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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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砕けた、こころ

「……ひゅう」


(ば、ばっかやろ! 瑠奈はともかくガルに気付かれるだろ……!)


 ガルの部屋の前……カイ、浩輝、蓮、そして俺の四人は、二人の会話を扉の前でこっそりと盗み聞きしていた。いや、悪趣味なのは分かっているんだけど、我が妹の将来を左右しそうな空気にいてもたってもいられなくって言うか……。

 そうして聞こえてきた、ガルの告白……そして、瑠奈の答え。口笛を吹きかけた浩輝を慌てていさめながら、俺たちはちょっとだけ二人の部屋から離れる。……ついに、か。ついにあの二人……!


「……はーあ。ここまで来るのにどんだけ時間かけてんだってな、あいつら」


「へへっ、だけど、遅かれ早かれってとこではあったんじゃねえか?」


「そうだな……」


「お? 暁斗、ずいぶんと寂しそうだなぁ?」


「からかうなよ、バカトカゲ……いや、間違いなく嬉しいんだけどさ。これでもう、あいつを守るのは俺じゃなくなるんだな……ってさ」


 今まで……エルリアにいた時は、何かあった時にあいつを支えていたのは、俺だって自負がある。これから、少しずつ、あいつが俺を頼ることは減るんだろうな……そう考えると、寂しくもあった。


「暁兄もバカだなあ。暁兄がいなかった時に、あいつがどんだけへこんでたのか見せれたらいいんだけど……ガルと暁兄は、どっちもあいつにとって替えが利かないポジションなんだぜ?」


「……そういうものかな」


「そういうもんだろ。俺らだって同じだ。コウとかレンの代わりにお前がなれるわけじゃねえし、かといってお前は親友だしな。だろ?」


 ガルは、自分じゃ俺の代わりにはなれなかったって言った。俺は、俺として……か。そうだな。余計なこと考えてないで、あいつらをどう祝ってやるかを考えてやらないとな、兄として……。


「暁斗はルナにとって、すごく大事な存在だ。それは何があったって変わらないから、心配しなくていい。……絶対に特別な存在でいられるって、羨ましいよ」


「……蓮?」


 どこか引っ掛かる言い方に、蓮を見る。……そこで、ようやく気付いた、彼の様子がおかしいことに。


「ごめん、何と言うか、一区切りついたら気が抜けてな……おれは先に部屋に戻るよ」


「あ、おい……!」


 随分と力のない声で笑うと、返事を待つでもなく、蓮は部屋に向かって歩いていった。……いま、あいつ、泣きそうな顔をして……。


「……大丈夫かな、あいつ」


「ま、大丈夫じゃねえだろ、そりゃ。ったく、自分からついてくるって言ってた時点でやばそうだったけどよ……」


 そうだ……そうだったな。蓮にとってこれは、決定的な失恋なんだ。あいつ自身がガルを後押ししているみたいだったから、もう大丈夫なんだろうって思っていたけど、さっきの顔は……。


「自分で思ってるほど器用じゃねえのにな……自傷みたいなマネしやがって。結局、耐えられてねえじゃねえか」


「……ルッカの事もあって、色々とへこんでる時にこれってのもきついだろうな。しょうがねえんだけど」


「……今は一人にしてやった方がいいか」


 どんな慰めを言ったところで、俺たちじゃあいつの辛さは分からない。こういうときには、その辛さを整理する時間を与えてやることと、あいつが辛さを吐き出すのを受け止めてやるぐらいしか、俺には思い付かない。吐き出さないタイプなのが、また難儀するけど。


「二人に水を差そうとする奴でもねえけど……だからこそ、色々と溜め込んだりしちまいそうだからな。立ち直れるまでは、俺らでフォローしてやるしかねえな」


「そうだな。妹のことであいつがへこみつづけるのも嫌だし……」


「ほんと、あいつら二人揃って真面目すぎんだっての。余計に傷付きに行ってるってか。いやまあ、オレだって好きな子にフラれたらへこみはすると思うけど……」


「不器用だよな……ほんとに、どいつもこいつも」


 浩輝の言う通り、蓮はガルにも負けないくらい、すごく真面目だ。瑠奈のことを本気で想ってくれていたのも、知っている。そんなあいつが吹っ切るまでには……どのくらい時間がかかるだろう?



 ――ちょっと時間さえあれば吹っ切れるだろう。

 この時はまだ、俺も、カイと浩輝ですら、その程度に考えていたんだ――

















 部屋に戻って、鍵を閉めて……堪えるのは、そこで限界だった。身体に力が入らなくて、おれはベッドに倒れこんでしまった。

 ……あいつらの前で、おれはいつもの顔ができていただろうか。多分、できてなかったんだろう。明日からは、何とか誤魔化さないと。でも……今は。


「……う……ぅ」


 涙が、堪えきれなかった。……何をしているんだろう、おれは? この時が来たら、素直に受け止めようって……そう、決めていたはずなのに。


 ……望んでいたはずじゃないか。こうなることを。

 決定的な敗北を、見せつけられることを。

 そうすることで初めて全部諦められるって。前に、進めるんだって。


 自分から退いたはずじゃないか。とっくに、分かっていたはずじゃないか。おれじゃ敵わないって、あいつの方が相応しいんだって。


「……どうして……」


 それなのに、どうして。何でこんなに、胸が……苦しいんだ。こんなに、ショックを受けているんだ。今さら? 情けなさすぎるだろう……。


 ……でも、好きだったんだ。本当に、好きだったんだ。好きって言うことすらできないまま……終わってしまった。その意味を、終わってしまった今になって、ようやく理解した気がする。本当は、ルナも、ガルも、祝ってやらなきゃいけないのに……。



 ――そうだ、ガルフレアだ。あいつが……あいつが、おれからあの場所を奪った。



「…………!!」


 何でだ。何であいつなんだ。おれじゃなかったんだ。ずっと一緒にいたのに……あいつより、よほど長い時間、一緒だったのに。


「……違う」


 ……待てよ。おれはいったい、何を考えているんだ? おれが、自分で、諦めて、譲って……あいつはむしろ、おれを気遣ってくれた。だけどおれは、あいつに答えを出してもらうことまで任せたんだろ。

 ――でも。本当に、諦めていたか? 応援するように見せかけて、心の中では、別のことを望んでいなかったか?


「違う……!」


 おれはずっと、答えが見たかった。そう……あいつが失敗して、おれでもまだやれるんだって、それを確認したかった。それなのに、どうしてあいつは上手くいったんだ? おれは、何でこんな思いをしないといけないんだ?


「違う、違う、違うだろ! こんなの……逆恨みだ……!」


 だけど、あいつがおれを出し抜いたのだって本当じゃないか。……自分から降りたのに? いや、あいつさえいなければ、そんな事を選ばなくて良かったんだ。全部、あいつのせいじゃないか。


 ……何なんだよ。誰も彼も……あいつのことばっかり見て。みんなだって、知ってただろう。おれがずっと、瑠奈が好きだったこと。それなのに、あいつのことを応援してさ。おれの事なんか、どうでも良かったんじゃないのか?


「ちが、う……!! 全部、全部、おれが、自分で……みんなにも、そう言ったんだろ!!」


 それでも、察してほしかった。大事にしてきたこの想いを、応援してほしかった。あいつじゃなくて……おれを、優先してほしかった。好きな子に、おれの方を、見てほしかった。



 瑠奈のことも。ルッカのことも。誰も……まともに、おれのことを、見てくれない。あいつが来てから、ずっと……何も、上手く行かない。

 ――それは、あいつのせいじゃ、ない。

 ――本当に、か? 色々と、おかしくなったのは……あいつが、来てからじゃないか。

 ――あいつがいなければ、死んでいたのに?

 ――そんなの分かるもんか。あいつがいなければ、大会のことだって起きなかったかもしれない。そうだ。そしたら、ルッカだって前と同じように……おれ達は今も、当たり前の毎日を送っていた。あいつが。あいつが。あいつが……。



 あいつが、いなければ、何も壊れなかった。そうだ。()()()()()()()()()――



 ……あの、まま……?



「……あ……」


 ……おれ、は、今、何を。何を、考えた。

 あいつが、あのまま? あのまま、何、だって?


 心臓が、早鐘を打つ。頭の中に浮かんだその言葉が、自分でも信じられなくて。

 だけれど、自分を騙せはしない。おれが今、考えたのは……間違い、なく……。



 ――あのまま、いなくなって(死んで)しまえば、よかった。




「あ、あ……おれ……お、れ……」



 頭を鈍器で殴られたように、急に頭痛が酷くなった。自分が考えてしまった、あまりにも酷すぎる望み……だけど、その考えは確かに、おれの中に残っている。おれは、おれは確かに、そんな事を考えたんだ……考えて、いるんだ。……ルナを護るために戦ったあいつに……おれは……。



 ……おれは、最低だ。


 死ねば良かっただって? あいつは何度だって、おれ達のために命をかけてくれたのに。あいつがいなければ、おれ達はみんな……生きていないのに。そんな恩人の事を、おれは……自分を正当化するための、惨めな言い訳のためだけに……?

 死ねばいいのは、おれの方だ。ゴミだ。クズだ。自分では何もやらなかった、腰抜けの臆病者のくせに。あんな、あんな良い奴を……何でこんなに。あいつだって、大事な友達なのに。何でおれは、こんなに……!



 ――憎い。憎くて、たまらない。いっそ、殺したいと思うほどに――


「……ああ……うあああああぁ……っ!!」


 あいつが許せなくて、そんな自分勝手なおれがもっと許せなくて。悔しくて、恨めしくて、惨めで……訳が分からなくなってきた。もう、何も考えたくない。ベッドに顔をうずめて、声を殺して泣くことしか、出来なかった。




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