ギルド〈砂海〉 2
「お帰りなさい、ロウさん! そして、そちらの方々が……」
「うん。お待たせ、みんな。とびっきりの助っ人、しっかり連れてきたよ!」
「ふむふむ。いやあ、聞いていた通り、見るからに頼もしそうな皆様方で!」
「皆さん、まずはこちらにお座りください。長旅でお疲れでしょう?」
牛人の女性に促されて、適当に席につく。
彼らが砂海のメンバーか。ロウによると、誰もが十分な実力を兼ね揃えているということだが。
「あっしはアレック・ボガード。見てのとおりのしがねえおっさんでさあね。軍のお方も赤牙の皆様も、今回は頼りにさせてもらいますぜ?」
へらへらと笑いながら名乗った、長身で痩せぎすの人間。薄茶色の髪はぼさぼさで、服には皺がより無精髭も生えている。だらしない印象を受けはするが……なるほど、鍛えているな。痩せている割には肉体が引き締まっている。見た目だけで測らない方がよさそうだ。
「エミリー・チャイルズと申します。うふふ、こんなに頼もしそうな人たちが沢山来てくれるなんて、ロウさんのお顔って本当に広いんですねえ」
牛人の女性は、雰囲気と同じくおっとりとした喋り方で頭を下げた。毛色は白く、髪は眺めでウェーブがかかっている。のんびりとして、どこか包容力のある雰囲気はセレーナを思い出すが、彼女と比べると、天然な感じもある。セレーナは何だかんだで切れ者だからな。
「ハーメリア・ラーナです! 赤牙の皆さんは、バストールでも有数の実力者が揃うギルドと聞いています! そして、軍の皆さんもよく来ていただきました! 是非とも、力を合わせて侵略者を追い返しましょう!」
最後に名乗ったイタチ科の少女は、明るい声で力強くそう言い放った。レモンイエローの毛並みに、髪は薄い桃色だ。瑠奈たちと年齢はそう変わらないだろう。
恐らく、彼女がロウの言っていた新人か。彼の懸念は今のところ見えないが……どことなく直情的な雰囲気もあるので、割と無茶をするタイプなのかもしれないな。いや、先入観を抱きすぎるのもよくないが。
あと印象的なのは、ルビーと思われる宝石の首飾りをはじめ、この国の人にしては着飾っているということだ。海外の出身、それもなかなかに裕福な家庭なことが想像できる。
俺たちの側も順番に名乗っていく。ちなみにアング曹長は、悩んだ末か少し砕けた口調のままになっていた。
「さて、と。それじゃさっそく……バストールから来たみんなに、現在の戦況をざっくりと伝えておくよ」
改めて、一同は表情を引き締めた。いよいよ本題、だな。
ロウはテルムの地図をテーブルの上に広げた。
「UDBの襲撃が始まったのは、今から38日前。突然、見たこともないUDBの群れが、国中で一斉に人里へ接近するという事態が発生した」
「いきなり沸いて出た……またいつものパターンで空間転移ってことか」
「転移したところを誰かが見たわけじゃないけどね。UDB被害は絶えない国ではあるけれども、さすがに全国で新種に襲われたとなるとたまげるよ。新種のUDBが発表されたことは知っていたけど、こんな突然現れるとは思ってなかったし」
俺たちがアガルトにいた時期からだな。一ヶ所に標的を絞っているとも思っていなかったが。
「ロウさん達も、あいつらと戦ったんすか?」
「うん。表で散々暴れてるUDBがいるって報告を受けてね。だけど、初回は相手もすぐに退いたんだ。大した被害があるでもなく、こっちを炙り出すだけ出しといて……煽りに来たって感じだったね」
事実、挑発だったのだろう。あるいは宣戦布告か。
「その後、連中は国の色んなところに巣食ったようだ。でも、数日は特に何をするわけでもなくてね。二回目の襲撃は、その十日後だった。今度は、初回のことで警戒を強めていた軍と本格的に衝突。撃退には成功したものの、少なくない負傷者が各地で出た。そしてその十日後にまた……って感じさ」
「……死んだ人もいるって聞きましたけど……」
「うん。一般人に被害はないけれど……軍とギルドは、すでに合わせて80名弱が犠牲になっている」
「…………!」
……数だけを見れば、戦闘の規模に対して少ない数値だ。だが、命が失われる重みは、数で測れるものではない。
やはり瑠奈たちの顔色は良くない。今から関わろうとしている戦いで、人が死んでいるのだから当然だ。自分の死への恐怖も……仲間の死への恐怖も。誰かが目の前で死ぬ……それがいつ起こっても不思議ではないことは、みんなも最初から分かっているだろう。だが、そんなものは体験しないに越したことはない。
「今のところ、襲撃は四回だけれど、攻めてくるたびに、奴らの勢いは増している。二回目と四回目の襲撃を比較すれば、その規模は二倍にまでなっているんだ」
「まるで試すような動き、か……」
「そうだね、徐々にギアを上げているって感じだ。まあ、向こうの準備も徐々に整ってきたと言うのもあるんだろうけど……実感として、舐められているなとは思うよ」
あくまでも人の良さそうな振る舞いを崩さなかったロウの表情に、確かに激情が混じった。……ウェアが怒ったときのように、確かな威圧感がある。
「UDBの数は、現時点で数千体と推測されている。全てが街を襲ってきているわけじゃないけどね」
「……さ、さすがに今までとは桁が違うな……」
「今までは、せいぜい一ヶ所での攻防戦に投入されていただけだからな。ひとつの国を攻めるとなると、規模は全く異なってくるだろう」
「それに、あくまでも現時点の数値にすぎない。後発でさらに追加されると考えた方がいいだろう」
そして、それだけの数のUDBを連中が従えているという話にもなる。……それがあくまで一部隊だと考えると、その総数はどれほどになるのだろうか。奴らがその気になれば、それこそ桁の違う戦力が投入されるはずだ。連中がこの国にどこまでの価値を見出だしているかにもよるが……。
「対して、テルム軍が軍としてようやく機能しはじめたのはごく最近……有望な戦士もいるにはいるけれど、はっきり言ってしまえば、規模も練度も軍としてはかなり弱い」
「……ええ。テルム国軍の中で、戦力として換算できる者は一万人強……私のような若輩が今の地位にあるのも、そういった環境であるがゆえと言えます」
ヘリオスもそれは肯定した。後ろではアッシュが「曹長はちゃんと活躍してるのにすぐそうやって」などと呟いている。なるほど、振る舞いはともかく、彼女はヘリオスのことをかなり信頼しているらしい。
「それに、UDBは新種も含めて、どれもランクCからB相当の強さだ。もし全面衝突が起きれば、勝てたとしても桁違いの犠牲が出るだろうね」
「……あたし達も事前に少しは聞いていましたが、際どい状況のようですね」
「うん。俺たちや軍の精鋭、それから首都の〈胡蝶〉がいるから、主要都市は何とかなっているけれども……地方では苦戦を強いられている。今はまだ拮抗しているけれど、背後にいる連中を考えると、このままで済むとは思えない」
「……リグバルド帝国」
ロウの語りに呟いたのはハーメリアだ。その話は、当然ながら周知されている。だからこそ、海外にまで援軍が求められたのだから。