表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
223/429

決別は口付けと共に

「どうやら、本当に迷いは無くなったようね。この前のあなたならば、言い負かされていたかもしれないけれど」


 シグルドが去って、黙って俺たちの話を聞いていたミーアが口を開く。……二人きり、か。


「まだ、どうするべきかは定まっていないがな。それでも、一人で考え込んで動けなくなるのは、もう止めたい。俺はただ、正しいと思った通りに進むだけだ」


「正しいと思っているだけで、間違えているかもしれないわよ?」


「そうだな。だが、それを言っていたら、何もできなくなってしまう。だから、その時に正しいと思えることを、信じていく。何が正しいか、何をしたいのか……それを考えることを、止めずにな」


 生きている限り、選択は必要だ。少なくとも、間違えるかもしれないと恐れて、何もしないのは違う。下を見続けるよりは、前を向いて歩いていきたい。


「……ふふ」


「どうした?」


「あなた、変わったわね。でも……それと同じぐらい、変わらないわ。私が愛したあなたのままよ」


「………………」


 胸に、ちくりと棘が刺さる。俺は……恋人であった彼女にも、何も言わずに離反した。無論、離反の計画など周囲に漏らせる筈もなかったが、それでも。


「君には……どれだけ謝ったところで、許されないとは思っている。何を言っても、言い訳になるだろうが」


「そうね。隠し事をするなと言っていたのに、黙って私を置いていった。あなたは酷い男よ、ガルフレア。そして……あなたがどんどん思い悩んでいる事に気付いていながら、それを止められなかった私も、酷い女ね」


 くすりと笑うミーアの言葉は、俺には意外なものだった。彼女には恨む権利があるだろうに、自分に非があるような言い回しをするなどと。


「ある意味では、お互い様なのよ。私たちは、互いに理想になろうとして、けれどなれなかった。もしも私があなたの理想になれていたら、また違っていたのかもしれない」


「……だが、行動を起こしたのは俺じゃないか。恨んでは、いないのか?」


「難しい質問ね。あなたの離反は、私たちの計画に大きな影響を与えた。けれど、その一方で、どこまでもあなたらしい行動だと納得もしてしまったわ。赤薔薇としては恨んでいるけれど、ミーアとしては恨んではいない、とでも言うべきかしら」


「………………」


「勘違いしないで。恨んではいないけれど、怒ってはいるわよ。何しろ、それで新しい道を進もうとしながら、また同じ失敗をしようとしていたんだから。あまりにも見ていられなくて、発破をかけに行ってしまったわ」


 先日の、ギルドでの会話か。あの時に彼女が語っていた男は、やはり俺だった。改めて考えると、それを張本人に向かって語った彼女は、いったいどのような気持ちだったのだろうか。


「あなたは本当に世話の焼ける男よ、ガルフレア。人一倍優柔不断なくせに、いざという時は腹立たしいほどに行動力がある。自分の身には何があってもいいと考えていて、言ってしまえば自虐的で自己中心的。それが周囲にどう思われるかなんて顧みもせずに、あなたは自分を苦しいところに置いてしまう。隣にいるのはとても大変だったのよ?」


「……返す言葉もないな」


「ふふ。そんなあなたを愛してはいたのだけれどね。でも、あなたと私の関係が元通りになる事は、決して無いのでしょう? 敵だとか、味方だとか、そういう事の前に……あなたは、本物を知ってしまったみたいだから」


「ミーア、俺は……」


「言ったでしょう? 私は、あなたの事を、よく知っているもの。あなたが寝ているうちに、あの子とも話をした。分かるわよ、そのぐらいは」


 ミーアは、気付いている。エルリアに転移した後の時間を過ごしてきた俺が……彼女に心を奪われてしまった事に。

 ……記憶が無かったとは言え、それは男としては最低の行為だろう。恋人がいながら、他の誰かに惹かれるなどと。


「言っておくけれど、余計に思い悩まないことね。私の記憶が無かった以上、それを不誠実とは思わないわ。ふふ、本音を言えば、忘れないでいてくれると嬉しかったけれど……偽物の恋仲でそれは高望みと言うものね」


「……偽物、か……」


「自分の心に素直になりなさいな。私のことを思い出した今、あなたの心はどこにあるの? それが答えではないかしら」


 俺の、心……俺の、居場所。


「真面目すぎるのも困りものね。私たちの関係がどういうものだったかなんて、始めから分かっていたでしょうに」


「……それでも俺は、君の恋人だったんだ」


「そうね。だからこそ、半端なことはしないでちょうだい。あの子は、あなたの隣にいることを望んでいる。私を理由に泣かせるのなど、それこそ怒るわよ。そこまで都合のいい女になるつもりはないわ」


「……済まない……」


 都合のいい……か。そう、だな。お互いに、都合のいい女で、都合のいい男だったのだろう。ただ……それで終わりたくなかった、と思う程度の特別な気持ちは、確かにあったんだ。



 そうして、俯いていたものだから。彼女が近付いてきていたことにも、気付くのが遅れた。


「そんな顔をするものではないわ。本当に、仕方のない人ね……」


「……ミーア? 何、を――」


 さすがに、その次に彼女がしてきたことは、予想だにしていないものだった。

 おもむろに、ミーアは俺の頭を抱き寄せ……俺に、口付けをしてきたのだ。


「…………ん……」


 俺は思わず目を見開くが、それを払いのける気にはならなかった。力を抜いて、身を委ねる。かつて……そうしていたように。

 数秒の後、ゆっくりと離れるときに感じた寂寥は、彼女と過ごした過去に対する未練だったのかもしれない。


「これは、私の最後の心残り。同時に、あなたに最後にしてあげられる事よ」


「……ミーア……」


()()()()()、ガルフレア。意味は、分かるわね?」


 たまらなく優しい、決別を告げる言葉。彼女の意図は、確かに伝わった。俺もまた、彼女の事をよく知っているから。

 ……本当に情けない男だな、俺は。全て、彼女に任せてしまった。ならば、せめて……最後くらいは、俺も。


「ミーア。俺たちは、確かに偽物だったのかもしれない。だが、俺がお前を愛して、お前も俺を愛してくれた、あの時間は……偽りではないよな?」


「そうね……」


「それなら、良いさ。記憶のない俺が言うのも変かもしれないが……俺は、君との時間を二度と忘れはしない。だから……さようならだ、ミーア」


 ああ。これは、精算だ。彼女は、俺に精算させてくれたのだ。それは彼女自身の精算でもあるのだろうが……一方的なものではなく、双方の合意での別れ。これからを歩んでいくための、儀式。

 ミーアはただ、静かに笑った。その笑顔は、薔薇のように妖艶で……とても美しかった。


「ガルフレア。あなたがどのような道を選んでいくかは、好きに決めるといいわ。でも、私たちの覚悟は甘くはない。それは忘れないことね」


「分かっているさ。ならば俺は、諦めずに向かい合い、考え続けよう。俺たちはまだ、ここにいる。道は、選べるのだからな」


 夢物語だと言われるかもしれない。だが、俺は知った。夢を切り捨ててしまえば、本当の望みなど叶えることはできないと。だから俺は、願い続ける。いつか、彼女たちともまた、共に生きることができるのだと。


「ふふ。次に会うとき、敵か味方かは分からないけれど……また会いましょう、ガルフレア」


「ああ。君も元気でな、ミーア。……ありがとう」



 見ていろ、シグルド、フェリオ、ミーア。俺は、あがき続けてみせる。俺が望む、俺の未来、理想の世界。それを現実とするために。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ