ギルド〈砂海〉
「ま、俺とこいつのことは後でゆっくり話すとして。とっとと本題を進めようぜ」
みんなの視線に少し肩をすくめながら、アトラがそう言って手を叩いた。確かに、自己紹介もまだだったな。
軍の3人とこちらの全員が名乗っていく。アング曹長は、素を見られたこととアトラの存在で、振る舞いを決めかねている様子だった。恐らく、一度崩れるとこうなるからこそ、必要以上に厳格な言動にしていたのだろう。
ちなみに、どうやら3名とも歳は同じらしく、アトラのひとつ上、つまり俺のひとつ下だ。お互いに若いこともあり、あまり遠慮はせずにいこう、ということで意見は一致した。
「はあ、話しやすそうな人達で良かったぁ! 曹長もカタブツモードじゃなくなったし、肩に力入れなくてもよさそう!」
「だらけすぎは駄目ですよ、アッシュ。今は私たちが軍の代表であることは間違いありませんからね」
ブレンデン軍曹はやはり快活な性格で、レニ辺りと話が合いそうな気がする。ロビンソン軍曹は冷静で丁寧な態度を崩さないが、先のアング曹長への発言など、節々に素が見えるように感じる。
「いやしかし、お前が軍人、しかも曹長ね……」
「な、何さその……ん、んん、ゴホンっ! ……何だ、その言い方は。確かに、鍛えたのは君がいなくなってからだが、これでも、私は入隊から数多くの戦果を挙げてきたんだ。まごうことなき、実力で勝ち取った地位だぞ」
「……お前、俺相手にもその口調で通すつもりかよ?」
「す……少しは気を遣ってくれ! 相手によって使い分けられるほど、私は器用ではないんだ!」
「だったらずっと素でいりゃいいだろ?」
「勘弁してくれ……軍務中だぞ? 知られてるとは言え部下の手前だし、もし上に知られたらしごかれるし、あと下に広まったら……と、とにかく色々と大変なんだ!」
「アトラ、そういじめてやるな。オレもそうだったが、威厳を出すというのは割と苦労するものだからな……」
「……へいへい。ま、俺様もちょっとは分かってるがな。ただ、大丈夫なときは普通に喋ってくれよ? 後でゆっくり、腹を割って喋りたいしな」
「……約束する。私も、君とは話したいことがいくらでもあるからな」
……数年来の友人の再会、か。二人とも、もう最初の驚愕からは立ち直っているようだが、そうすると次には純粋に喜びが沸き上がってくるだろう。穏やかに微笑むアング曹長とは、俺たちも良い関係を築いていきたいな。
「さて、それじゃそろそろ行くとしようか? さっきより増えてさらに暑いしね!」
ロウの号令に、全員が立ち上がる。狭くて暑くてたまらないのはみんな一緒らしく、行動は迅速だ。
「場所は、ここから車で20分くらい飛ばしたところにある、ルミナスってホテルだよ。今回は、そこを貸し切っているんだ」
「ホテルひとつ貸し切りって、また豪快な……」
「あははー、ま、エルリアやバストール基準だとかなり小さいホテルだからね。海外企業の出してるけっこう設備の整ったやつだから、拠点にするにはちょうどいいかなって、リカルドのコネ使ってちょちょいとね」
出し抜けにロウが放った名前……リカルド? コネが使えるような地位にいる、リカルド、という名前の人物と言えば……。
「まさか、リカルド・アロ元首か?」
「うん、そのリカルド。軍との打ち合わせとかで顔合わせてるうちにウマが合ってねー、色々と力を貸してくれているんだ。みんなもいずれ会うことになるんじゃないかな?」
「……またさらっととんでもねえ話が出てきたぞ」
「確かにあの人なら、その程度は造作もないでしょうね。恩恵に預かれるのは有り難いことです」
先ほど車内で話していたことが、割と早く現実になりそうだな。それにしても随分と気安く呼んでいるし、ロビンソン軍曹なども驚いた様子はないな。
「えっと、軍のみんなも元首を見たことが?」
「うん。今の軍を再構築したのは元首だから、実質総司令みたいなとこあんのさ、あの人。下っぱにまでけっこう声掛けにきたりするから、顔見る機会は割とあるよ?」
「へえ。聞いてる限り、何か気さくそうな人だなあ」
「気さくと言うより……いや、直接見てもらった方が早いだろう、あの人に関してはな」
雑談をしつつ、みんなは移動の準備を終えた。並んで外に出ていくと、少し風が強くなっていた。火照った身体には有り難い。
「それじゃ、各自、行きと同じ車に乗っていこう」
「あ、曹長はアトラさんと一緒に乗ったらどうですか? ウチらの前だと素直になれないっぽいですし!」
「……聞き分けのない子供のような言い方は止めろ、アッシュ。私は上官だぞ」
苦言をこぼしつつも、話したいのを我慢しているのは間違っていないようだ。ぴくぴくと尾羽が動いている。
「ならば、俺と瑠奈が曹長と入れ替わればちょうどいいだろうか?」
「そこは意地でも瑠奈ちゃんとセットになりたがるんだな……」
「お前がいる車にひとりで残せるわけがないだろう!」
「キレるとこかそこ!? いやいやいやちょっと待て、いくら俺様でもさすがに恋人持ちにまで手は出さねえよ! てか、けっこう前からお前の背中押してたつもりだったんだけど!? ……いやまあ、スキンシップはするけどな!」
「そういうところが、信頼を無くす原因」
……本人の言うとおりに、こいつの瑠奈への好意アピールは、俺に発破をかけていた面があるのは分かっている。分かってはいるが、そのスキンシップが過剰なのが問題なんだ……。
「申し出は有り難いが、止めておこう。その……一度気を緩めてしまうと、しばらくは元に戻すのが難しくてだな……」
「我が上官ながら苦労する方ですね、あなたも」
「ぐっ。と、とにかくだ。落ち着いて話すのは、一日が終わってからで構わない。だから、私の目がないところでだらけようなどと考えるのではないぞ、アッシュ? お前たちへの振る舞いを変えるつもりはないからな」
「うえ。承知ですよー、もう」
「……なあ、オリバーだっけ? 軍って、こんな緩いもんなのか? それともあいつのユルオーラのせいか?」
「ユルオーラって何さぁ!? …………しばらく喋らん……」
本当に口を閉じてしまった曹長に、オリバーはすました表情で小さく笑う。
「ああいう方ですからね。私たちは特別、気楽に過ごさせてもらっていますよ。もっとも、今の軍は成り立ちが成り立ちなので、そこまで堅苦しい空気は確かにないかもしれないですね」
「成り立ち……貧民に仕事を、ってやつか」
「ええ。アッシュもそうですが、上下関係などに慣れていない者も多いです。とは言え、その辺りに厳しい派閥もいますので、曹長はああして片意地を張っているのです。素養が無いのでよく滑りますが、かろうじて普段は体裁を保てています」
「………………」
「オリバー、曹長が『後で覚えてろ』って顔してるよ?」
「そういうところが威厳ねえ理由じゃねえのか、お前……」
アトラの追い討ちに、曹長は逃げるように早足で車に乗り込んでしまった。アトラはやれやれと首を振る。とにかく、あまり長々と雑談をしていても仕方ないな。俺たちも乗ろう。
気になるのは、厳しい派閥、と言っていたところだな。協力への反対意見はその派閥からだろうか……今後のためにも、憂いは無くしていきたいものだがな。
ロウの言うとおり、ルミナスというホテルは、こじんまりとはしているが、内部は綺麗なものだった。海外からの旅客向けに造られたものらしいが、今はUDB事件のために客がいなかったらしい。ホテルとしても元首の提案は渡りに船だったと、オーナーだという恰幅の良い熊人には随分と歓迎された。……エアコンが効いているな。心から有り難い。
「やあやあ、みんなも集まってるね」
入ってすぐの場所にあった休憩所には、すでに3人の男女が待機していた。イタチ科と思われる若い女性に、うっすら髭をたくわえた壮年の人間の男性、それからおっとりした表情の牛人の女性、という組み合わせだ。