邂逅
「うーん。暁斗さん、前よりさらに強くなってるみたいですね」
暁斗さんの勝利で終わった第一試合。それを見て、僕は素直な感想を口にした。
去年も、蓮たちに連れられて大会は観戦したけど、あのスピードでの銃撃は、そう簡単に対処出来るものじゃない。持続時間は短いみたいだけど、1対1の試合においては、トップクラスに厄介な能力と言っても良さそうだ。
「知り合いが勝ってくれたのは嬉しいですが、ライバルとしては複雑かも、ですね」
「だなぁ。暁兄と当たったら、かなりキツそうだぜ」
僕がこの大会に出た理由は、みんなに誘われたから、程度でしかない。かと言って、出場した以上は負けるのは癪だ。さすがに、本気は出せないけど……どこまで加減するかは、ちゃんと考えた方が良さそうだね。
「あの人の前で、醜態をさらす訳にもいきませんからね」
「ん、何か言ったか、ルッカ?」
「いえ、別に。あ、戻ってきましたよ」
僕が指差した先には、軽く駆け足で戻ってくる暁斗さんの姿。
「お兄ちゃん、お疲れ様!」
「へへ、サンキュ。どうだ? バッチリ盛り上げてきたぜ」
「ま、俺にはかなわなえだろうが、よくやったほうじゃねえか?」
「……おいこらクソトカゲ。俺、一応はお前の先輩だからな?」
挑発と言うか、手荒い激励と言うか、そんな如月君の言葉に軽く顔をしかめながら、綾瀬さんの隣に座る暁斗さん。もちろん、仲が良いからこそのやり取りなのはみんな分かっている。
「あれ、そう言えば父さん達は?」
「あ、何か、優樹おじさん達を待ってたり色々してたら時間ギリギリになって、移動してる間に試合が始まったから立って見てた、って連絡は来たよ」
「じゃあ、試合は見てくれたんだな。っと、噂をすればってやつか?」
暁斗さんの視線を追うと、数人の見知った顔が目に入る。僕は、その中に予想外の人物を見付け、目を細めた。
「あれ、優樹おじさん達はいないね」
「それに、後ろにいるあの人は誰だ?」
ガルフレアさんの後ろを歩くのは、青い虎人。僕はその人のことをよく知っていた。……なるほど、こういう形でコンタクトを取ってくるとはね。僕は立ち上がると、その人に向かって頭を下げた。
「ん、ひょっとして知り合いなのか、ルッカ?」
「ええ。みんなにも紹介させてもらいますよ」
そうこう話しているうちに、先生達がすぐ側までやって来た。
「初戦突破おめでとう、暁斗」
「よくやったな、暁斗。さすが俺達の子だ」
「ひと月前より、格段に動きのキレも上がっている。正直、驚いたぞ」
「へへ……」
先生達にも誉められて、暁斗さんの尻尾は分かりやすいぐらいに動いている。イヌ科の本能、だけどもこの人は割とストレートに出やすいほうだ。
「慎吾が自信を持って優勝できると言うだけあるな。お前達も気が抜けんぞ、綾瀬達」
「はい。えっと、それで……」
一通りの激励が終わると、みんなの視線は、見知らぬ青年へと集まった。僕は立ち上がると、彼に近付いていった。
「まさか、先生達と合流しているとは思いませんでしたよ。ようこそ、シグルドさん」
「ああ。入り口で彼らを偶然見かけたので、声をかけさせてもらった」
たぶん嘘だ。最初からコンタクトを取るつもりで、準備していたんだろう。彼はみんなの方を向くと、挨拶を始める。
「君達とは、始めて逢う事になるな。俺はシグルド・ファーラント。ルッカとは旧知の仲で……彼の兄のようなものだ」
一礼するシグルドさんに、みんなも思い思いに返答している。割と穏やかな笑みを浮かべているけど、これは半分くらいは芝居だろう。それにしても、兄、か……この人は口下手だから、頑張って考えたんだろうなあ、とか思ってしまう。
「ふ、まさか彼を呼んでいるとは思わなかったぞ、ルッカ」
「すみません。僕自身、来てくれるかどうか微妙だと思ってましたから」
綾瀬先生は『あの時』に顔を合わせたぐらいだから、別にシグルドさんに変なイメージは持っていないはずだ。
どちらかと言えば、僕についてよく知っていて、なおかつシグルドさんのことを知らなかった蓮の方が、訝しげな表情をしている。
「そう言えば、蓮にも話した事がありませんでしたね。機会があれば紹介しようと思っていたんですが……彼、各地を飛び回っていますから」
「そうなのか。今でも連絡してたのか?」
「ええ。父さんは知っていますから、後で聞いてみれば良いと思いますよ」
「……分かった」
蓮は基本的に、僕の過去について深く突っ込もうとしない。あまり自分で語りたくない、と言う様子でいれば、引き下がってくれるから有り難い。父さんに丸投げする形になるのは申し訳ないけど。
「あ、そうそう。そういや、親父達はどうしてるんすか?」
「ああ、どうやら例年以上に渋滞が酷いらしくてな。一応、大会は生中継で観ているらしいが、到着するまでは少し時間がかかるらしい」
じゃあ、父さん達が来るのはもう少し後になるんだね。それはともかく、僕はガルフレアさんとシグルドさんの様子を観察していた。父さん達も席につく中、シグルドさんは、敢えてガルフレアさんの隣の席に座った。
「……どうした、ルッカ?」
「あ、いえ。クロスフィール先生とシグルドさんって、似てるな、と思いまして」
「そうなのか? 自分ではよく分からないが」
「あ、私も分かるかも。何て言うか、二人とも物静かな雰囲気だよね」
……視線や声音から、動揺は感じられない。演技って事は無いか。潜入工作の訓練は受けているとは言え、この人は芝居が苦手で、一般人ならともかく、僕やシグルドさんなら見破れる程度だ。
僕達の事を覚えているなら、ここまで完璧な演技は出来ないだろう。そもそも、僕やシグルドさんの存在を察知した段階で、姿を消そうとするはずだ。間違っても、ここまで無防備になりはしない。
シグルドさんに目配せすると、彼は小さく目を閉じて首を振った。最初から反応無しだった、と言う事だろう。
……これで良かったんだ。ガルフレアさんは、僕やシグルドさんの事を、完全に忘れている。これで、僕達が彼を処分する必要は無くなった。
シグルドさんには、少し酷かもしれないとは思うけど。
「さて、お前達。喋るのも良いが、試合はしっかり見ておけよ。誰が次の対戦相手か分からないんだからな」
「あ、いけね、そうだった」
上村先生の言葉に、僕達はリングの上に視線を移した。二人の選手が、互いの全力を賭けて戦う場所。
観戦するのも、なかなか楽しいものだと思う。何しろ、PSは多種多様だ。見たことも無い戦法には、僕だって唸らされることがある。
……あくまでも試合、スポーツとしては、だけどね。
『ルッカ・ファルクラム、城島 信也は控え室に……』
そして、何試合かが過ぎたころ、僕の名前が呼ばれる。
「次は僕、ですか」
「ルッカ、しっかり決めてこいよ」
「心配しなくていいですよ、蓮。僕は負けませんからね」
対戦相手には悪いけど、シグルドさんの手前だし……ちょっと、すっきりしない気分だからね。遠慮なく、やらせてもらおっかな。