出逢いと再会の異郷 3
「これより我ら3名は、ギルドマスター、ロウ・ワーナー殿の指揮下に入る。作戦指示も、貴殿に委ねさせていただく」
「ふむ。確認ですが、軍とロウの指揮が反するものとなった場合はどうなさるのですか?」
ジンが切り込む。確かに、そこの齟齬は下手をすれば致命的になるな。
「ロウ殿の指揮を優先しろ、との命令だ。これは最高指揮官の指示である」
「仮定の話ですが、その最高指揮官の方から、命令を覆すよう指示が出たとしてもでしょうか?」
「少なくとも、作戦行動の最中に指揮系統を変更するのは愚行である。この優先順位が変わる際には、前もって通達を約束しよう」
「なるほど……分かりました。ぶしつけな質問で失礼いたしました」
「構わない。異なる二つの組織の共闘、認識を合わせるのは必要な事柄である」
踏み込んだ問いではあったが、アング曹長の振る舞いは変わらない。気分を害してはいない……と思うが、表情からは伺い知れないな。その辺りの駆け引きをジンが見誤ることはあまりないと思うが。
「指揮系統を委ねた以上、ロウ殿は我らの上官に等しい。遠慮なく、駒として使っていただいて構わない」
「駒だなんてとんでもない。指示は出すけど、自由な意見は欲しいな。協力なんだから対等に行こうよ、対等にね?」
「それが指示とあらば、私の観点は述べさせてもらう。しかし、決定権は貴殿にある」
からからと笑うロウにも、アング曹長は全く表情を変えず、淡々としている。……お互いに、違う意味で胆力があるな。俺が言うのもどうかと思うが、曹長の無表情は本当に筋金入りだ。だが……彼の語る内容そのものは、比較的ギルドを優先してくれているものだ。
「私は、国防のために貴殿たちへの協力を惜しむつもりはない。そして、ギルドの強みが軍とも違うことは理解している。故に、我々に合わせてもらう必要もない。ギルドらしく、自由に振る舞ってもらえればいい」
「うーん、分かったよ。こっちとしては純粋に助かるしね。あ、俺だけじゃなくて、ウェアルドの指揮権も同等に扱ってもらえるかな。彼も歴戦のマスターだからね」
「承知した」
愛想は無いが……国を守るという心構えは本物のように感じる。それに、ギルドへの理解も示そうとしているのは有難い。これならば、思っていたよりもスムーズに、互いの力を合わせることも可能だろう。
軍の全体がこれならば助かるが、友好的でないメンバーを派遣はしないだろう。話にあった協力への反対意見、それがどれほどのものであるか、だな。
「いかんせん、ギルドは軍などのように規律がしっかりしているわけではありません。そこの海翔のように、まだ若いメンバーも多い。あなた達からすれば、許容できないような緩さがあるかもしれませんが」
「気にすることはない。軍とて、全ての立ち振舞いにまで鉄の掟があるわけでもない。こちらこそ、失礼があれば正してくれても構わない。元々、礼儀作法とは無縁の立場だったのでな」
「無縁?」
「我々は貧民の出なのです。軍で多少は仕込まれましたが、まだ至らぬところもあるかと思います」
「グハハ、それこそ気にしないでほしいな! 俺だってこんなだし、気楽にしてもらった方がやりやすいからね」
「あは……そう言っていただけると助かります。ウチは正直、そういうのが苦手でして……」
ロビンソン軍曹とブレンデン軍曹、二人の言葉に納得する。貧民の出……確かに、貧民にも職を与える政策が取られ、そのひとつが軍だという話は聞いたな。
「さて、立ち話もなんだし、一度中に入ってよ。赤牙の他のメンバーと顔合わせして、荷物をまとめてから拠点に出発しよう」
ロウの先導で、再びギルドの中に戻ることになる。さて、割と順調に話は進んだな。後はこのまま彼らと友好的な状態で話を進めることができれば――
――などという考えは、ロウが扉を開いた瞬間に台無しになったわけだが。
「……あ、あの、すみません。ちょっと近すぎないですか……?」
「いや~、わりぃわりぃ! どうにも狭くて位置取りがな!」
「あう……!? あ、あの、腕、腕が、思いっきり……」
……密度を言い訳にしつつ、明らかに自分から女性陣に抱き付きに行っている赤豹。いま犠牲になっているのは飛鳥で……。
「てめえこの万年発情エロ豹、表出ろやコラァ!!」
「へへっ、羨ましいからってキレんなって奥手くん! ……おっと、バランスが崩れた!」
「って……も、もう、アトラさん!?」
「いい加減にしなさいこのケダモノ! フィーネ、縛って縛って!!」
「甘く見るにも限度はある。そこで止めないなら、5分ほど絞首を執行する」
「それはさすがに死ぬぞ……」
こいつは、本当に。元気を出そうとするにも、他にも方法はあるだろうに。少しは空気を読んでもらいたいものだが……おい、まさか瑠奈には抱き付いていないだろうな。触れていたら後で三枚におろしてやる。
……それはともかく。曹長たちは……当然、その光景を直視しているな。彼らからのイメージを悪くするのは避けたかったのだが。「元気な子だね~」などと呑気に呟いているのはロウだけで、ウェアは盛大に頭を抱えていた。
「おい、客人に失礼だ。そこまでにしろ!」
「うっへ、もう戻ってきてた。軍のメンバーってのは後ろの……後ろ、の……」
「………………」
「……う、ん?」
曹長は、固まっていた。協力者がこのような有り様ならば無理もないだろう、と思ったが……何故か、アトラも固まった。……なんだ、この反応は?
改めて、曹長の顔を見る。そこには、嫌悪ではなく驚愕があった。――驚愕? つい先ほどまで、一切の感情を見せなかった彼が?
「……お前。おい……まさか……」
「……アっちゃん……?」
その、今までとまるで異なる声音での言葉に、俺は思わず己の耳を疑って曹長を見た。
アング曹長は、震えていた。目を大きく見開き、信じられないと言った表情で、アトラを見ている。アトラはアトラで、滅多にないほどに動揺しているのが分かる。
「アトラ……ねえ……アっちゃん、なの……?」
「……ヘリオス、なのか……!?」
「なに……」
「……あ……あぁっ……!」
アトラが、聞いてもいないはずの曹長の名前を呼んだ直後……曹長が、しゃくり上げはじめた。先ほどまでの無表情が嘘のように、彼の瞳には大粒の涙が溜まり始めている。そして、それが決壊するのとほぼ同時に、彼は膝をついて地面に崩れ落ちた。
「ごめん……ごめん、アっちゃん……アっちゃん……!!」
「お、おい……」
「生きてた……アっちゃんが、生きてた、よぉ……! う……うわああん……!」
何度も何度も、謝罪の言葉を繰り返しながら、アング曹長は泣きじゃくっている。……まさか、知人だったのか。だが、アトラの知人ということは。
急な展開の中、アトラが曹長の側に駆け寄ると、彼はその足にすがりつくように腕を伸ばした。泣き叫ぶ姿から先ほどまでの冷静さは全く見えず……一方のアトラは、相手のそんな姿があったおかげか、逆に少しずつ落ち着いてきたようだ。身を屈め、曹長の背中を抱く。
「ごめん……僕は、あの時……見捨てて……裏、切って……庇えなくて、ごめん、なさい……!」
「……馬鹿野郎。何でお前が謝るんだよ。俺はずっと……感謝してきたのに」
「……感、謝……?」
「お前があの時、悲しんでくれたのが分かったから……俺は生きられたんだ。生きたいって思えたんだ。だから……そんな、悲しいこと言うな。せっかく会えたのに泣かれるのは……辛いからさ」
――孤児院で一番仲の良かった奴は、出ていくときに悲しんでくれた。あの時の俺にとっちゃ、それだけでも十分すぎたんだがな。……おかげで、生きてやるって心が折れずに済んだからよ――
かつて、ローヴァル山の一件の後、アトラが改めて語ってくれた過去。そして、ここが彼の故郷であること。それらを照らし合わせれば、事情を聞く必要はなかった。
「……改めて……し、失礼した。早々に、このような醜態をお見せしてしまうとは」
しばらく泣き続けた曹長は、泣き止んで我に返ると、慌てて俺達に謝罪した。だが、その声音には先ほどまでと違って感情が表れている。隠しきれていないと言うべきか。
「ばっか、今さら気取ったってもう素がバレてんぞ?」
「気取るとかじゃなくって、部下の前だと威厳とか色々あるの! ……あっ。こ、コホン……」
「ところで、部下のお二方はご存知だったのですか? 彼の素を」
「そ、それは、その……えっと? まさかこんな秒速でバレるとは思ってなかったんです、けどね……?」
「見ての通り、ボロが出やすい方なので。直属の私たちは、意地を張っているのを生暖かく眺めさせてもらっています」
「お前たちぃ!?」
「……威厳、なあ? 第一、上下関係がどうのとか言ってると、俺らの中だと浮くぞ。郷に入っては何とやらって言うだろ?」
「うっ……」
曹長は誤魔化すように大きく咳払いをすると、改めて一同を見渡した。
「その、アっちゃ……アトラとは、古い友人だったのです。生死も不明だった彼と、まさかこのような場所で再会するとは思っておらず……少々、取り乱してしまいました」
少しだけ口調が柔らかくなったな……。真面目なのは分かるので、軍の規律を優先して厳しく振る舞っていたのだろう。
「もっとも……私は彼を裏切ってしまった立場です。友人と呼ぶのも、おこがましいのですがね」
「……ふう。お前な、俺は怒ってないっつったし、何より友達だと思ってるからこの態度なんだろうが。今さらお前だけウジウジしてんなよ、その方が俺は辛い」
「…………た、頼む。あまり、優しいことを言わないでくれ……ぐすっ……」
「お、おい、こんなんで泣くんじゃねえよ! ……ったく。変わらないな、お前も。甘えん坊で押しが弱くて泣き虫で……一応、お前のが歳上だってのに」
困ったようにがしがしと髪をかきつつ……アトラも嬉しそうだ。この国は辛い思い出が大半だ、言っていたが、その例外のひとつが曹長との思い出なのだろう。旧友との再会に、少し素が出ているのはアトラも同じである。