傭兵たち
「で、雑談しに来たわけじゃねえだろ。そろそろ次の仕事ってとこか?」
「ええ、用件のひとつはそれですね。これから先、あなたには重要な作戦をいくつも任せることになるでしょう。今から次の任務について会議を行いますので、参加していただけますか?」
マリクの誘いに、特に断る理由もなくクリードは立ち上がる。少なくとも、この部屋で飼い殺しになっている状況から脱却できるのは彼にとって望ましい展開だ。
この豪勢な報酬も先行投資だと思えば多少は納得できる。警戒を解くわけではないが、これから始まるのは、彼にとっても最大級の戦乱。上手くこれを生き延びれば、後は緩やかに余生を過ごして有り余る金を稼げるはずだ。
回廊を歩くマリクとクリード。クリードは現在、将軍に準ずる待遇を受けている。それに納得いかない兵も多いであろうが、少なくともすれ違う者はクリードに頭を下げてくる。
「畏まられるのは苦手なんだがね」
「あなたは無頼漢ですからね。しかし、大蛇に憧れる傭兵は数多いとも聞きますよ?」
「知らねえよ。俺は俺のやりたいようにやってるだけだ。種族を無視した二つ名だって、どっかのセンスねえ誰かが勝手に付けただけだしな。……ま、周りが俺をどう思おうが知ったこっちゃねえが、便利なのは確かだな」
事実、クリードは独特のカリスマを持っている。それもまた、クリードにとっては武器のひとつだ。自分ならば勝利を導いてくれると信じてやまない者は、彼の命に従いやすいからだ。――クリードが、その勝利のために彼らを犠牲にすることを厭わないとしても。
「そういう意味では、あなたも多少は動きやすくなるかもしれません。今回、本格的に傭兵を雇うことになりましてね。この前の小規模な特殊部隊とは違い、軍の一角を担える人数です」
「へえ? なるほど、本腰を入れてきたのは確かみてえだな」
「くく……我らからしてみれば、倫理観よりも損得で動く者が多い傭兵の方が御しやすくもあります。リスクに見合ったリターンならば用意できますからね」
傭兵は、その多くが貧しい。命のやり取りでしか、生き延びることを許されなかった者たちだ。ならばこそ、巨額のリターンが提示されれば、リスクが高くとも食い付いてくる者は多いだろう。
「しかし、数だけを増やすつもりはありません。あなたと同ランクの傭兵も雇用し、部隊の指揮を任せるつもりですよ」
「ジョシュアの野郎も欠けたしな。穴埋め候補は決まってんのか?」
「……くく」
意味深に笑うだけのマリクに首を傾げる。だが――次の瞬間、クリードは抜刀したかと思うと、振り向き様に刀を振るう。そして響く、鋭い金属音。目にも止まらぬ速さで襲い掛かってきた何かの武器が、クリードの刀と鍔迫り合いを繰り広げている。
「あっはははは! さすがだね!」
「てめ……!」
無邪気で楽しそうな笑い声を上げたのは、一人の少女であった。オレンジ色の体毛に身を包んだ、リスの獣人だ。そしてクリードは、この少女を知っていた。あからさまに顔をしかめながら、押し返す。
「おい……エルザ!」
「久しぶりだね、クリードのオジサン。んー、当てられるかなって思ったんだけど、オジサンは手強いねー」
曲芸のように一回転しながら、地面に降り立つエルザと呼ばれた少女。悪びれる様子もなく笑う少女を、クリードは激しく睨み付けた。
「腕試しなら真剣を使うんじゃねえ。殺す気かよ」
「まあまあ、そう怒んないでよ。クライアントの指示だし?」
「……おい、旦那」
「くく、申し訳ありません。お二人の実力を確かめる良い機会でしたので。それに、殺さないようにとは言いましたよ?」
「そうそう。オジサンだって本気じゃなかったのは分かってるでしょ?」
「そういう問題じゃねえよ! ……旦那も、さすがに次はねえぞ? 俺は、障害になるもんは前もって除去しとくってのが信条だ。それがクライアントでもな」
「おー、怖いねー」
「大変失礼致しました。あなたの実力は知っていましたから、ほんの戯れのようなものでしたが、次から控えましょう」
悪趣味な道化が、と内心で吐き捨てながら納刀する。先の攻撃は、殺気を感じなかった。本気の不意討ちであれば、クリードも手傷を負っていたかもしれない。それだけの実力が、この少女にはあるのだ。
殺気とは、当然それ自体が具体的に目に見えるものではない。だが、感知はできる。空気の流れ、音、相手の表情に、些細なものも含めた一挙一動。それを感じられなければ、生き延びられなかった。感じるからこそ、二人の言葉が事実なのも理解してしまい、舌打ちする。
「ごめんごめん、挨拶代わりだと思ってよ。これから一緒に戦う先輩に、自分の実力を示すためのさ」
「こんな挨拶があってたまるかよ。……遊び感覚で武器を振るうのは相変わらずだな、クソガキ。それでいて、マジで遊んでやがるのが質がわりぃ」
「あは、もちろんマジだよ。戦うことも遊ぶことも、アタシにとっては同じだからね! 全力でやらないと損でしょ?」
「ネジが飛んでやがるぜ、ったく。グレイオンの野郎も、とんでもねえ化け物を育てたもんだ。あの野郎はどうだ、最近は?」
「んー、オヤジなら変わらず酒場やってるよ。意外と人気出てるんだから笑っちゃうよ、あのゴツい見た目のくせしてね」
巨大な傭兵団を率いておきながら、ある日突然に傭兵家業から足を洗ったクリードの知人は、しぶとく生き延びているらしい。そして、彼が己の技を叩き込んだこの養子が、戦闘兵器と呼ぶに相応しいことも、よく知っている。
「しかし、こいつを雇うかよ、旦那。あんた、ハヴェストの野郎と言い、悪趣味すぎねえか?」
「おや。彼を継続雇用したことが意外でしょうか?」
「そりゃな……いや、別にあいつが嫌いなわけじゃねえが。個人の実力としてはさておき、旦那とは波長が合わなそうってか」
「私は、己の生き様を貫く者は好ましいと思っていますよ。あなたやエルザもそうですがね」
「あれと一緒かよ……まあ、あいつはどうでもいい。このじゃじゃ馬は実力こそ本物だが、制御は難しいぜ?」
「ひっどい言い種だなー、オジサン。アタシはクライアントの意向はちゃんと守るタイプの傭兵だけど?」
「さんざん好き勝手に暴れながら、な。ったく、作戦は分けてくれよ? こいつの戦闘に巻き込まれるのは御免だ」
「あはは。他のメンバーの名前を聞いてから言った方がいいよ、それ? アタシがマシな部類なんだから」
エルザの言葉に、クリードは眉間を寄せてマリクを見た。
エルザは、自分がイカれている自覚のある女だ。そんな彼女が、自分で自分をマシだと言った。ならばいったい、己のクライアントはどんな最悪の面子を集めたのか、と興味深い視線を送る。
「現時点で、指揮官を任せようとしているのはあと3名です。全員があなたとは面識があると言っていましたよ? アイビー女史などは、なかなかに好意的な発言をしていましたが」
マリクが挙げた名前は、確かにクリードの知人であった。知人と言っても、親しいわけではない。しかし、実力だけは確かに認めている、ひとりの女性。
「〈毒花〉の姐さんかよ。俺のこともだが、本気で最高峰の傭兵を揃えるつもりか?」
「自分で最高峰って言っちゃうんだねー」
「傭兵にとっちゃ自分の身が商品だ。商品はしっかり褒め称えるのが販売のコツだぜ? ……ああ、まあ、確かにお前のがマシかもしれねえな。アレは筋金入りの悪女だ、関わった野郎は何もかも奪われちまう。嫌いじゃないがね」
「ふ、彼女はしたたかで駆け引きが上手いですからね。そして、あと2名ですね。彼らはかねてから面識があり、本格的な作戦の始動に合わせて召集する事となりました。前置きが長くなりましたが、名前は――」
――マリクが口にしたその名前を聞いた瞬間に、クリードは絶句した。
あんぐりと口を開け、信じられないものを見るような顔でマリクと向かい合う様は、常に泰然としているクリードらしからぬものであった。
「クク。あなたでもそのような顔をするのですね。少々意外ですが、貴重な体験ができましたよ」
「ま、当然だけどねー。アタシだって、その名前を先に聞いてたら、雇われるの迷ったかもしれないし」
「おい……おいおいおい。ちょっと待てよ。洒落になんねえぞ? 悪趣味って言ったが、そういう次元の問題じゃねえ。冗談だろ……?」
クリードの言葉に、マリクはただ小さく笑うだけだった。それが何よりの返答であり、クリードは思わず頭を抱えた。
「……くそ、マジかよ。正気の沙汰とは思えねえぜ? アレは傭兵としてカウントしていいもんじゃねえ。あの野郎は……」
己を外道と称し、清濁併せ持つ器量すら備えたクリードにも、線引きはある。彼の生き様と根本的に相容れない、不倶戴天の存在。エルザの言葉を理解したクリードは、初めて彼らに雇われた事を後悔すらした。
「秩序なんざ何も無い。何もかもを喰い尽くすまで止まらねえ。……最低最悪の、狂犬だ」