尽きぬ悪夢
「う、あああああぁ……!!」
――地面に広がっていく赤色。それに声を上げたところで――目の前の風景が、切り替わった。
「……はあ、はあ、はあ……?」
そこには何もない。さっきまでみたいな血だまりなんてどこにもない。いつもどおりの、オレの部屋。頭が、一気に覚めていく。
……また、か。
最近は、ほんとによくこの夢を見る。そのたびに、こうして目を覚ます。……もう何年経ったかってぐらいなのに、ちっとも慣れない。いや、慣れてはいるのか。とっさに、声を抑えられる程度には。
今回はマシな方だ。アガルトの時と違って、考えははっきりしてる。一人の時にああなっちまったら、真剣にまずい。下手するとそのまま力が暴発して……。
「…………!」
腕が、光っている。オレの力……時の歯車。あの時、『こんな時間、無かったことにしたい』『ぜんぶ巻き戻してしまいたい』って、そう願ったオレに宿った、PSの中でもさらに異質なチカラ。
だけど、オレにできたことは、何もかもが中途半端だった。
深呼吸をして、何とか気分を落ち着ける。それに合わせて、光も弱くなっていく。……何なんだよ、オレは。こんなのを何年も繰り返してるくせして、ちっとも。
部屋のドアが、開いた。鍵を締め忘れてたらしい。
「浩輝、入るぞ」
「……海翔……」
隣の部屋だからか、カイには聞こえちまったのか。起きたばっかには見えないし、また夜更かしして本でも読んでたんだろう。
「あ……オレ……」
「いい。何も言うな。こういう時、見なかったことにしてやるくらいには、気は利くつもりだ。言いたいことがあるなら、別だけどな」
とても、優しい声音。いつもの荒っぽいこいつとはまるで違う、まるで……昔みたいな、こいつ。
そのまま、カイはオレに近付いてくると、オレの目元をぬぐった。……泣いてたのか、オレ。
「ごめん……」
「何で謝るんだよ。俺がこうしてやるのは、当然だ」
「当然、なんかじゃねえだろ。オレは、お前に……どんだけ嫌われたって、しょうがないのに……」
「止めてくれ。有り得ない。そんな事は、俺が死ぬまで有り得ないんだよ、浩輝。何度も言っているはずだ。それをちゃんと証明してきたと、自分では思っているんだけどな」
海翔は、どことなく寂しそうで……オレはきっと、彼の気持ちを踏みにじってる。ああ、知ってるよ。海翔は絶対に、オレを見捨てない。見捨ててくれない。それでも、分かってても、オレは。
「お前がどう思ってたとしても、オレは……どうしても、オレが、許せねえんだ……」
「……そうか。だけど、だからって自暴自棄にはなるなよ。助け合ってこその友達、って、お前がいつも言っていることだろ。お前が苦しいのは、俺も苦しいからな」
「………………」
そう言って、カイはオレの頭を少し乱暴に撫でてきた。……昔はよくしてくれたっけ。暁兄がルナにやってるの、真似したのが最初だったな。……荒っぽいけど、竜人の頑丈な掌は、何とはなしに心地よくて。少し、気分が落ち着いた。
「ま、お前がどう思おうと俺は勝手に生きるだけ、なんだけどよ。分かってんだろ? お前は俺の友達だろ。悩みの相談くらいなら、いつだって受け付けてるぜ」
「……うん」
いつも通りの喋り方になったこいつは、笑ってオレから離れた。変に慰められるよりそっちの方が良かったし、こいつもそれを知っててこうしたんだ。
「ありがとよ、カイ。……もう大丈夫だ。あまり夜更かししねえで、とっとと寝ろよ」
「おう。オバケが怖くて眠れねえなら隣で寝ててやるぜ?」
「な、何歳の時の話だっての。ったく」
本当はまだ辛いのを誤魔化しながら、オレは部屋から出ていくカイを見送る。そして、自分の荷物からいくつか錠剤を取り出すと、それを口に放り込んでから、また横になった。