世界の動き
真面目な話が終わった後には、本格的に祝いの席が始まり、俺はとても満ち足りた時間を過ごすことができた。
久しぶりに食べるウェアの料理は、とても美味かった。みんなと談笑しながら食事をとることが、何よりも素晴らしいものに感じた。明日からも全力で頑張れる……と口に出してしまったので、病み上がりで全力を出すな、とウェアとコニィから怒られてしまったが。
そうして存分に堪能した後、今は自室に戻ってくつろいでいる。この部屋に戻ってくるのすらも懐かしく思えるが、さすがに感傷的すぎるな。そして……しばらく経ってから、ノック音が聞こえた。
「ガル、私。入ってもいい?」
「ああ、大丈夫だ。鍵は開いている」
むしろ待っていた……などとは言わない方がいいだろう。瑠奈は静かに扉を開き、中に入ってきた。瑠奈は俺を一瞥した後、今まで俺が眺めていたもの……すなわち、テレビに視線を向ける。
「ガルがテレビを見てるのって珍しいね」
「国際ニュースだ。今の情勢を、改めて調べておきたくてな」
「さっきの話について?」
「それもあるし、そうでなくとも不穏な空気のある国はないかと思ってな。リグバルドの行動の前兆を見付けられたら、それに越したことはない」
言いつつ、俺も画面に視線を戻す。瑠奈も俺の隣に座って、一緒にニュースを眺め始めた。
『ハイレルムから中継です。先日から存在が確認されていた、UDBの群れの制圧が軍によって実施され、見事に作戦を成功させたとの一報が入っています。AランクUDBも群れの中には存在していたとの報告があり、それを犠牲者もなく討ち取るハイレルム軍の手腕はさすがと言うべきでしょうか……』
北方のハイレルム……年中雪が降り注ぐ厳しい大地だが、その兵の練度だけならば世界でも最大級だ。強力なUDBも多いが、それに立ち向かうかのように、見事な少数精鋭軍が生まれている。対UDBを名目として、兵器の開発も積極的に行われているという噂がある。今の世界では広域破壊兵器の開発は禁じられているため、表には出していないようだが。
……そしてこの国は、シグの故郷でもある。もっとも、彼にとっては辛い思い出が多い土地でもあるのだがな。
『ウィンダリアの首都カロチナで開かれている建国記念祭では、陛下が直々にそのお姿を国民の前に披露し、例年通りに大反響となっています。高齢のために退位へ向けた考えも見せた陛下ですが、そのお姿は健康そのもので、国民からは安堵の声も上がっています。同時に、退位についての質問には肯定を見せ、今年のうちには一線を引くことを明言されました。次期国王としては、ヴァルフリート殿下が有力なのではないかと囁かれており……』
ウィンダリアは、ここグレーデン大陸の最西端に存在する王政国家だ。古くから続く伝統ある国であり、現国王であるルドルフ・クラルヴァインは国際的な発言権も強く、大国家をイメージしろと言われれば早い段階で名が挙がるだろう。
ルドルフ王の統治は闇の門以前から続いており、もう70に差し掛かる高齢である。彼については歴代でも屈指の名君と評判が高く、国民からの人気も絶大。同時に、二人の息子もその器量を受け継いでいるとの評価だ。息子たちの方は、あまり国際的なニュースには姿を見せないが。
『ケルツ東部地区、イズムルート基地に来ています。現在、基地内部では軍による大規模な演習が行われており、その練度の高さを我々に見せ付ける形となっています。今回、こうして各国メディアに演習を公開していることは、諸外国に軍部の強大さをアピールする狙いがあると見られ……』
そのウィンダリアから遥か南に位置する、セイルノード大陸の中心国家、ケルツ。圧倒的な国土の広さを誇る、世界南部の覇者とも呼ばれる国だ。この国もまた、リグバルドと同様に強大な軍事力を誇ることで有名である。ハイレルムの少数精鋭とは対照的な意味での強力さだ。
現時点では他所に侵略などをしているわけではないが、世界的に何らかの動きがあった時などには積極的な軍事介入を行い、己の立場をより磐石なものにしようとしている様が見受けられる。
現在の事実上のトップは、軍の実権を握る、バルタザール・ディアギレフ元帥。老獪なやり手の男で、本来は軍が関与しない政治面に関しても、今では彼の意志が色濃く反映されていると言われている。
『アガルトでは、先日に発生した大規模な暴動事件について、今もなお調査が行われています。シューラ・ピステール東柱の宣戦布告が取り消され、徐々に落ち着きを取り戻しつつある街中ですが、未だ国民の不安は根強いようです。中には、集団催眠といったにわかには信じがたい説が囁かれているようですが……』
「アガルトの話も出てるね」
「ああ。ひとまず、先の事件は落ち着きつつあるようだな。見た限りでは、例の演説についてもたまに報道」
「その事はいいでしょ!?」
「……す、済まない」
思った以上の剣幕に尻尾が丸くなる。ニュースに出ていること自体は知っていたようだが、だからこそ気にしたくないらしい。と。
『この件につきまして、特別コメンテーターとして、精神学の権威であるシュタイナー博士にお越しいただきました』
「……ん?」
『どうも、ご紹介に預かりましたアゼル・シュタイナーです』
「あ、アゼル博士!?」
瑠奈が思わず声を上げている。間違いない、あのアゼル博士だ。俺の意識が戻った後、一度だけ顔を見せた後は研究所に戻ったと聞かされていたが。
『PSを始めとした精神学のみならず、UDB、考古学……あらゆる分野の最先端として名高いアゼル博士ですが、今回の一件とその噂についてはどうお考えでしょうか?』
『そう誉めちぎられるとむずがゆいものがありますね。っと、ボクの見解でしたか。集団催眠はあり得る、と考えています』
『それは何故でしょう?』
『PSなどという超能力を誰もが持った今の時代、どのような現象に対しても、信じがたい、などと思わないことが本質を見抜くコツだとボクは考えています。まずは受け入れなければ、解き明かすことなどできないですからね。いつの時代だって、新たな発見は与太話と笑われそうなところから出てくるものですよ』
「……本当に、偉い学者さんだったんだね」
「そのようだな……」
その発言内容も、個人的にはかなり共感できる。思い込みは、いつでも発見を妨げてしまうものだ。アポストルの存在を知らない彼がその説を肯定している辺り、柔軟な思考の持ち主のようだ。
その後も博士と他のコメンテーターのやり取りは続くが、博士の発言はどれも真相に迫るものだった。……もしかすると彼ならば、マリクの操る技術を解析することもできるだろうか? また何らかの形でコンタクトをとれれば良いが。
その話を最後にニュースはいったん終わったため、俺もテレビの電源を落とす。気になる話はありつつも、収穫というほどではなかったな。
「様々な国の情報を眺めてみれば、何かを思い出せるかもしれないと思ったが……そこまで単純ではないか」
「でも、また思い出したことも増えたんだし、あと少しだよ。焦らずに頑張ろう」
「そうだな。もしもセントレイクに行ければ、と言うのがどうにも歯痒いが」
「あ……孤児院のこと、だよね。無理しないでとは言わないけど、一人で抱え込むのだけは止めてよ?」
「分かっているさ。ありがとう、瑠奈」
この件は、俺達の一存でどうにかできるものではない。アルカイドが何故、あのような壁を建設したのか……壁が出来たのは、8年ほど前だ。俺達が孤児院を離れるきっかけとなった何かを含めて、あの国に何が起こったのか。調べるためには、より大きな力が必要だろう。
……だが、その話は後にしておこう。
彼女がこうして、俺の部屋に来た。その本来の目的を、そろそろ果たさなければならない。