天の翼
それから二日間、赤牙は休業して準備に専念した。
物資はギルド側が準備してくれるため、装備の手入れや情報の整理、後は身体のコンディションを整える休息に専念した。今回ばかりはウェアもしっかり休むように念押しでグランゼールさんから指示をされていた。
そして今、俺と瑠奈、暁斗の3人が、ウェアの部屋に集まっていた。別に指し示して集まったわけではないが、尋ねるとすでに2人がいたのだ。せっかくなので、話の中に入らせてもらうことにした。
「ウェア、しっかり休んでいたか?」
「ああ。この間の一件で、ラッセルとコニィから散々絞られてしまったからな。俺も反省すべきだと思っている。……思っているから、かわるがわる確認しに来るのは勘弁してもらいたいのだがな」
「はは。日頃の行い、じゃないですか?」
「私たち、ラッセルさんからだいぶ念を押されていたんですよ? 必要なら枷でもつけておいてくれ、って」
低く呻いたウェア。どうやら、このメンバー以外も同じことをしていたらしい。だが、この人は監視しておく程度がちょうどいいのかもしれない。
「ガ、ガルフレアこそ、休んでいたか? お前も鍛練を始めると加減を忘れるタイプだろうが」
「どこぞの誰かの血が濃いことを自覚したので、気を付けるようにしたよ。なるほど俺もこんな感じで心配をかけていたのか、とな」
「……ぐう。お前、手厳しくなっていないか?」
「身内には手厳しくなれるってことですよ。な、ガル」
「ふ、そうだな」
このメンバーならば隠す必要もない。瑠奈がウェアの翼を見たことは……俺と父さんの関係を知ったことは聞かされている。そして、暁斗もまた。
「お兄ちゃんも知ってたんだね……」
「まあ、そりゃな。ヴァン父さんのPSも、光の翼が出るんだ。月の守護者を知ってるのに、感付かねえ方がおかしいだろ?」
後から知った話だが……暁斗はウェアに、真実を話さないのかと言っていたそうだ。それに対するウェアの返答は「時間が欲しい」だったらしく、暁斗もそれに納得した。
彼はどちらも理解しているのだろう。真実を知れなかった立場の辛さも、真実を告げることの怖さも。腹をくくるのに時間が必要な事が分かっているから、待ったそうだ。……恐らくは、自分も未だに全てを話せていないからこそ。
「それにしても……あのような形で、お互いに存在すら知らなかった従兄弟と知り合っていたなど、数奇にもほどがあるな」
「あ、そうか。ガルと暁斗って、そうなるんだね……」
兄貴分どころか、本当に血縁だったのだから凄まじい話だ。瑠奈との血縁はないため、彼女との関係に問題はないのだが。
「しかもそれが、将来的には義兄弟になりそうなんだぜ? 従兄で義弟とか面白すぎだろ、さすがに」
「だ、だから気が早すぎでしょ、お兄ちゃん!」
「考えてねえのか、そういう事?」
「いや、それは、まあ……その?」
「……途方もないというのが正直なところだな。何せ、恋人になれたのもつい最近の話だ」
「ふふ。俺は、早いところ孫が見てみたいんだがな」
「そ、そ、そっちはもっと早いです! 一応はまだ普通の高校生なんですからね、私!」
瑠奈が今までにもなく紅潮している。俺を散々からかっていたのは冗談の中だからこそ言えただけらしく、彼女はなかなかに純情だ。
気が早いのは確かだが、考えていないと言えばもちろん嘘になる。俺は、瑠奈と結ばれたいし、彼女との子供が欲しいし、彼女と家庭を築きたいと心から願っている。だが、とにもかくにも、全てが終わってからでなければな。
……そういえば、もしもエルリアで教師に戻れば、生徒との恋愛になってしまうのか。……慎吾に頼むしかないか。俺たちの関係そのものは電話で祝福を受けたから心配ないが、逆に玩具にされる予感はある。背に腹は代えられないがな……。
「うん、でも……偶然って言うには、出来すぎてるよね。ウェアさんとガルのことも、ガルと暁斗のことも」
「ある程度は必然だったって俺は思うぜ。俺たちみんな、知らないうちに英雄と関わりがあったし、リグバルドのこともある。多分、どっかで形が違っても、いつか知り合ってたんじゃないかな」
必然だった、か。確かにな……もしかしたら、俺がかつての仲間を裏切らずとも、この縁は俺たちを結んでいたのかもしれない。だが、その時は異なる関係になっていただろう。こうして仲間として集まれたのは、必然の中でも良い道を選べた、そう思える。
「そう言えばさ、ウェアさんもガルも、ヴァンさんも? PSは、翼が出てくるんだよね」
「ああ。それが俺たちの血筋に宿る力……『天の翼』だからな」
俺の〈月の守護者〉。ウェアの〈天空の覇王〉。偶然ではない、血の繋がりによる能力の継承、か。
「翼の形状や、出力の特徴は個人の性格や経験による。だが、総じて言えるのは、己の生命力を強化し、それを戦闘力に変換する作用があることだ。俺たちの血筋は特に継承確率が高くてな。俺の知る限りは、暁斗を除いて全員だ」
「じゃあ、暁斗にもいつか翼が生えたりするのかな?」
「そんな蜥蜴の尻尾みたいにホイホイ生えるもんでもねえだろ。でも、そうだな。どうなんですか、ウェアさん?」
「幻影神速も十分にお前の心を映したものだろう。だが、お前はヴァンの血を濃く引いているからな。条件が揃えば目覚める可能性もある」
要するに、昇華を果たすかという話だな。幻影神速が身体強化能力であることは、その素養のせいだったのかもしれない。それでも、翼を宿すに至らなかったのは……彼が己の血に迷っていることと、無関係ではないだろう。
「目覚めたとして……俺はどんな翼になるんだろうな。ガルが月なのも、ウェアさんが天空なのもしっくりくるし」
「そうだな……お前はやはり、太陽だろう」
「それ、名前で言ってねえか?」
「それ以外もだ。お前の存在は、みんなの気持ちまで明るくしてくれる。お前が思っている以上に、みんなはお前に照らされているんだぞ」
「ふふ、そうだね。お兄ちゃんがいないと、みんな暗くなっちゃうし」
「……そう、か。面と向かって言われると、ちょっと照れるな……」
だからこそ、もしも暁斗がその力に覚醒できるのならば、それはきっと……太陽から陰りが無くなった時。彼が彼なりの答えを見付ける瞬間になるだろう。
俺は、みんながいたからこそ答えを見付けた。だから、今度は俺がその恩を返す番だ。暁斗だけではない、誰もが何かしらを抱えたこのギルドで、みんなが答えを出す助けになってやりたい。
「天の翼、か……俺もいつか、それを……お前みたいな翼が欲しいな、ガル」
「……そうだな。肩を並べることを、楽しみにしているよ」
恐らく暁斗にとっては、それは単なるPSの強化以上の意味を持つ。己の血を確かなものと感じるための……だが、それだけを求めていては、大事なものを見失ってしまうだろう。難しい問題だがな。
談笑も程ほどに、その日は解散して……そして、翌日。俺たちは、獅子王のメンバーと共に、テルム国へ到着した。