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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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ガルの願い

 結局、俺とフィオの退院までには、それから10日かかった。それでも、当初の想定よりはかなり早いのだが。

 シグルドとミーアは、あの後すぐに姿を消したらしい。彼らもまた、次の行動に向けて備え始めるか。


 もう本調子……とはさすがに言えない。数日間寝たきりだったこともあり、身体はかなり衰えているだろう。数日間はリハビリも兼ねて、軽めの依頼を中心に回すとウェアは言っていた。

 とは言え、今日は俺たちの退院祝いも兼ねて、ギルドは休みになった。その席の中でだが、俺は取り戻した記憶とそこから導き出されることについて、みんなに話すことにした。


「……どこかの軍属、だって?」


「ああ。決定的な証拠までは思い出せていないがな」


 これは、リグバルドと対等に取引が行われていると分かった段階でも、予想はできたことだ。

 記憶の中……俺は多くの配下を指揮しながら作戦行動をとっていた。俺と同様にシグルド達も指揮を行っていたと考えると、その規模はかなりのものになる。俺たちもまた、単なる裏組織ごときでは収まらない存在であることは確かだ。


 もっとも、その作戦行動の内容から、正規軍である可能性はあまり高くない。関係者以外からは存在を秘匿されている、暗部と思った方が良いだろう。


「国と国……だとすると、リグバルドとはマジで同盟国ってことかよ」


「……それと同時に敵対国でもあるんですよね? だとしたら、話してた通りに同盟が終わったら……」


「国と国とが対立するならば、それはすなわち戦争になる」


 飛鳥の言葉に淡々と答えるフィーネだが、一同の表情は目に見えて険しい。リグバルドほどの大国が巻き起こす戦争、その被害は想像に難くない。


「全面戦闘は双方が避けたい事態ではあるだろう。そうなれば被害は避けられず、世界を相手取る上で痛手となるからな」


「だからこそ今は同盟で、後々を少しでも楽にしておきたい、と。僕が思うに、出し抜かれないように足を引きずりあってるって感じだけどね」


「……ま、今の様子を見るに、明日にでも戦争が始まるわけではない。俺たちも打てる手は打っていくさ。それよりも、元の話に戻すとしよう」


 ウェアが手を叩き、空気を一度切り替える。放置するわけにはいかない懸念だが、話の規模を広げすぎても、俺達にはどうしようもないという結論になる。この話をここで続けても答えなど出ないだろう。

 その対抗策は、ウェア達もまた考えてくれているはずだ。彼の言う通り、主題へと話を戻す。


 自分の見解と共に、俺はあの時に見た風景と俺たちの行動理念について、少しずつ要約しつつ語っていった。


「えーっと……そんじゃガル達は、普通にどっかの国の軍で、悪人を相手にしてた、ってことだよな?」


「そう聞くと、むしろ真っ当に良い組織って感じに思えるけど……ルッカのこととか考えると、そう簡単じゃないよな」


「……難しい話ではあるがな。善悪の観点を巨視的なものにするならば、彼らの行いは善になるのだろう。しかし、善とは、時に何よりも厳しく、残酷になる」


 俺は語った。俺がどのような任務についていたか……どのような相手を、どれだけ殺してきたのか。本音を言えば、考えたくもない……知られたくもない。しかし、直視しなければならない過去だ。追体験していた瑠奈はともかく、特にエルリアのみんなは、かなり険しい表情になっていった。


「治安維持組織……それこそあたし達だって、犯罪者を捕まえる中で、場合によっては命を奪うことも、ありはするけど……」


「ギルドの場合は、必要に迫られればだが、俺たちはそうではなかった。殲滅対象として命じられれば、相手が命乞いをしようが、何らかの理由があろうが……見逃すことはなかった」


「いくらなんでも、容赦なさすぎだろっての……って、ご、ごめん! 別にお前を責めてるわけじゃ……」


「いや……いいんだ。俺もまた、それをやってきたことは確かなのだから。……軽蔑するか?」


「そんなわけねえだろ。仕方ねえ……とはさすがに言えねえけど、お前に何かあるのなんて前から分かってたし、今さら嫌いになんてなるかよ。な、みんな?」


 海翔の言葉に、みんなが頷く。……許されるとは、今も思っていない。軍務だろうと悪だろうと、奪った命の数は減らない。それでも、俺がここにいることを認めてくれたみんなに……ありがとう、と言うしかできない。


「全ては、理想の世界のために。それが、俺たちにとって誓いの言葉だった」


「理想の世界?」


「そうだ。そして、俺たちの理想の世界とは……()()()()()()()()()()、だ」


 それだけは、はっきりと思い出せた。その言葉を聞いたみんなの反応は様々だが、意味は伝わったらしい。


「悪人を全て殺して、善人しかいない世界にするって事、ですか……?」


「……そういうこと、なのだろう。全てを思い出したわけではないが……あの時の俺は確かに、戦いの果てにある平和を望んでいた。そのために、戦えた」


 実のところ、忘れている部分の方が多いのだろう。しかし、骨格は思い出しつつあるのだ。後はきっかけさえあれば、全てを取り戻せる、そんな感覚はある。……そのきっかけになりうる要素も、分かってはいるが。


「だが……人は誰だって、善も悪も持っている。心だって移り変わる。当たり前の話だ。……悪事を働いた者を裁いた結果、その友人が憎悪で悪に染まったのを見た。かつての俺は目を逸らし続けていたが……いつしか、逃げ切れなくなったんだ。このまま戦い続けても、悪が消え去ることなどないという事実からな」


「あるいは、全ての知性を持った生物が滅びる瞬間がそれにあたるでしょうね。そこまで行かなければ手に入らない理想とは、本末転倒も甚だしいですが」


「情けない話だが、ジンの言うとおりだよ。俺たちの理想は、あまりにも巨視的すぎた。あまりにも……人というものを、忘れてしまっていた」


 話している中、コニィの険しい表情が目に入った。彼女は命に対して真摯だからな……殺戮の話など、聞くに堪えないだろう。嫌われてしまってもおかしくはない。


「歴史で語るならば……オレの知る限り、厳格な法の下であれば、確かに表面的な犯罪は減る傾向にある。そういう視点で効果が無いとは言わないだろう。だが、それは言ってしまえば……単なる独裁、恐怖政治でしかない」


「……そうだ。誰かが定めた基準から溢れた者は、全て切り捨てられる世界。事情は考慮されず、更生の機会は与えられず……罪には罰。あまりにも正しすぎて、冷たい剣だ」


 我欲で罪を犯した者だけを裁けるのならば、まだいい。そうでないことを、俺は身を以て知っている。そうせざるを得なかった者、まだ戻れるかもしれない者……それも、俺は斬り捨ててきたんだ。

 悪は殺し、善は報われる。そんな二元論で語れるのならば、どれだけ楽だっただろうか。実際は、善悪を決めていたのは全て……我らの指導者。彼の意志だ。どこの誰かという情報は失われたままだが、その事実ははっきり思い出した。


「……それをあの人たちは、世界中に広げようとしているのでしょうか?」


「そういうことなんでしょうね……でも、ガルには悪いけど、私は気に食わないわね。だってそれは……結局は帝国と同じ、世界征服じゃないの」


「だな。自分らがこれを正しいと決めたからみんな従え、じゃなきゃ殺す、ってことだろ? 俺様、そういうの絶対最後はヤバくなるって思うぜ」


 そう……同じだ。誰かが己の意思で世界を塗り替えるという意味で、リグバルドと何の違いもない。それが、心から平和を願っての行動だとしてもだ。


「今だって、彼らの思想の全てが間違えていたと思っているわけではない。法と秩序は、平和のためには確かに必要なものだからな」


「……普通に生きれば、平和に過ごせるわけだからね」


「だが、そのためにとった手段は……焦りすぎていたのではないかと、今なら思う。本当に平和を望むのならば、もっと別の道を探すべきだったのではないかとな」


 こうしてみんなに語ることは、自分の中での整理にも役立った。そうだ……俺たちは、焦っていたんだ。他の手段を探している時間すらも惜しんで……。


「……俺だけじゃない、他のみんなも似たような事は感じたはずだ。それでもなお、どこか短絡的なこの理想を追い求め続けた事には……理由があるのだろう。一刻も早く自分達が世界を変えなければ……また、()()()()()()が……あのような……」


「……おい、どうした?」


「……。済まない、少々、記憶が混濁していた。だが、予想は……できているんだ。俺やシグ、フェルに共通していて、俺たちの起点となる出来事となれば……孤児院に、何かが、起き……う……!」


「ガル……!?」


 急激に頭痛が襲い掛かる。気分が悪くなる。息が……胸が、苦しい。……考えたくない。この事を、俺は……思い出したく、ない。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


「ガル! 無理をしたら駄目だよ……!」


「……少し落ち着け。今はそれが主題ってわけでもないからな」


「……済ま、ない」


 呼吸を整え、汗をぬぐう。……情けないものだな。どこに、どのようなことが起こったのか、分かっているはずなのに……それを直視することを、こんなにも恐れている。単なる勘違いであることを、望んでいる。


「話を戻そう。それで、お前はどう思う。これから彼らはどう動き、俺たちにとってどんな存在になる?」


「……リグバルドは、彼らにとっても絶対的な悪だ。ならばこそ、彼らにとって最大の目的はいま、帝国の排除になっている。だとすれば、使える手札は何であっても使いたがるだろうし、余計な敵を増やすことも望まないだろう」


「あたし達の力を利用したいってことだね……」


「だけれど、合理的であり……私たちにとっても、望ましい話」


 もしも彼らとまで敵になってしまえば……俺たちは、ふたつの国を相手取る事になってしまう。いくら英雄の力を持ってしても、分が悪すぎる。逆に言えば、英雄の力は彼らにとっても惜しいはずだ。


「リグバルドって共通の敵がいるうちには、協力もできるってことか……けど、その後はどうなるんだろうな」


「……なんつーか、よくわかんねえな。シグルドさんとかフェリオさん、ルッカとか……オレは正直、助けてもらった印象のが強くてよ」


「アガルトじゃルッカの野郎に一度やられちまったっつっても、今回はあの二人がいなきゃやばかったしな……けど、ガルの話を聞くだけでも、素直に認める気には、俺にはならねえ」


「邪魔になるならば容赦しないって、ルッカは言った。邪魔者は……みんな悪、か」


「少なくとも、ほっとくわけにもいかねえな。兄貴のこともあるけどよ……逆らう奴は全て殺すなんて危なっかしい世界、俺様は御免だぜ?」


「わたしも……平和な世界を作りたいのは、分かります。けど……ガルフレアさんの言うとおり、そのために邪魔なものを全て切り捨てるのは、何だか、違う気がします」


 まだ、みんなは彼らの苛烈な面をほぼ見ていない。それでも、何かが危ういということは伝わったようだ。今は、それで十分だろう。


「いずれにせよ、目の前の問題にひとつずつ当たるしかないがな。少なくとも、今すぐに彼らと戦う必要がないのならば、答えを急く必要もない。その実態は、これから先、見えてくるだろう」


 まずはリグバルドを止める、それをなし得なければ考えても意味はない。少なくとも、リグバルドの世界だけは絶対に認めてはならないものだ。


「ごめん、ひとつ話を挟むけどさ、いい?」


「どうした、フィオ」


「六牙っていう、実際に動いてる人たちがガルをどうするか決めているんだよね。そこが疑問なんだけど……彼らのトップはそもそも、どうしてそんな権利を与えたんだろうね? 殺せって命じるでもなくさ」


「ん? それは、リグバルドの邪魔をさせるために、って言ってなかったか?」


「それにしてはリスクが高すぎるでしょ? みんなだって、ガルフレアの強さは知っているはずだよ。シグルドとかだけなら、情があるから、で納得できなくもない。けど、そもそもが上からの命令ってのがね」


「……それは、まだ分からない。だが、フィオの言う通り、他にも何かしらの理由がある気はしている」


「その辺、あんたが抜け出した瞬間のことが分かれば、何かあるかもしれないわね」


 俺を生かした理由……俺が生かされている理由。はっきり言ってしまえば、俺ひとりの力にそこまでの価値があるとは思えない。俺の存在は、何か特別な意味を持つのか? ……いや、俺の血筋と考えるべきか。俺がウェアの息子だと、組織が知っていたとすれば……それでも、疑問は残るが。


「六牙、か。分かってんのは、シグルドさん、フェリオさん、ルッカの野郎、それからミーアさんと……ガルの後釜の〈銀星〉ってのだったか。ってことは、あと一人誰かいやがるってことだな」


「そうなるのだろう。済まない、そこについては思い出せないが……」


「ま、しょうがねえだろ。親友って言ってたシグルドさん達ですら最初は分かんなかったくらいだろ? どうせ、近いうちに顔を見ることになるだろうぜ」


 ……恐らくそうなるのだろうな。ここひと月で、事態は一気に動いている。ならばこれから先、彼らとの関わりもまた増えてくるか。


「……今の俺が話せるのは、この程度だ。全ての記憶が戻らなければ、はっきりとした事は言えない。だが、彼らもまた、自分たちの目的に世界を巻き込もうとしていることだけは、間違いない」


「………………」


「俺は、彼らを止めたい。彼らの決意が固いことは、俺もよく知っているつもりだが、それでも……彼らは一度、立ち止まらなければならないと思うんだ。そうしなければ本当に、戻れないところまで行ってしまう」


 そこで言葉を切ってから、俺は改まってみんなの顔を見た。俺の仲間……数奇な運命でこの赤き牙に集った、かけがえのない存在。


「これから、世界はリグバルドと彼らの思惑で、とてつもない混乱に巻き込まれていくだろう。どれだけ抵抗したところで、それを完全に阻止することはできないのかもしれない。だが、力を尽くせば……ひとつでも何かを救える可能性がある」


 俺たちは一介のギルド。どれだけの事ができるかは分からない。しかし少なくとも、目の前で助けを求める者に手を差し伸べることはできるはずだ。


「今さらかもしれないが、言わせてくれ。……俺のかつての仲間に、俺に興味を持つマリク。これはもう、俺だけの問題ではない。俺を取り巻くものが、世界に関わろうと言うのならば……俺は、それに立ち向かいたい。しかし、俺ひとりにやれることはたかが知れている。だから……」


 ……思えばずっと、俺はみんなの好意に甘え続けながら、それを遠ざけていた。自分でやらねばと、思ってしまった。言わなければならなかったんだ。俺が、彼らに支えられていることを自覚するためにも。


「みんな……頼む。俺に、力を貸してくれ。俺を……助けてくれ」


 立ち上がり、頭を下げる。今まで俺は、頼らなかった。巻き込んでおきながら、頼ろうとしなかった。どこまでも半端で、そのくせ一人で勝手に悩んで。本当に傲慢で、どうしようもないやつだった。


 少しだけ、沈黙が広がった。それを最初に破ったのは、暁斗の楽しげな笑い声。


「へへ。ガルが『頼む』『助けてくれ』と来たか。相当にレアなもん聞けたと思わないか、みんな?」


「全くですね。あなたは、本当にガルフレアですか? 実は別人の魂でも紛れ込んだのではないでしょうか」


「兄さん、せっかくの決意にまで皮肉で茶化すのは趣味が悪い」


「あなたよりも付き合いが長い私たちには、それだけの衝撃なのですよ」


「お前、そういう言葉、知ってたんだな……」


「コウ、それはさすがにひどいよ……ふふ」


「お前も笑ってるじゃないか……全く」


「ごめんごめん。……何だか、嬉しくてね」


 瑠奈は、本当に嬉しそうに笑ってくれた。俺がこうして懇願を口に出せたのは彼女のおかげで……みんなの笑顔は、彼女の言っていたことが本当だったと、今さらのように実感させてくれた。コニィの表情も柔らかくなったことには、少し安堵した。


「だが、本当に良い目になったもんだ」


「俺の中の色々な気持ちに、整理がついたからな。なあ、ウェア?」


「……はは、そうだったな。お前が言った通りだ、ガル。お前のかつての仲間も、リグバルドも、マリクも……お前だけの問題ではない。ならばこそ、皆の問題には、皆で立ち向かわなければならないと、俺は考えている。どうだ、お前ら?」


 ウェアの問いかけに、みんなが顔を見合わせ……もう一度笑った。そうだ、それが俺たち〈赤牙〉で……俺もようやく、本当の意味でその輪に入ることができた気がした。


「……ありがとう。友として、家族として……仲間として。みんなと共に生きることを、俺は誓おう!」




 この剣を、みんなのために。それだけではなく、みんなの力を、剣に代えて……ああ、そうだ。俺は弱い。ひとりでは何もできない。それなのにひとりで全て片付けようとして、道が見えるはずはなかった。今なら、思えるんだ。全てを成し遂げることは、決して不可能ではない、とな。


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