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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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影の剣

 フェリオと共に拠点内へと戻った俺は、他の六牙が到着したことを聞き、すぐに彼らの通された会議室へと向かった。部屋の中には、既にミーア、ルッカ、ラドル、そしてもう一人が待機していた。


「よう、お二人さん」


 気さくに話しかけてきたのは、白い癖毛の髪を無造作に跳ねさせた、人間の青年。顔立ちは整っており、ピアスを空けている他にもアクセサリをいくつか身に付け、一見すると遊び人のようにも見える。


「ドクター・ニール……来ていたのか」


「おう。今回は全員集合だからな、さすがに俺だけ引きこもってる訳にはいかねえだろ? 久方ぶりにお前さん達の元気な顔も見ときたかったしな」


「いやほんと、ドクターが来てくれて助かりましたよ。場の空気が全く違いますからね」


「……何故こちらを見ながら言う」


 彼こそが、俺達の技術長であり……最後の六牙である、〈白鷺(しらさぎ)〉のニール。本人曰く、姓は無いし必要ないとのことだ。俺たちは全員の出自を把握しているわけではないが、深く詮索はせずにいる。お互い様だからな。

 彼は基本的に、専用の研究施設で開発を行っている。彼の配下たる白鷺の部隊は研究の補佐が活動の中心で、他の五部隊とは趣が違う。荒事は苦手だしお前らに任せるぜ、とはニール本人の弁だ。もっとも、戦えないかと問われれば別の話ではあるが。

 立場の関係で、名前や白鷺の他に、俺たちの間ではドクターという呼称がよく使われている。


「ルッカ達は、一緒に来たのか?」


「ええ。僕とラドルさんは本拠地周辺の任務にあたっていましたからね。ドクターの準備が終わってから、一緒に転移してきました」


「直接会うのはお久しぶりですね、蒼天様……あ……し、失礼しました、シグルドさんにフェリオさん」


「まだ癖が抜けないか?」


「すみません……皆さんと対等と言われても、己の未熟はごまかせないので。部下の前では気を付けていますが」


「いい加減にもっと自信を持っていいと思うんですけどね。まずはその敬語を外す努力をしていきましょうか?」


「そ、それは……俺には、少し……難しそう、です」


 縮こまってしまったラドルに、ルッカとドクターが苦笑している。六牙としては確かに俺たちが先任だが、そもそも、俺と彼は年齢もひとつしか違わないし、偉ぶるつもりはない。昔からガルにも劣らず生真面目な男であったから、本人の心は複雑なのだろうがな。

 だが、性格はともかく、その戦闘力も、指揮官としての技能も、急速に成長している、とはルッカの言葉だ。元からガルが目をつける程度に才能はあったからな。恐らく、ガルフレアという目標に追い付こうとする強固な意志によるものだろう。それだけに、やりすぎないか注意は必要だろうが。


「ま、それはともかく。お前さん達にも土産話を持ってきたぜ?」


「その口振りならば、何か完成したのかしら?」


「おう。聞いて驚け、その名も転移阻害機(アンチ・テレポーター)だ」


「ほう……! あれがもう実用化に至ったのか?」


 隣ではフェリオが感嘆の息を漏らしている。研究中であることは聞いていたが、まさかこの短時間で完成させるとはな。俺たちの驚いた反応が見れたからか、ドクターは満足げだ。

 現在、帝国の横暴を阻止する上で最大の障害は、考えるまでもなく自由自在な空間転移である。俺たちもその恩恵は受け取っているとは言えど、あれを止めなければ戦略も何も話にならない。だからドクターも、その対策を最優先で進めていた。


「空間の位相を固定するフィールドを形成することで、その内部への転移を双方向で阻害する……その実験がようやく上手くいってな。厳密には転移狙い撃ちってわけじゃなくて、空間に作用するPSを弱体化する装置って感じだ」


「……軽く言っていますが、俺には何をどうすればそれが可能か、検討もつかないですね……」


「おう、分かんなくて当然だそりゃ。元々、PSなんて訳の分からねえ現象の集合体で、それを訳の分からねえ技術で活用してんだからよ」


 マリクがもたらした、空間転移装置のサンプル……ドクターは、それを数ヵ月かけて解析してみせた。そして今は、自らそれに手を入れるほどに使いこなしている。俺たちが持っている改良型の転移装置も、彼がこまめにアップグレードを行ってくれているものだ。

 そして、その解析を応用して、今回の装置を作り上げたと語る。


「つっても、まだ完璧じゃねえ。さすがに本物、アインの野郎は、完全には防げねえだろう。俺らも転移できねえのはしょうがねえにしても、量産もまだできねえし、大型の装置だから持ち運びも難しいと来た。改良の余地は山ほど、ってとこだな」


「それでも、いきなり寝首をかかれる危険が大幅に減るのは間違いない。感謝するぞ、ドクター」


「まあな。効果の方だけは保証してやらあ。しかしまあ、あいつの発展は少しおあずけだ。今はアポストルの方が優先すべきだろうしよ」


「そちらの理論に目処は立っているのか?」


「あいつの原理を無理矢理に言葉にするなら、精神に指向性を持たせる特殊な波の照射装置だ。波の方さえ解析できりゃ、そいつを遮断か中和してやりゃいい。ま、任せときな。いつまでもあんな変態仮面の後を追いかけてばかりってのは癪に触る。秘密兵器もたっぷり用意しておくから、期待しといてくれや」


 ドクターは年齢こそ俺達とさほど変わらないが、間違いなく世界有数の知識の持ち主だ。知能と技術に関しては、あのマリクにも決して劣っていない。本当に、彼が味方であったことは、得難い僥倖だな……もしもニールがいなければ、帝国とのパワーバランスは大きくあちらに傾いていただろう。



 ――そんな中、会議室の扉が開いた。


「全員、揃っているようだな」


 そして足を踏み入れてきたのは、思わぬ人物。さすがに俺たちも少し虚をつかれたが、気を取り直して立ち上がる。そして、現れた獅子人に向き直り、頭を下げる。


「エルファス様……」


「六牙が揃うのは久しぶりだな。前回は、まだガルフレアがその座にいた頃だったか。各員、世界各地での任務、ご苦労だった。……ああ、気を張らず、楽にしてくれ」


 最後の言葉で、一同は再び席につくが、空気は先より張り詰めている。特にラドルにはかなり緊張の色が見えるが、こればかりは仕方ないだろう。……威風堂々とした立ち振舞いを崩さない、我らの指揮官であるエルファス様。その存在は、俺たちにとって絶対だ。



 あの日、兄さんの中の全てが崩れ……彼はエル兄さんから、エルファス様へと変わった。

 俺たちの事は今でも弟として可愛がってくれているし、兄としての優しさも感じはする。だが、エルファス様には、迷いが無い。仮に全ての配下が裏切ったとしても、彼は理想を貫き続けるであろう、と思えるほどに。

 ガルフレアの処遇に関する話、自分は弟を死なせたくないと言ったのは本心だろう。……だが、必要があったならば躊躇いなく殺していたはずだ。そんな彼が、そして我らの指導者が、ガルフレアを見逃した理由。リグバルドへの利用価値があるのがひとつ。あいつの立場によるものがひとつ。他にもあるのかもしれないが、真相は指導者にしか分からない。


「お出迎えもせず、申し訳ありません。直接こちらに来るとは思わなかったものですから」


「気にするな。こちらこそ、事前連絡も行わずに悪かったな。ようやく手が空いたので、時間を縫って来たのだ」


「正規軍との擦り合わせを行っていると聞いていましたが……」


「ああ。リグバルドとの戦いに向け、我らが表に出る時も決して遠くはない。その下準備だ」


 俺たちは、軍の暗部にあたる。しかし、リグバルドの力は強大で、俺たちだけでは手数も足りないし、影で動くだけでは限界がある。計画の最終段階に向けて、より柔軟に動くために、エルファス様は尽力していた。


「諸君も知っての通り、リグバルドはついに本格的な侵略の動きを開始した。彼等が私たちという偽りの同盟……枷を取り払おうとするのは、時間の問題であろう。だが、それは我々の枷もまた外れることを意味する」


 そう、当然の帰結だ。帝国が勝手を通そうとするのならば……俺たちも、表立って連中に立ち向かえる。


「彼らを見過ごさなければならないのは業腹でしたからね。ガルフレアさんが自由に動いてくれて、本当に助かりましたよ」


「先のアポストルの一件だな。あの男は、こちらの想定通りによく動いてくれた。無論、危険性もあるが」


「……彼への対応は、まだ現状維持と考えても?」


「構わん。英雄たちを敵に回すのも避けたい事態だ。奴のことだ、今後もリグバルドには歯向かっていくだろう。リスクがあっても、残しておく価値はある」


 価値はある……が、リグバルドとの戦いが終わるまでは、だ。その後のことを、エルファス様が想定していないとも思えないが。


「今まで実動を諸君に任せきりで、済まなかったな。しかし、ここまで来れば、ただ椅子に座っているだけのつもりはない。今後は、私も前線に立たせてもらうとしよう」


「エルファス様が……」


「ひゅう。いよいよ本格始動ってか? しかし、こいつぁ百人力だぜ」


 エルファス様は、俺たちの司令官であり、同時に最高の戦士だ。彼に勝てる存在などそれこそ指折り……我らが指導者を含む、ごく少数しか思い付かない。俺たち六牙の中では、月の守護者が完全だった頃のガルフレアがかろうじて食らい付けていた程度だが、それでも1本すら取れはしなかった。

 元々、孤児院にいたときから兄さんは武術を修め、弟や妹を守るんだと鍛え続けていた。その下地と、()()()()()()による、血の滲むような修練……それが今の彼を作り出した。


「帝国は、どこかで我らを見くびっている。マリクの知略に頼り、我らに巻き返しは不可能であると侮っている。確かにあの魔人の力は強大で、未だに未知数。皇帝ゼアノート本人も、その大それた理想に違わぬ戦闘力の持ち主だ。しかし……」


 エルファス様は、一同を見渡した。六牙……指導者の理想を叶えるための力たる、自らの忠実な配下を。


「我らもまた、手札は切っていない。そして、油断でも、慢心でもなく、敢えて断言しよう。勝つのは、我らであると。我らが見据えなければならないのは、この戦いよりも先の世界なのだからな」


 人の上に立つ器。人を惹き付けて離さないカリスマ。エルファス様は、それを確かに持っている。そして、俺たちの頂点であるあの方も……だからこそ、その言葉に俺たちは絶対的な信頼を置くことができる。そして、そのための力になろうと、そう思えるのだ。


「全ては、争いの無い世界のため……」


「弱者が食い物にされる理を、正すため」


「そのために、僕たちがいる。力無い者の、代弁者として」


「ええ。見捨てられるはずだった存在を、私たちは救い出さなければならない」


「そいつを成し遂げるためなら、悪魔にだって魂を……ってな」


「そうだ。……俺たちは、平和な世界に不要な、全ての障害を排除する、剣だ」


 似たような境遇を抱え、拾われた俺たち。似たような境遇の者を、これ以上産み出さないために戦う俺たち。もう、別の道など探すつもりはない。

 ガル……お前が理想に甘え、血を流させない道を探すならばそれもいいだろう。お前はそういう男だからな。だが、時間をかければそれだけ『俺たち』が増えてしまう。俺は、そんなことは認めない。

 ……何かを切り捨てなければならないのならば、切り捨てられるのは悪であるべきだ。俺たちが100の悪を裁くことで、1でも善を救えるのならば……俺たち自身が悪となる矛盾を孕んでも。


「〈影の剣〉各員。これからの戦いにおける諸君の力……期待させてもらうぞ」




 リグバルドという巨悪。それを討ち果たした時こそ、来るべき改革の時だ。皇帝ゼアノート、そしてマリク。お前たちの理想など、決して叶えさせはしない。

 ……そうして、俺たちもまた礎となろう。全ての悪は……この世界には、不要なのだからな。



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