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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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出逢いと再会の異郷

 カジラートは、テルムの第二都市であり、物流も盛んだ。それゆえに、ここ数年の発展の恩恵を、首都と同じくらいに受けているという。


「……少なくとも、こうして車を運転してても、スリが寄ってくるようなことは無くなったってわけだな」


 そんな感想を述べているのは助手席のアトラだ。後部座席には瑠奈とフィーネ、俺はハンドルを握っている。

 ギルドが用意してくれた車は、型は古いがそこまで悪いものではなかった。全員が1台に乗れるはずもないので、俺とウェアとジンと誠司が、4台に分かれてドライバーをしている。


「急激な発展は貧富の差などが出やすいもの……軋轢を生んだりはしていない?」


「ゼロではないようだが……アロ元首は、貧しい者にも恩恵が少しでも出るように、上手く立ち回ったようだ。己にも益があるならば、大抵は歓迎されるものだからな」


「すごい人なんだね。アガルトの時みたいに、その人に会う機会もあるのかな?」


「可能性はあるだろう。今回の仕事は、国とも協力して行うものなのだからな」


 アガルトの三本柱。リグバルドの思惑に振り回されることにはなったが、彼らも基本的には優れた指導者であったと思う。その上でギルドに協力的なのは助かったが……さて、アロ元首はどうだろうか。政治的手腕と人格は必ずしも比例しないからな。


「軍の体制を整えたのも元首らしい。雇用できる場所を増やし、国民に仕事を与える……その一環らしいな」


「兄さんは、ギルドも当時より整備されていると言っていた。あくまで当時との比較とは言え、確かにあらゆる面でこの国は発展しているらしい」


「なるほど、聞けば聞くほど有能って感じだが、さすがにあのUDB共にまでは手が回らねえか」


「相手はリグバルドだからね……ひとりでどうにかできる話を超えてるよ」


「違いねえな。少なくとも、俺様がいた頃だったら、とっくに負けててもおかしくは……」


「アトラ?」


 話している最中に、アトラが急に言葉を止めた。どうしたのだろうと横目で窺うと、彼は窓の外にどことなく虚ろな視線を向けていた。


「……ああ……この道は」


「どうした?」


「いや……そっちから抜けて、街外れに進んでいきゃ……〈レイランド孤児院〉があるんだ」


 それだけ言われれば、俺たちにも察することができた。彼がいた孤児院、か。


「立ち寄るか?」


「今はそんなヒマないだろ。そもそも……俺のことを覚えてるやつが残ってたとしたら、ほとんどが顔を合わせたくない面々だ。オンボロ孤児院だったから、潰れてたっておかしくはないしな」


「……アトラ」


「……そんな顔するなよ瑠奈ちゃん。ま、この国にいるうちに覗いてはみるさ。シスターがまだ元気なら……詫びくらいはしときたいしな」


 アトラはそう言って、力無く笑った。その言葉は本心なのだろうが、彼が「俺」と言うのは、真剣な時か……余裕がない時のどちらかだろう。

 彼は元々、ナイーブな性格を軽薄な振る舞いで隠していただけだ。……国を出る前に言っていた通り、彼は真剣に自分の過去と向き合おうとしている。だが……彼の意志だとしても、苦しいのは別の話だ。俺も、少しは理解できるつもりだ。

 再び拒絶される恐怖。恩人が生きているかも分からない恐怖……それは凄まじいものだろう。それに立ち向かおうとする彼のことを、俺は心から尊敬する。


 少しだけ沈黙が続き、アトラががしがしと頭をかきながらシートに勢いよくもたれかかった。


「……あー、すまねえ。こんなの俺様のキャラじゃねえっての! そんなことより、ギルドにどんくらい可愛い子がいるかとかそんな話のが大事だぜ」


「空元気は、良くない」


「ばっか。……空元気でも出していかなきゃ駄目ってこともあるのさ、多分な。心配しなくても、もうそこに逃げはしねえよ」


 真面目な口調でそう締めくくってから、アトラは大きく背伸びをした。空元気でも、か……確かに、表面だけでもそう振る舞うことが、意味を持つこともあるのだろう。


「ところでよ、ガル」


「何だ?」


「お前、瑠奈ちゃんとどこまで行ったんだ?」


「ひゃい!?」


 後ろで瑠奈がすごい声を出した。……話題を変えるにも、他に無かったのか、アトラ。


「な、な、なん、なんてこと聞くの! しかも私がいる前で!」


「いやあ、俺様たちはずっとドギマギさせられてたんだし、こんぐらい聞く権利はあるんじゃねえか? まさか、告白の勢いでそのままお楽しみに突入したなんてことは……」


「そこまで節操無しにがっつくか阿呆! キスだけだ!」


「って、何をさらっと答えてるのぉ!?」


 いや、済まない瑠奈、勢いだ。……認めてしまってからは、別に恥ずかしさは無くなった。と言うよりも、いい歳をした男がいちいち過剰に反応する方がよほど恥ずかしいだろう。開けっ広げにする話でもないとは思うが。


「けどまあ、そんな恥ずかしがってたら先が思いやられるぜ、瑠奈ちゃん? 恋人ってのはキスで終わりじゃねえんだぜ? それこそ、あーんなことやこーんなことも」


「そ、そ、そんなのわかっ……うう……」


「しーんぱいすんなって! もし何か分からなけりゃ、俺様がしっかりレクチャーしてやっからよ!」


「おい、アトラ。人の恋人にセクハラを続けるようならば、窓から放り出すぞ……!」


「おおーこわいこわい。ガルも素直になったっつってもオンナゴコロとか分からねえだろ? いつでも指導してやるぜ?」


「大きなお世話だ!」


 と、いつもの調子で俺たちをからかい始めたアトラ。だったが。


「真面目に聞かなくてもいい、二人とも。この男は女性と付き合った経験などゼロだから、にわか知識しかない」


「何で知ってんだよ!? …………あっ」


 などという暴露に撃沈する辺りが、どこまでもアトラらしかった。











 目的地であるギルド〈砂海〉に到着した時には、すでに日も落ちはじめていた。


「グッハハハハ、改めて、よく来てくれたね! せっかく遠路はるばる来てもらって、大したもてなしもできないのは申し訳ないけど、まずは少し休んでよ!」


 豪快な笑いかたにバリトンボイス、ランド並みに恵まれた体格。それに見合わぬ少年的な口調で俺達を出迎えたのは、ギルドマスターの鯱人、ロウ・ワーナーだ。若いメンバーは、その勢いに思い切り圧倒されている。

 彼は元々、フリーランスとして各地を渡り歩いた歴戦の猛者らしい。3年ほど前に、50歳を契機に腰を落ち着けることを決め、当時困窮していたこのギルドを建て直したそうだ。ウェアやランドは旧知らしく、尊敬できる男だと言っていたな。


 とは言え、資金や設備、人員その他はかなり難儀しているのは間違いないらしい。建物も、言ってしまえばエルリアの一軒家ほどの規模しかない。そこに十数名が集ったものだから……必然的に、密度がかなりのものになる。……暑い。


「他のメンバーの方は?」


「今は出払っているよ。今晩には合流する予定だけどね。……うん、それにしても暑い!」


「地元民じゃないんすか……」


「俺は別にここの出身じゃないからね! ほら、シャチって水棲だし? 最初は本当に干上がりそうで参ったものだよ! 慣れたらいけるかなーと思ってたけど……うん、慣れても暑いものは暑いよね、グハハ!」


「はは……確かに、大変そうですね」


 見た目や声の威圧感に対して、親しみやすい人のようだな。積極的に雑談を振ってくれることもあり、みんなの固さも割とすぐに取れてきた。

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