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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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雪に埋もれた未練

 バストールを発った俺とミーアは、そのまま直行でハイレルムに向かっていた。

 俺たちの拠点は本拠地の他にも各国に存在する。今回、六牙各員が直接集うことになり、各々の現在地の都合から、ここが集合地点になったのだ。

 早くに着いた俺たちは、何日か待つことになったが……ようやく他の者が合流するという今日、俺は何となしに外でひとり空を眺めていた。


「………………」


「蒼天様、どうされたのですか?」


「……少し考えを整理しているだけだ、気にするな。しばらくしたら戻る」


「はっ。しかし雪が強くなってきましたので、お気をつけて」


「心配するな。俺はこの国の生まれだからな……雪には、慣れている」


 時折、配下から声をかけられる。自身に与えられた部隊の名称を、俺たちが通り名として使い始めたのはごく初期の話だ。別に本名を隠すためというわけではないのだが、六牙という象徴を印象付ける通り名としては役に立った。

 個人的なことを言うならば……迷いも恐れもある俺という個人と、蒼天という存在との切り替えを行うのにも、都合が良かった。


 相も変わらず、この国の雪は一年を通して降り続けている。俺が離れたあの時から、変わらず……。


「雪は……嫌いだ」


 無意識のうちに口に出してしまったのに気付き、息を吐く。大嫌いだった。雪も、故郷も。


 この国の辺境出身である俺が孤児になったのは……自分の親に捨てられたからだ。当時のこの国は今以上に貧しく、都市部でもなければその生活は酷いものだった。そんな中、俺の家は、親の仕事の都合もあって裕福な方だった……最初は。

 だが、ある時、父の事業が大きく傾き、あっという間に一家は転落した。当時、俺には弟と妹もいたが、とても全員を養える状態では無くなり……両親が選んだのは、弟たちだった。言うなれば、口減らしだ。


 当然、雪の深いこの国で、子供が一人で生きられるわけがない。何とか保ったのは、数日だけだった。冷気に衰弱し、病に倒れて、そのまま終わるはずだった。……そこで善良な人物に見付かった事は、幸運と呼ぶべきか。


 雪の中で倒れていたところを救い出された後は、酷い発熱に10日間ほど生死の境をさ迷った。それでも、懸命な看病によってかろうじて生き延びた俺は……彼女の知人であった院長に預けられる事となった。しかし、その数日は、幼かった俺のトラウマになるには十分な地獄だった。


 孤児院に拾われてから初めて雪が降った日……俺は、雪に怯えていた。凍死しかけた時の記憶がフラッシュバックして、身体中の震えが止まらなかった。そんな俺に、院長は……。


「………………」


 優しかった院長。親に捨てられたショックで心を閉ざしていた俺に根気強く語りかけ、凍っていた俺の時間を、動かしてくれた人。大好きだった……俺の、父になってくれた人。


 親、か。

 ガルフレアの父親が、あのウェアルド・アクティアスだという情報……それが俺たちに知らされたのは、あいつが離反してからの話だ。

 本当は、記憶を失う前のあいつは知っていたかもしれない。少なくとも、知れるだけの情報はあった。……以前、指導者があいつに言ったのだ。己の父親について、知りたくはないかと。あいつはその時、首を横に振った。今はそれを考える時ではない、と。

 それでも、英雄ウェアルドの情報だけならば持っていた以上、感付くことはできたはずだ。きっと当時は、真実を知る恐れもあったのだろう。記憶を失ったが故に真実に辿り着いた……そう考えると、皮肉なものだ。


 悲痛な表情で、俺を街へと置き去りにした両親。彼らが今どこで生きているか、俺もまた知っているが……何と言われても、俺はあの二人を許すことはないだろう。

 今でも後悔に苛まれているのは知っている。それ以外に方法は無かったのだと理解もしている。だが、あの苦しさを割り切る事はできない。だから、会うつもりはない。俺が生きているという許しを、彼らに与えるつもりには、なれない。


「シグ」


 今度は名前を呼ばれ、振り返る。俺を昔からの愛称で呼んでくる相手は、今となっては一人だけだ。


「……フェルか」


「外は冷える。中に戻ったらどうだ」


「……そう、だな。もうすぐ戻るつもりではあったが……あと少し、待っていてくれないか」


「そうか。……ならば、付き合っても構わないか」


「……ああ」


 フェリオは俺の隣に立つと、同じように雪降る空を見上げる。考え込んでいるのに気付かれたようだ。

 雪は嫌いだ。嫌なことばかりを思い出す。……だが、ひとつだけ。俺の中に残っている、暖かい記憶。同時に、今となっては未練でしかない記憶。


「フェル、覚えているか。孤児院に雪が積もった日のことを」


「……三人で、裏の丘に登った時だろう。覚えているよ、はっきりとな」


 そう、三人で。俺と、フェルと……ガルで、雪に染まった街を見に行ったあの日の記憶。

 アルカイドでは、雪が降ることは多くない。積もりまでしたのは、俺が孤児院にいるうちではあの一回だけだ。本当はまだ雪への怯えが残っていた俺は、それを乗り越えようと……雪を良い思い出にしようと、二人と共に出掛け、そして。


「雪は、願いの欠片。降り注ぐ雪に願えば、それは積もっていつか叶う、か」


 それが、俺の悪夢を優しく塗り替えるための、院長の言葉。だから俺も、そんな優しさに応えるためにも、最も信頼する二人の友人と一緒に、願った。……だが。


「三人で一緒にしたはずの誓い……共に同じ景色を見ていたはずの俺たちは、いつから別のものが見えるようになっていたのだろうか」


「……シグ」


「あいつとの対立は、避けられないだろう。もう、あの願いが叶うことは、誓いが守られることはないんだな……雪を見ていると、それを実感してしまった」


 分かっている。リグバルドと敵対しているうちはともかく、あいつは絶対に、俺たちの計画には二度と賛同しない。そして、傍観者であることを良しとする男でもない。ならばあいつとは……いつか、ぶつかり合うしかないのだと。


「戦いたくないか? ガルフレアと」


「……迷いがある俺を、危険だと思うか?」


 問いに対して、それへの肯定を込めた問いで返すと、少しばかり沈黙して……フェルの口から、溜め息がこぼれた。


「勘違いするな。おれだって、あいつと戦いたくなどない。戻れるものならば、あの時に……」


「フェル……?」


「時間は戻らない。それでも、たまに考えることはある。もしも、あの暮らしが壊れなかったら……きっとおれ達は、あの誓いを守れていたのだろう、と」


「……珍しいな。お前が、そんな事を言うのは」


「おれにも、迷うことぐらいはある。兄さんにも立場がある以上、こんな事が対等に吐けるのは、もうお前しかいないだろう」


「……そう、だったな」


「あいつの元には、弟もいる。進む道の先に、二人が立ちはだかるなどと……考えたくもない。だが、それが現実である以上は……苦しいさ、おれだって」


 弱音を吐き、悲痛な顔をして……こんなフェリオを見るのは、本当に久しぶりだった。こいつは責任感が人一倍に強く、一途だ。俺よりもよほど理想に向かって真っ直ぐに進んでいる。

 それでも、どこかで気を張っている部分があることも、よく知っていた。それに綻びが出たのは……彼にとってもまた、あの日の誓いは、とても大きいものであるから、だろうか。


「フェルは、ガルから話されたことはあったか? 俺たちの理想はこんな方法で達成できるのか……と」


「……似たような話ならば、数回な。だが、おれはこれ以外の方法を知らない。何もしなければ変化しないだけだ、としか返せなかった」


「そうか……俺もほぼ同じだ。思えば、もっと早くにあいつとゆっくり話しておけば良かったのかもな」


 あいつはずっと、苦しんでいた。あいつは、優しすぎたから……悩み、苦しみ、板挟みになって。そして、あいつが選んだ道は……。


(――組織を裏切った身で、虫が良いと思うなら思ってもいい。それでも、俺は……お前やフェルの友であることまで、止めたつもりはない。……これから戦いは激しくなるだろう。だから……死ぬなよ)


 ……どこまで行っても甘すぎる、親友だった男。あいつと俺たちの間にあった絆は本物だったと、それは俺にだって自信を持って言える。そして、俺たちの根源……全てを失ったあの日に抱えた感情。哀しみ、絶望、そして怒り。それは、あいつも変わらず持っていたはずだ。

 それでもあいつは……それよりも、あいつが正しいと思ったであろう道を選んだ。いや、あいつはきっと、本人の語った通りに他の何かを捨てたつもりはないのだ。あいつは今でも、俺たちを説得して、止めようとしている。


「あいつの悩みに応えずに、見てみぬ振りを続けた。本当に裏切ったのは、俺たちとあいつ……どちらなのだろうな、フェル」


「………………」


 本当は俺も、きっとフェルも、ずっと悔やんでいる。俺たちは、あいつの言葉にもっと耳を傾ける機会があったのではないか。もっとあいつと向き合っていれば、もう少し違う形になっていたのではないか、と。

 友が苦しんでいる時に、俺たちは助けられなかった。そして、今でも俺たちを想っているあいつと、必要とあれば殺すことも決意しようとしている俺たち。友を捨てたのは、どちらだ……と。


「……済まない、さすがに余計な言葉だった。忘れてくれ」


「いや、いい。確かに、その通りなのかもしれない。だが……どれだけ話しても、あいつが自分の意見を変えることは無かっただろう。そして……おれ達もだ」


 フェルの言葉は、きっと正しい。後悔と同時に、分かってもいるんだ。それでも……俺は、俺たちは、あいつにはなれないのだと。


「新しい道など、今さら探せない。だから、立ち塞がる障害は、排除しなければならない。……あの時も言ったが、おれは必要となれば……ガルフレアを殺す。お前が無理だと言うのならば、おれに任せておけ」


「……いや、そのつもりはない。あいつを逃がしたのは俺で、疑われるのも無理はないが……それでも、平和な世界への思いは俺も同じだ。犠牲になった全ての命に報いるためにも……」


 それがあの日、あいつを救った俺の責任であり……蒼天としての、俺の役目だ。俺は、もう引き返せない。いや、引き返すつもりもない。


「だから、お前一人に責任を負わせるつもりなどない。気遣ってくれるのは有り難いが、前に出る必要などない。お前は……俺の隣に、対等な位置にいてくれ」


「……そうだな。済まない、シグ」


 ガルフレア。俺にとっても、フェリオにとっても、お前はまだ親友だ。お前への友情を怒りに変えるなど、俺にはできそうもない。それでも、いつかお前と戦う時が来るのならば……その時は、俺たちの手で。


「……少々、弱音を吐きすぎたかもしれんな。酒を入れたわけでもないのだが」


「何を言っている。フェルはどれだけ飲んでも酔わないじゃないか」


「表に出ないだけだ。お前だってそこまで酔ったところは見たことはないが……今度、セーブをせずに飲んでみるか」


「さすがに指揮官がそれはまずいだろう。それに、雪国で酔っぱらえば、さすがのお前も昔のように雪に埋まって白黒になりかねないぞ」


「……その事は忘れろ。もちろん、セーブしない飲みは冗談だが……」


「冗談という言葉を忘れていなかったのか、お前」


「……その言葉、そっくりそのまま返してやろう」


 茶化すような言葉を交わし、小さく笑う。思えば、張り詰めた日々に、友人らしい語らいは久しくできていなかったな。……そしてこれから、間違いなく機会は減るだろう。

 弱音は、ここに置いていく。この少しばかりの談笑が終われば、もうあのような事を口に出すつもりはない。だから……今だけは、親友と、何も包み隠さずに語らおう。ここにいないもうひとりの親友に、想いを馳せながら。





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