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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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そして、激動の時代は幕を開ける

 同時刻――エルリア。





「………………」


 端末とモニターに囲まれた広大な室内で、綾瀬 慎吾は膨大な情報を整理していた。周囲からはタイピングの音が絶え間なく響き、スタッフ達が所狭しと動き回っている。


「綾瀬先生、遠見先輩からの定期通信が入りました。作戦に支障は無し……引き続き、潜入を続けるとのことです。送られてきたデータを回します」


「了解した。……ふむ。予想通り、か」


 自分の端末に映し出された情報を眺め、慎吾は呟いた。そこに記されていたのは、リグバルドについての事。彼らの動きが、目に見えて活性化してきたという報告。


「遠見は期待以上に働いてくれているようだの?」


「伊達に俺が右腕を任せているわけではないですよ。誰かさんの潜入案のせいで、必要以上に苦労はしているようですが」


「がっはっはっは! あやつは本当に生真面目だからなぁ。……別にふざけてあの案を出したわけではないぞ? 堂々としていれば、逆に真意を目立たせぬもんだ」


「生真面目なのが分かっているならば、やりすぎないように監修してやってほしかったところですね」


「うーむ、いくらワシでも、あそこまではっちゃけるとは思わんかったぞ?」


 その提案を聞いた瞬間、いますぐ死にたいと言いたげな顔をしていた教え子を思い出し、慎吾は溜め息をつく。最近では半ば自棄になっているようで、そのおかげで上手くいっているらしいのは皮肉と言うべきであろうか。

 モニターを勝手に覗き込んできた話し相手もまた、猛禽類の鋭い瞳をさらに細めた。


「悪い方の予想は当たりそうなのだな、綾瀬」


「ええ。むしろ、今までが大人しすぎたとも言えます。行われた実験の非道さに対して、被害は少なかった。まだ本気ではなかったのは分かっていましたが」


「だが、本格的な侵攻を始めればまた別、か。しかし、我らとて、今度は一方的に侵略を許すつもりはない。であろう?」


 慎吾は、自らの恩師であり、この場の最高司令官である隼の鳥人、高嶺 康人(たかみねやすと)の言葉に頷く。

 備えが間に合わず、闘技大会では遅れを取った。だが、何度も同じような好き勝手を許すつもりはない。


「楓たちも、手はず通りに動いています。後は……ガルフレア達の動きが鍵となる」


「ウェアルドに上村に、お主の子供たちか。聞くところによると、大活躍ではないか。……ああ、いや、すまぬ。さすがにお主にとっては気が気ではなかろう」


「下手に守ろうとするよりも、あちらの方が安全です。それに、あいつらの気持ちは俺にも分かる。……息子の苦しみに気付けなかった俺が言う言葉ではないかもしれませんがね」


「暁斗のことは考えすぎるでない。お主も人の子、万能ではないのだからな。至らなかったと思うのであれば……」


「振り返るのではなく、これからを考えろ。あなたがいつも言っていることですからね、承知はしていますよ」


「ならば良い。では……さっそく、これからについて考えねばならぬな」


 改めて、部屋の中を見渡す。そこにいるのは、一部の協力者を除き、年若いスタッフばかりだ。――彼の教え子のうち素質を見出だされた者から、来るべき時のために結成された、この集団。この侵略について話してもなお、舞台から降りなかった者たちの集い。


「嫌でも忙しくなるのだ。ほれ、発破をかけてやったらどうだ?」


「それは総司令たるあなたの仕事では?」


「ガラではあるまい。……鳥だけにな!」


「……当麻に煮てもらいたいのですか?」


「がはは。そもそもワシはお主の教師ではあったが、あやつらはお主の教え子であろう? お飾り総司令は、自分の力が活かせる時までお飾りに徹しておくさ」


 豪快に笑う康人に、慎吾はこれ見よがしに溜め息をついてみせた。人を手玉にとることが得意な彼であっても、さすがに勝てない相手はいるようだ。

 見ると、スタッフ達はふたりのやり取りに気付いたのか、視線をこちらに集めていた。皆が自分に求めていることを悟り、慎吾はゆっくりと立ち上がった。


「……各員に告ぐ。リグバルドの侵略は、ひと月も経てば本格化するだろう。次はどこが狙われるかも分からない。放っておけば世界は奴らのものになる。それだけではない、様々な思惑が絡み、見えざる脅威は世界中にひっそりと広まっている」


 リグバルドのこと、それに対する影のこと。これまでに起こった事件も、彼らにとっては前哨戦にすぎない。ならば、本格的に燃え上がった炎は、果たしてどれだけの被害を招くのであろうか。


「だが、世界に広がっているものは、悪意だけではない。理不尽に立ち向かう存在もまた、確かに存在する。我らだけではない。俺のかつての仲間たち、正しき指導者に導かれた国家……そして、俺の子供たちもだ」


 それでも、彼らの表情に怯えはない。それは戦いを知らぬからではない。彼らは皆、真の危険というものを体験したことがある。その上で持った、本物の覚悟。揺るがない信頼。

 絶対に誰ひとり欠けることなく生き延びる。慎吾がいつも語る、本当に守ることの意味。それを理解している者だけが、ここにいる。


「この国は、世界は、奴らの好きにはさせない。この俺の全てを賭けて、ここに誓おう。だから、その代わりに……〈図書館 〉各員。お前たちの命、俺に預けてもらうぞ!」


『はい!!』






 ようやく繋がった、青年と少女の心。集う仲間たち。彼らもまた、燃え上がる世界の中心にいることを悟った。その上で、それに立ち向かう意志を持ち、力を高めていく。


 その影で、己の心を砕く者。繋がった輪に走る、危うい亀裂。

 我欲のため、争いを広げる者。全てを蹂躙するその牙は、既に磨がれた。

 理想のため、あらゆる犠牲を覚悟する者。過去から忍び寄る己の罪、戦い。

 そして、未だ明かされない真実。そこに秘められた、己が血の宿命。





 間もなく彼らは悟るだろう。激動の時代は、始まってすらいなかったのだと。







第二部 赤き牙と惑う心  ~完~




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