照り付ける太陽
「……あつい」
空港から出た直後、浩輝の第一声が全員の心を表していた。
テルムに到着した俺たちを真っ先に歓迎したもの……雲ひとつない空。照り付ける太陽。それによってもたらされる、深刻な暑さ。知識としては分かってはいたのだが、これは……。
「エルリアの真夏よりひでぇな……」
「だから言ったろ、薄着しとけって。この国は年中通してこんな気候なんだ」
「それにしても……少々きついな。やはり毛を短くしておくべきだったか」
我ながら情けない泣き言だが、苦手なものは苦手だ。かつて環境適応の訓練は受けていたが……慣らしたところで暑いと感じないわけではない。
「瑠奈、理の刃って冷風とか出せねえか……?」
「出せなくはないけど、こんな街中で弓を引くわけにはいかないでしょ」
「……先生、その、お願いが」
「一応言っておくが、オレは扇風機ではないぞ。今後のためにも、慣れろ……」
「ぐぅ……バレてた上に厳しい……先生は暑くないんすか……」
「この滝のような汗でひっついた鬣が見えないのか……? 暑いに決まっているだろう!? オレだって今すぐ使いたいわ!!」
「地が出る程度には参っているようだな……ふう」
体毛のある獣人組はみんな辛そうだ。しばらく滞在するのだから慣れる必要はあるが、熱中症などには警戒が必要だな。
「ヒトは大変だねえ」
「フィオ……あんた、けっこう毛深いのに暑くないの?」
「極寒の地だろうと灼熱の地だろうと、僕たちは適応できるからねえ。暑さを感じないわけじゃないけど、辛くはないかな」
UDBの頑丈な肉体が羨ましい限りだな……落ち着ける場所についたら、毛の長さを整えることを真剣に検討しよう。
「……にしても、だ」
そんな中、アトラは微妙な表情で街を見ている。故郷への拒否感と言うよりも、どこか困惑している様子だ。
「どうした?」
「いや……俺様が離れてからかれこれ五年以上は経つが。随分と、キレイになったもんだなと思ってよ」
言われて、俺たちも街を見る。かつて彼が拠点としていたのは今から向かうカジラートという街。それからこの首都ソレムにもたびたび訪れていたらしい。ウェア達に拾われたのも、そうして首都に出ていた時とのことだ。
それゆえ彼は、首都がどんな街かも記憶していたはずだが……今の街並みは、彼の記憶とは大分異なっているらしい。
「どう変わってんだ?」
「……あっち、一般人が普通に携帯とか持ってんだろ? で、車もこんだけ走ってる。その時点で、もう別もんだ。俺様のいた頃の車なんざ、人混みだの盗みだので街を走れたもんじゃなかったしな」
車道は整備され、かなり普及しているように見える。携帯端末も……持っているものは少ないが、確かに見かけるな。
さすがにエルリアやバストール、アガルトのような先進国ほどのものではないが、アトラからかつて聞かされた話と比較すれば、印象は大きく異なる。その理由は、今回の訪問に合わせて少し調べてはみたが。
「お前が離れたのが五年前ならば、ちょうど今の国家元首が就任するのと入れ替わりではないか?」
「そうなのか? ……悪い、自分が離れてからは、この国のことは調べてなくてよ」
彼の心境を考えれば致し方ない話か。説明はジンが引き取ってくれた。
「現在の国家元首リカルド・アロ氏は、この国の生活水準を劇的に改善させました。雇用制度の見直し、公共事業の推進……労働力は溢れていましたからね。仕事を増やし、与えるというシンプルな政策は成功した。その合間に周辺諸国との交渉を行い、積極的に国外の文明を取り入れつつ、財政面でも上手いことやりくりしてみせた。その結果、首都を中心にテルムは目覚ましい発展を遂げている最中です」
「へーえ。優秀な人が出てきてくれたってことね」
「それでも、まだ五年です。十分に行き届いているとは言い難い。首都から離れるほど、あなたの知る姿に近付いていくでしょう」
「あまり近付いてほしくはねえがな……ま、いい。俺様みたいな色男がわざわざ帰ってきたんだから、それなりには綺麗にして出迎えてもらうのが当然だよな~」
途中で声の調子を変え、いつもの軽薄な笑みを浮かべて見せた。やはり少し気を張っている様子がある。フィーネを見ると、彼女は表情を変えずに頷いた。アトラのナイーブな点を、彼女は読み取れるようになってきている。
「街中は思ったより混乱はしていませんね」
「まだ街をUDBが襲撃したわけではないからな。それでも、不安は高まっているそうだ。中心街でも人通りが減っているし、海外に避難している者もそれなりに出てきたと聞いている」
「済まん、待たせたな」
遅れて、獅子王のメンバーが空港から出てきた。ノックスの事があるため、少し検査に時間をかけていたのだ。
そのノックスはと言うと、今は大きなコンテナの中に入れられ、ランドが運んでいる。一見すると普通のコンテナだが、空気穴があるし中にはライトも取り付けられている。彼自身も納得ずくで入っているそうだ。
「ノックス、もう少しだけ我慢してくれ。ギルドに着いたら出してやるし、その後は街にも出られるように話を通している」
『……ウゥー……』
「あれ? 何だかすごく機嫌が悪そうだね?」
『ア、当タリ前ダロウ! 話ガ違ウ……コンナ、コンナ……』
ん? 話が違う? ストレスなのは分かるのだが、それは彼も納得していたはずだ。ランドを見ると、彼は苦笑しながらコンテナの蓋を軽く開いた。近くにいた俺とフィオが覗きこむ。
その中には確かにノックスがいた。いた、が……。
……毛の色が鮮やかな緑色になっていた。
「……ふふっ」
『ワ、笑ウナァ!』
「い、いや、ごめんごめん。な、何なのそれ……イメチェン?」
「ほら、この子の同族がいっぱいいるって話じゃない? だったら、一目で違うって分かるようにしなきゃ。戦闘で間違えられたりしても困るものねぇ」
『ダ、ダカラト言ッテダナ……姐サンノ色ノチョイスモ酷イシ……俺ノ自慢ノ毛ガ……アァ……』
割と真剣に落ち込んでいる。……気持ちは分かるぞ。俺も同じ事をされそうになったら、必死に他の手段を探すと思う。後で落とすにしても痛むからな……。
「まあ、戯れはほどほどにしてそろそろ動こう。お前達はそのままカジラートに向かってほしい。場所は分かるな?」
「ああ。何かあったらすぐに連絡してくれ。分担と言っても、ソレムとカジラート程度ならば一時間あれば行き来できるからな」
まず、俺たちはこれからカジラートのギルドに向かう。そこで現地の詳しい状況を確認してから、本格的に活動することになる。UDBの襲撃がある以上、今まで以上に荒事が多くなりそうだ。その裏にいるリグバルドがどこまで動くかへの警戒も緩めてはいけない。
……月の守護者は力を増したとは言え、敵は強大だ。テルムのギルドと国軍……上手く力を合わせなければ、この戦いは厳しいものとなるだろう。さて、ギルドはともかく軍だが……彼らは果たして、ギルドの力をどこまで求めているだろう。