人との関わり
「おや、ガルフレア! 今日は表なのかい?」
「ええ。たまには気分を変えてみるのもいいでしょう?」
red fangの営業中。馴染みの客に声をかけられた俺は、素直に会話することができている。
最近は厨房にばかり入っていたから、本当に久々だ。そしてこれは、俺が自ら望んだことでもある。
俺は先日まで、自分から人と積極的に関わろうとしなかった。だからこそ、人との会話が少ない厨房に逃げていた。そんな理由で料理をしていては、客にも他のメンバーにも失礼だ。
そして、遺跡の一件を経て、もっと人との繋がりを意識したいと思った。こうして客と触れ合うのもその一環だ。
もっとも、この理由を話したところ、ウェアからは「いくらなんでも生真面目すぎるだろう」と苦笑されたのだが。……自覚がないわけではないが、どう考えてもあの人には言われたくない。
「楽しそうだね、ガル」
「ああ、楽しいさ。こうして、色んな人の笑顔を見るのはな。その笑顔に自分が少しでも関われていると思えば、尚更だ。……などと、少し気取りすぎかもしれないな」
「おーおー、気取りすぎて歯が浮くぜ。クールで影のあるガルフレアさんはどこに行ったのやら」
「別にそういう振る舞いを心がけていたわけではないがな。それに俺の場合は、ただ卑屈だっただけだ」
「はーあ、さいですか。お前みたいなイケメンなら卑屈もクールに、根暗もミステリアスに、顔が良いのは七難隠す! 世の中間違ってますよほんとに!」
「顔がそこそこでも隠せない難もある。あなたの露骨な女たらしのように。それに、ガルフレアがモテなかったからと言って、アトラがモテるわけではない。まずは自分を磨くという発想がなければ、あなたはいつまでも三枚目」
「……いつも思うんですけどどうして俺への毒だけ饒舌になるんですかフィーネさん? そこまで言ってないじゃないですか……?」
「あ、泣いたぞ……」
「あはは。アトラもカッコいいと思うよ、私は?」
「さっすが瑠奈ちゃん男を見る目あるぅ!」
「立ち直るのが早すぎるだろう、と言うよりもどさくさに紛れてひっつこうとするなこの発情期が! 三枚下ろしにされたいのか!?」
「コホン! お前たち、戯れるのは後にして配膳しろ、スープが冷めたらどうする」
珍しく本気でウェアからの圧を感じ、全員慌てて解散する。彼はおおらかだが、こと料理に関しては真摯だからな……怒らせたら大変だ。
「はは! ガルフレアも、割と愉快な男だったんだな」
「申し訳ない、見苦しいところをお見せしました。……片意地を張らずに過ごせるギルドですからね、ここは。素も出るようになりますよ」
最近は、自然に笑えるようになってきたと思う。前までは、何をしている時にも漠然とした不安がつきまとい、心からは笑えていなかった。
無論、過去も未来も、そこにある脅威も消え去ったわけではないのは分かっている。だからこそ、穏やかに過ごせる時を俺は大切にしていきたい。改めて、そう思ったのだ。
「ギルドの力だけか、ガル? 最近は、もっと大きな事があったじゃないか。なあ、ルナ?」
「レ、レン、それは……」
「……そうだな。愛する人に愛していると言えることは、確かに気持ちの大きな変化になった」
「お? おいおい、まさか、お二人……」
「ええ。俺と瑠奈は、恋仲になりました」
おお、と馴染みの顔だけでなく、あらゆる席から歓声が上がる。おめでとう、の他に、やっとか、などと聞こえてきた辺り、俺の感情は客の間でも割と筒抜けだったようだ。みんな俺を見てくれていたんだな、と思うと、少し気恥かしさもあるが、同時に身近な繋がりを感じられて嬉しくもあった。……ちくしょう狙ってたのに、と言った近所の親父とは、一度ゆっくりと話をしようか。そもそも既婚者だろうがあなたは。
「ち、ちょっと、ガ、ガルフレア!! こんな、お客さんいっぱいいる前で……!」
「いずれは知られることだろう? それとも、君はデートの時にも恋人であることを隠すつもりか。俺は恋人として堂々と紹介できないか? だとすれば、悲しいな」
「そ、そういうわけじゃなくて、いや、ガルはすごく素敵だけど……も、もう、からかってるでしょ! 前まであんなに恥ずかしそうにしてたくせに! ば、馬鹿!」
「ふふ。思えば、君は散々からかってくれていたな。そのお返しだ」
「……こうも立場逆転すると面白えな」
「はは、ほんとに。開き直ると楽しそうだな」
瑠奈の顔は本気で真っ赤になり、俺からすればそんな仕草すらいとおしい。少しいじめてしまったかもしれないが、愛しているものに愛していると言って何が悪い。……蓮の前で、と思わなくはないが。
蓮は、俺たちの関係を笑顔で祝福してくれた。俺の告白をあいつらが盗み聞きしていた事には気付いていたがな。……今、こうして瑠奈を愛している俺からすれば、きっと蓮がショックを受けたことは理解している。その笑顔を作るまでに、どれだけの事を考えたのだろう、とも思う。
それでも、それを表に出さない彼の気持ちを俺は尊重したい。遠慮などすれば、それこそ彼への侮辱になるだろう。だから、俺は自然に振る舞うようにと決めた。
「で、そっちはどうなんだい? フィーネちゃんとアトラも、随分と仲良くなったように見えるけど」
「お? そう見えるかい、おっちゃん。いや~、俺様の隠しきれない魅力がどうしても女の子を魅了してなあ、フィーネも俺様がきっかけで入ったようなもので……」
「魅了されたわけではない。面白い人だと思っただけ。もちろん玩具的な意味で」
「うおおぉい!?」
「そもそも、あの一件は誇れるようなものではないはず。私の記憶にある限りだと、そもそも私とあなたが出逢ったのは、あなたが」
「あ、フィーネさんそれだけはやめてください、割と個人的にきつい案件なので真剣に泣きそうです、オトコの失態を公開処刑するのは勘弁してください」
「……やれやれ、まだまだっぽいな」
フィーネとアトラの関係は、周囲からすれば不思議に見えると思う。普段はこうやって、アトラに対しては辛辣極まりないフィーネだが、いがみ合う様子は特になく、むしろ息が合っている。アトラだって何だかんだと言いながら、いつもフィーネを気にかけている。
彼女は、非常に誤解を招きやすい性格はしているが、その実は度が過ぎるほどに素直だ。俺があの昏睡から目を覚ましたとき、彼女は俺に謝罪した。俺の死を連想させることをみんなに言ったらしいのだが、それをわざわざ俺に謝ったのだ。……いつもと同じ無表情だったが、その言葉には確かな後悔があった。さすがにもう、俺にも分かっている。彼女は、感情の表しかたが人とは違うだけだと。
素直すぎるが故に、ジンのアトラへの対応を真似て、そのままそれを自分なりの付き合い方に変えた。そう考えると、アトラへの毒も手荒い制裁も、彼女なりの模索、そして信頼の結果に思えてくる。
「いやあ、しかしカップル誕生とはめでたいめでたい! おう、マスター、ここは祝い酒でも振る舞うべきじゃないか?」
「はは、理由をつけて飲みたいだけじゃないのか。昼間からあまり飛ばしすぎると仕事に響くぞ? まあいい、せっかくだからとっておきの一本を開けるとするか」
「へえ? そんなのがあったのかい!」
「伊達に長く酒場のマスターを兼任してはいないぞ? 良い酒があれば、キープぐらいはする。ジン、取ってくるからその間は任せるぞ。ひとり入れてもいい」
「かしこまりました、では、誰か少し手伝っていただけますか?」
「ならば私が手伝う、兄さん」
「いや俺がやろう。是非俺がやろう、ああ」
「……必死だな、ガル」
フィーネを全力で制してキッチンに向かう。いや、せっかく自分の意思でこちらに出て来ておいて何なのだが……。
悪く思うな、フィーネ。
自分が口に入れるわけではないと分かっていても。
二回目のケーキは普通に美味かったとしても。
……レシピ通りに作らせれば安全かつしっかり再現することが、証明されているとしても。
それでも……一度植え付けられたトラウマとは、簡単には消えないもの、なのだ。