングで、ルッカが席に戻ってきた。
「ふう……」
「遅かったな。注意でもされてたのか?」
「はい……一応、今回は相手の挑発が原因で、大怪我をさせたわけでもないから、お咎め程度ですが。さすがにやりすぎましたからね……」
ルッカは疲れ気味と言うか、反省はしているようだ。とは言え、反省してたらいいって話じゃなさそうだけど、後ろの溜め息を聞く限り。
「初戦突破おめでとう、と言いたいところだが。まったく、お前と言う奴は」
「……あの、先生。もしかしなくても怒ってます?」
「当然だ。気持ちは分からんでもないが、戦意を失った相手をいたぶってどうする。失格になってもおかしくなかったんだぞ?」
「う……」
先生の苦言に、ルッカは尻尾を丸める。あまり怒られるのには慣れていないだろうからな、こいつは。
綾瀬先生とガルも、説教は上村先生に任せたようだ。まあ、上村先生のが一番効果的だろうしな。綾瀬先生の場合、楽しんでいるように見えなくもないけど。……ん? 何か、少し寒くなってきたような。
「……申し訳ないですが。そいつへの説教は、少し待ってもらって良いでしょうか」
「……し、シグルドさん?」
「ルッカ、少し話がある。ついて来い」
上村先生の説教を遮り、シグルドがそう言い放った……が、誰が聞いても分かるほどに、その声音は冷たい。って言うか、比喩じゃなくて、気温も確実に下がってるんだけど、これって……
「あ、あの……シグルドさん? 話なら、この場でも」
「いや。二人きりで、じっくりと話す必要があるみたいだからな」
「そ、それなら大会が終わってからでも」
「今、話す必要がある」
ルッカはかなり焦った表情を浮かべている。アイコンタクトでおれに助けを求めて来たけど……どうしたものか。助けに入ると、おれもまとめて大変な目に遭う気がするぞ。
『時村 蓮、朝倉 一樹は……』
その時聞こえてきたアナウンスに、おれ達は動きを止めた。……絶妙なタイミングだな、いろんな意味で。
「ほ、ほら。蓮の試合も始まるみたいですから、ね?」
「……む」
「……全く。じゃあ、行ってくるよ」
「うん。レン、ファイト!」
暁斗もルッカも勝ち抜いた。おれだって、負けられない。