ギルド〈砂海〉 3
「帝国の対策はひとまず置いといて、目の前の話だ。UDB達が攻めてくるのは、十日に一回。今のところ、決まってその周期で攻撃を受けているんだ」
「先ほども思いましたが……どうして、そんなに規則的なんでしょう……? いつ来るか分かっていたら、相手に備えられるのに……」
「どうだろうね。挑発か、罠か……いずれにせよ、今のこの国じゃ、分かっているからギリギリ守れているって感じだ。それでも、国中をしっかり守れる余裕もない。少しずつ辺境からの避難態勢を整えてはいるものの、追い付いていないのが現状だよ」
UDBの迎撃、防衛網の維持、それから避難活動……ギルドと軍だけでは、人手が足りないだろう。
「現状のUDBだけならば、俺たちだけでも何とかなっている。だけれど、今後、リグバルドの攻撃がさらに激化していけば……この国は、あっという間に落とされるだろう」
「……でも、軍を動かせば、さすがに周りの国が動きます……よね?」
「無論、諸国に打診はしている。ユナ婆も言っていたが、UDBの攻撃がさらに激化した、もしくは本隊が動いた時のための備えは進めているさ。事態は確かに大がかりなところで動いているが……俺たちがそれを意識しすぎる必要はない」
「そうだね。その辺リカルドも動いてはいるし、君たちにあまり無茶をさせるつもりはないさ」
諸国への打診――ウェアは英雄としての人脈を使い、大小さまざまな国との協力体制を整えようとしている。実際、近年のリグバルドの活動について察知し、警戒を強めている国も決して少なくはないそうだ。ギルドとしても、そうした国との情報共有は水面下で進めているらしい。
覇権を争うケルツはリグバルドの独走を食い止めたいだろうし、穏健派かつ強力な軍を保有するウィンダリアも黙ってはいないだろう。それにエルリア……詳細は知らないが、慎吾たちも様々な手を打とうとしているとは聞いた。アガルトも、この前の一件で協力を約束してくれた。
俺たちに求められる仕事は、巨視的なものではないだろう。もちろん忘れるわけにもいくまいが、少数精鋭だからこそできる動きもある。
「このままUDB達を追い払い続けるだけじゃ、根本的な問題は解決しない。だからこそ君たちに頼みたいのはふたつ……ひとつは当然、街の防衛及びUDBの討伐。そしてもうひとつは、奴らが、何を狙っているのかを調べることだ」
奴らの狙い――この国をじわじわと攻撃する裏で、何を目的としているか、か。
「僕らも、連中にはさんざん振り回されてきたけど……ロウ達も、何か裏があると思っているんだね?」
「まあ、そりゃそうだろうさ。初回の時点で一気に攻められていたら、今ごろは壊滅的な被害を受けていてもおかしくなかった。周期的に、さあ態勢を整えてみろって言わんばかりの襲撃だよ?」
ロウの言うとおり……そして出発前にグランゼール老が言っていたとおり、連中の動きは明らかに不自然だ。
「またお得意の、何かの実験じゃねえのか? 国を混乱させて、その間に何かをやるってのは奴らの常套手段だろ」
「人造UDB達のテストもひとつありそうだが……アポストルのような実験が進められている可能性を忘れるわけにはいかんだろうな」
「軍とギルドの注目をUDBに向けさせているのも、その仕込みと考えられますね。外に注視すれば、中はどうしても疎かになるものです」
だとすれば、事態が動いてからひと月……まだ始まっていないと考えるのは楽観視が過ぎるだろう。
「或いは、あなた達には不本意かもしれませんが、他の国の仕込みを行うためのデコイとしているのかもしれません。現に、私たちという戦力がバストールを離れることになりましたからね」
「何ですかそれは! そんなことのために、この国の人たちが死んでいるって言うんですか!?」
「あー、ハーメリアちゃん、ジンさんに怒ってもしょうがない話ですぜ? 怒るなら相手にしときましょうよ」
「……申し訳ありません。ですが、そんな話……納得できるわけがありませんよ!」
机に手を叩き付けて食ってかかったハーメリアを、アレックが嗜める。とは言え、彼女の憤りももっともだろう。舐めているのか、馬鹿にするなと叫びたくもなって当然だ。
「ですが、そうですね……あたしも、少し気になります。どうしてこの国なのか、ってこと。アガルトの時も考えてはいたんですが」
「あれ……でも、わたし達の時は、ただ実験場所に選ばれただけで、アガルトである必要はなかったですよね?」
「うん、確かにアガルトである必要はなかったと思う。だけど、都合が良かったのも間違いないと思うんだ。三人の指導者と三つの首都……あの石で煽って衝突させるモデルとしては、すごく分かりやすい場所だったはずじゃないかな? ふざけてるとは思うけれどね」
「……言われてみればそうだな」
「もちろん、あの人たちの考えはあたしには分からない。だけれど、気にしておいた方がいい気がするんだ。この国の規模か、体制か、資源か、重要人物か……どこかは分からないけれど、リグバルドがこの国を選んだ理由を」
イリアの考察に、少し沈黙が走る。この国であった理由、か。今のところ思い付くのは……急速な発展を遂げていること。資源は……どうなのだろうな、調べてみなければ分からないが、豊かであればもっと発展していただろう。リカルド元首……相当のやり手らしいから、彼の手腕を警戒しているのもあり得る。
「イリアの言うとおり、考えておく必要はありそうですね。とは言え、この場で答えの出る話でもないでしょう。推測を進める前に、事実の確認を済ませるとしましょうか」
「そうだな。ロウ、再確認だが、次の襲撃予測は周期と照らせば明後日になる……間違いないな?」
「うん。ごめんね、本当はもっと余裕をもったタイミングにしたかったけれど……規模が規模だからさ。軍の反対派を丸め込む調整とかけっこうかかっちゃったんだ」
それで数日遅延した後、こちらも準備期間に三日ほどかけたからな……今晩、などと言われなかっただけましだろう。
「もちろん、連中が確実に十日周期で攻めてくるとは限らないけど、張り詰めすぎるのもよくない。ってことで、明日は一日フリーだ。移動の疲れをほぐすなり、この国を見てみるなりしてほしいな」
「……あなた達に負担を強いることとなり、申し訳ないと思っている。軍の中でも、我が国だけでは対処できないと救援を頼る声が大半なのだが……現実が見えていない集団もいてな。質の悪いことに、無視できない地位にある者もいるのだ」
アング曹長、それから部下のふたりも少し渋い顔をしている。やはり、そちらも単純な問題ではなさそうだな。
「私には大した発言権があるわけでもない。こんなことをしていては、戦況を覆すなど無理だと言うのに、彼らは……」
「なに、曹長が気にする話じゃないさ。それに……嫌でも、彼らの力は誰もが求めるようになると思うよ? 何たって、そこにいるのは一騎当千の剣士、最強と呼ばれたこともある男だ」
ロウが指差した先にいるのは――当然、俺たちが最も信頼する男だった。張本人は、いつものように溜め息をついたが。
「さらりと持ち上げるんじゃない、ロウ。俺だって、全盛期ほどの体力はないんだぞ?」
「グハハ。かつて、これとは桁が違う数のUDBと戦った男を招いたんだ、期待ぐらいはさせてもらうさ」
闇の門で現れたUDBの総数は、記録にも残せないほどのものであったという。同時に、英雄たちが討ち取った相手の数も。
「ならば、お前の誤算を教えておこうか。数を相手取るなら、俺よりも遥かに適任の男がそこにいる。なあ、誠司?」
「へえ?」
「一介の教師に何を……と、言いたいところなのだがな。お前をいつも持ち上げている手前、たまには持ち上げられてやろう。あの戦いを生き延びたのが伊達ではないこと、せいぜい共に知らしめるとするぞ」
「へえ……何となく分かったよ。君もウェアと同じ、英雄だね?」
「英雄……!?」
「隠す意味もないか。どうだ、曹長? 老いたとは言っても、英雄が二人と、それに匹敵するギルドマスター……戦況を覆すには、不十分だと思うか?」
歴戦のギルドマスター、ふたりの英雄……それだけではない。他のみんなだって、連中との戦いは体験してきたし、勝ち抜いてきた。
「ふふん。マスターや誠司ほどじゃないけど、僕だってそのへんのUDBに遅れを取るつもりは全くないよ?」
「ええ。油断をするつもりもありませんが、今までと比べて特筆すべき苦境と言うわけでもないでしょう」
「そうだな……。俺も、新たな力を得た。肩慣らしには、丁度良さそうだ」
フィオやジンが軽く言ってのけたのは、みんなの緊張を取るためだと察して、俺も合わせる。それに、度の過ぎた楽観視というわけでもない。みんなにはそれだけの力があるし、これで調子に乗るようなメンバーでもないからな。
「……何か、いける気がしてきたな?」
「改めて考えると、ほんと化け物揃いよねえ、うちのギルドって」
「おれはついていくだけで精一杯だな……ついていくぐらいはできているって思いたいけど」
「ふふ。出来ているさ、蓮。もちろん、他の奴らもだ。……相手にどんな思惑があるかは分からんが、俺たちのやることははっきりしている。人々の安全を守るため。UDBからの防衛、そしてリグバルドの思惑を挫くこと、どちらもやり遂げてみせようじゃないか」
そう、はっきりと言い切ったウェアルドに、俺たちは全員で顔を見合わせ、頷く。
「……格好いい……」
ぽつりと、ハーメリアが呟いていた。確かに、ウェアの振る舞いは、長く一緒にいる俺ですら眩しく映ることがある。本人は苦笑いしそうだが、彼はまさしく「英雄を体現する者」であるのだろう。根っからの正義漢で、お人好し……それでも、ただ甘いだけではない。
かつての俺が求めた、絶対正義。だが、彼の姿を見ていると、ただ厳粛なだけの正義の在り方は、やはり歪だったと思えてならないのだ。甘さだけで世界を正せるとも思わないが、それでも。甘さを……心を全て捨ててはいけなかったのではないかと、そう思う。
「……うふふ。マスターが随分と誉めちぎっていましたけれど、実際にこうしてお話を聞くと、その理由が分かるような気がしますね?」
「だろう? いやあ、ここにいるメンバーは本当に運がいいよ! 彼の戦いを見られることは、得難い経験になるだろうさ」
「だから言葉で持ち上げるなって。評価は、成果で上げてみせねば意味がないだろうよ。それに、今回は……」
「うん?」
「……いや、詮無き事だな、気にするな。では、話を戻して細かい段取りを聞かせてもらおうか。明後日の防衛戦、そこに現れるであろうUDBの情報……その後の動き。ひとつずつ、片付けていくとしよう」
何を言いかけたのだろう。少し気にはなるが……今は後か。
そうして打ち合わせはしばらく続き……話を詰めた頃には、すっかり夜となっていた。