命、繋ぎ止めて
「ガルフレア……ガルフレア!!」
ガルが、動かない。目を閉じたまま、何も反応しない。
嘘だ、こんな事。だって、やっとあの人を倒して、助かって。また無事に帰れるって、そう思ったのに。
息を、してない。口からは、血が溢れてて……。
「やだよ……やだよ!! ガル……お願いだから……こんなの……嘘だって言って!!」
死んじゃう。ガルが。嘘だよ、そんなの。だってガルは、言ってくれたのに。一緒に帰るって、生きて帰るって。
「約束、したじゃない……どうして! どうしてなの!!」
「――落ち着きなさい」
乾いた音がして、頬に、強い痛みを感じた。
ぶたれたんだって分かるのに、少し時間がかかった。だけど、痛みが少しだけ落ち着かせてくれて……私をぶったその女の人は、口を開く。
「ごめんなさい。だけれど、時間がないの。彼を救いたいのならば、手伝って」
「…………!」
鋭くて、それでも真剣なその言葉に、私は正気に戻れた……ガルを、救う。ガルは、まだ救える?
「まだ脈はある。ミーア、急いで転移の準備を!」
「分かっているわ。瑠奈さん、だったわね。言う通りにできる?」
「……できます……!」
そうだ。叫んだって、ガルが目を開くわけじゃない。ガルを助けられるとしたら、ここにいる私たちだけ。こんな時こそ……落ち着かないと……!
「瑠奈。これから俺たちは、君とガルフレアを転移させる! だから君は、こいつを治療できる場所を強く思い浮かべてくれ!」
「思い浮かべる……場所を思い出せばいいんですか……!?」
「そういう設定に切り換えるから、それで後は連れていってくれる! だが、集中してくれ。正確に跳ぶには、出来るだけ強く念じる必要がある!」
「分かりました! なら……ラッセルさんのところに!」
ガルを治せる場所……ラッセルさん、コニィのお父さんなら、すごい医者だ。私の知る限り、並んでるのは優樹おじさんしかいない。でも……ガルはもう、今にも死んじゃいそうで。せめて、コニィがここにいれば……!
「ガルフレア!!」
そんな時だ。新しい声が、聞こえてきた。この声は……!
「っ……ウェアさん!」
ウェアさんはガルの様子に気付くと、血相を変えてこちらに駆け出してきた。
ガルがとても危険な状態なのは、ウェアさんもすぐに分かったらしい。その表情が、とても険しくなる。
「う、ウェアさん、ガルが……このままじゃ!」
「…………! そんな、事……!!」
ウェアさんが来たんなら同じチームのコニィも……そう思ったけど、ひどく息を切らしたウェアさんの様子から、この人が一人で、全力で駆け抜けてきたのが分かった。
「……嫌だ。もう沢山だ! これ以上、遺されるのは嫌なんだ!! だから……だから!!」
強く牙を噛み締め、ウェアさんは吠えた。初めて見た……ウェアさんがこんなに、我を忘れたみたいな状態になってるのは。
……その背中から、光が溢れだした事には、気付くまでに少し時間がかかった。
「死なせるものか……お前だけは! 絶対に、死なせるものかああぁっ!!」
ウェアさんが叫ぶと同時に……辺りに、その光が広がって……え?
……これは……この、光って。
「ウェアさん……それは」
「俺の命ぐらい、いくらでもくれてやる……! だから、置いていくな……! 頼む、ガルフレア……お前は、俺を置いていかないでくれ……!!」
切羽詰まった、ウェアさんの言葉。ウェアさんはきっと、力を使って、ガルを治してるんだ。そう言えば、ウェアさんは私たちの前でPSをはっきりと使ったことはなかった。
だけど、今のウェアさんの姿は、まるで……。
「瑠奈さん、放心している場合じゃないわよ。ガルフレアの身体に、しっかり触れて」
「! ……は、はい! 準備はできてます!」
「ウェアルド、あなたはそのまま力を! あなたも転移させる……一緒に跳んでくれ! 」
「ウェアさん、ラッセルさんのところです。強く念じてください!」
「……恩に切る……!」
そうだ……ウェアさんの事を気にするのは後だ。ガルを助けて、その後に……!
「行くぞ……起動した!」
お願い、上手く行って。いや、そうじゃない。上手く行かせてみせる……私に出来ることが少しでもあるのなら……!
あれから、六時間くらい経った。
転移は、無事に成功して……ガルフレアは、すぐに緊急治療室に運ばれた。その後、ランドさんから状況をみんなに伝えてもらって、他のみんなも急いで病院へと集まってきた。コニィは到着次第にガルを治す手助けに向かってる。ウェアさんもあのままずっと……。
フィオ君もすごい怪我をしてて、コウはそっちの治療をしてくれてる。フィオ君はガルを優先してって言ったけど、コウの力は今回みたいに外傷じゃない時には使えない。あんなに悔しそうなコウは、久しぶりに見た。
ガルフレアは、まだ目を覚まさない。運ばれてきた時には本当に危険な状態で……その時は、何とか繋ぎ止める事ができたけど、未だに安定してなくて……どうなるか、分からないって。
「………………」
残ったメンバーは、今はエントランスに集まってる。治癒の力を使えるわけじゃない私たちが中にいても、邪魔をするだけだから。
そして、シグルドさんとミーアさんも、今は一緒だ。
「……信じらんねえよな。あのガルが、あんなボロボロに……」
「戦ってたら、こういうことも起こる。あたしだって、何回も体験しているはずだけど……やっぱり、慣れないね」
「慣れたとしても、感情が動かないのは別の話ですよ。こんな時には……心配になるのは当然です」
私たち、エルリアから来たメンバーは……ここまで仲間が傷付いたのは、ギルドに入ってからは初めてだ。戦うことに慣れて、だからこそどこかで、いつもみんな帰ってこれるって甘えがあったのかもしれない。
「くそ……あの時、俺たちがどっちかでも残っていたら。いや、カシムの正体に気付いていれば……!」
「それでも、何も変わらなかったわ。あの男はそれだけの存在なの。仮に変わったとしても、より悪い方向であった可能性もある。だから、仮定の話で自分を責めるのはおやめなさい」
シグルドさんがいたから、何となくは分かってたけど、ミーアさんも……ガルの昔の仲間らしい。一昨日、ガルに会いに来てた時のことは、ちょっとだけ説明してもらったけど。
「シグルドさんと……ミーアさん、だったな。あんたらいったい、何をしにあの遺跡に来てたんだ? で、どうやって潜り込んだんだ?」
「後者については、私たちも転移ができるからよ。一度でも訪れた場所ならば、という条件はあるけれどね。私たちも丁度、この付近を調べていたから、遺跡のことは深夜に知ることができた。だから、ギルドの手が入る前に、一度ある程度の探索をしていたのよ」
「あの遺跡は、俺たちにとってもアンノウンだったからな。恐らくはリグバルドに関わると言う推測から、連中の行動を監視するつもりだった。……まさか、あそこまで直接的な行動を取るとは思わなかったがな」
カイの指摘に答えるシグルドさんは、どこか辛そうな表情で……さっきはあんな言い方をしてたけど、ガルの事を今でも心配してくれているのが、分かった。
「俺たちが信用できない事は分かっている。だが……結果ぐらいは、見届けさせてほしい」
「……本音を言えばそうだけど、だからって状況ぐらいは分かってるよ。あんたらがいなけりゃ、今ごろガルは……」
「お前たちに敵意が無いことは分かる。あの時と同じく、仲間を助けてくれた礼だ。今回は、オレ達からも何かをするつもりはない」
「……感謝する」
この二人がガルを助けるために力を貸してくれた事は、みんなに伝えてある。私たちの間には色々とあるけど、今は同じヒトのことを心配してるんだ。だから、今は何も言わない。
「あいつ……目を、覚ますよな? もし、このまま……」
「っ! 蓮!」
「あ……ご、ごめん! 縁起でもない事を……忘れてくれ」
「だけれど、考えなければいけないことでもある。ヒトは……呆気ないほどに、簡単に命を失ってしまうこともある」
「お、おい、フィーネ……!」
「……私だって、目を覚ましてほしいとは考えている。それでも……現実とは、そういうもの」
「その通りかもしれないけど……言う状況は考えなさいよ、あんた!」
「美久さん、落ち着いてください。自分の事で喧嘩するなんて、ガルフレアさんだって嫌なはずです……!」
「……っ。……そうよね……ごめんなさい」
「……いえ。私が、悪かった。こういう時に、言うべきでない言葉というものが……理解できていなかった」
……待つだけってのが、ここまで辛いとは思わなかった。ガルはきっと帰ってくる……そう思って気をまぎらわせようとしても、嫌な想像が頭に浮かぶ。それはみんなも同じみたいで……。
「止めようぜ、みんな。ガルは、生きてんじゃねえか。あいつが頑丈なのは、みんなよく知ってんだろ?」
「そう、だよな。俺たちがこんな事言ってたら……あいつが、戻り辛くなるよな」
「良いことを言うね、君たち。ボクも同意見だよ」
ふと聞こえてきた声に、みんなの視線が集まる。気が付いたら、アゼル博士が出てきてたみたいだ。
「博士。ガルは、どうですか……?」
「まだ状態は変わらないよ。安定しているとも言えるけど……まだ、どちらに傾いてもおかしくない。特に心臓のダメージが酷くてね」
ガルの話を聞いた博士は、治療の手伝いをしてくれることになった。どうやらラッセルさんとも知り合いらしくて、昨日迎えに行ってた知り合いは博士のことだったらしい。医者じゃないこの人が治療に混ざってるのも、他ならないラッセルさんのお墨付きだった。
「それでも、ウェアルドさんとコニィ君が治癒してくれたおかげで、かなり持ち直したよ。……二人とも休まずに治療していたから、ラッセルさんが止めなきゃ二人の方が倒れそうなぐらいだったけど」
「……マスター、治癒の力なんて持ってたんだな」
「あの方ならば可能ではあります。それが本質ではありませんがね」
「ああ。昔は、何度もあいつに助けられたものだ」
……先生は当然だと思うけど、ジンさんもやっぱり知ってるんだね。マスターの、あの力。私の見間違えなんかじゃなかったら……あれは。だとしたら、マスターは。もしそうだとすると、色んな事に納得できる。
きっと私は何も言わない方がいい、それは何となく分かる。見てしまったから、本人には後で聞かなきゃいけないだろうけど。
「ありがとうございます、博士。ガルのために、色々としてくれて」
「礼には及ばないよ。ボクは君やガルフレア君に助けられたわけだしね。それに……ボクがあの遺跡を開いた結果でもあるんだし」
「博士、それは……」
「あなたの責任ではない。マリクがガルを直接狙いに来ていた以上、もしもこの一件が無くとも、場所が違っただけで同じ事は起こっていただろう」
「分かっているよ。それでも、礼を言われるのは申し訳なくてね」
博士は小さく息を吐くと、空いていた椅子に腰掛けた。徹夜で遺跡の探索をしてた後なのに、ずっと治療の手助けをしてくれてたからか、さすがに疲れてるみたいだった。
「手は尽くした。後は、本人の生きる力、生きたいと言う意志が、どれだけ強いかに全てはかかっているかな」
「生きたい、意志……」
「もちろん意識はないんだけど、潜在的な部分の話だよ。彼の魂が、とでも言えばいいかな? いずれにせよ、ボク達に出来るのは、彼が帰ってくる手助けをすることだけだ。最後に戻ってくるのは、彼の力だよ」
博士が言っていることは学者らしくはなかったけど、何となく分かった。生き物ならみんな、心も、身体も、生きることをどこかでは望んでるはずで……。
「だから、ガルフレア君が帰ってきたいって思えるように、君たちも思い詰めすぎないことだ。ここでうずくまってたって結果は変わらない。だったら、目覚めた彼を笑顔で迎えられる用意をしておいた方が建設的だろう? 風に当たってくるなり、飲み物でも買ってくるなり、少し気分転換してくるといいよ」
ここでじっとしてても、嫌な事を考えるだけ……博士の言葉はほんとにその通りだと思う。みんなもそう思ったからか、思い思いにその場を離れていった。
私も、少し外に行ってみようか。それとも、フィオ君の様子を見に行こうか……色々と、考えてはみる。だけど、何だか立ち上がる気にもならない。
「………………」
まだ目覚めないガル。病室に運ばれる前、最後にちらりと映った、眠ったような顔が頭に浮かぶ。だけど、彼の身体の中はボロボロで……いっぱい、血を吐いてた。息もしてなくて……鼓動も弱くて……。
……ガルフレアが、そうなるまで必死で戦ったのに。私は……その場にいたはずの私は……!
「心配は、しなくていいわ」
「え……」
気が付くと、私の横にはミーアさんが座ってた。一昨日、ギルドですれ違った時と同じみたいに、静かに微笑みながら。
「あの人は、確かに不器用だけれど……自分を本当に想ってくれている子を置いて逝ってしまうほどの、甲斐性無しではないもの」
「あ……」
ミーアさんの言葉は、私を慰めるためのもの……なんかじゃなくて、本気で彼を信じてるんだってのを感じた。……この人は。
「さっきは、叩いてしまってごめんなさいね」
「……いえ、いいんです。ああしてもらえなければ、私はきっと、ただわめき散らす事しか出来ませんでしたから」
シグルドさんとミーアさんがいなかったら、ガルはもう死んでた。……この二人が、私たちとはとても微妙な関係だってのは分かってる。それでも今は、どれだけ感謝してもしきれない。
「あなたは、ガルの事をよく知ってるんですね」
「数年来の仲間だったものね。一緒に過ごした時間だけならば、あなた達よりも長いわ。だから、あの人が約束を破れない男なのも知っているの」
「……失礼かもしれないですけど……ガルは、あなた達を裏切ったんですよね。それでも、なんですか?」
「ふふ……難しい質問ね。だけれど、本当のことを言えば……私たちの元を離れたと聞かされた時も、私は納得してしまったの。彼はきっと、夢を捨ててはいない。ただ、別の道を探そうとしただけなんだろう、ってね」
「…………」
「そういう真面目な人でしょう、彼は? 流されることだってできるのに、現実を真っ直ぐに受け止める。そのせいで後ろ向きになりがちなのも含めて、今も変わっていないみたいだけれど」
ガルの過去を見た私には、それも分かった。ガルは、記憶を無くした今でも、どこまでもガルらしくて……。
「でもね。それと同じくらいに、変わったところもあったわ」
「そう、なんですか?」
「ええ。きっと昔の彼ならば、あそこまで死に抗うことは無かったもの。兵士としては悪い変化かもしれないけれど……彼にとっては良い変化。それは、あなたのおかげよ」
「私……の?」
「彼の視線なんかを見ていればね、分かるわよ。あなたは、彼の戦う理由になっているのだと」
俯いてた顔を上げる。ミーアさんは、やっぱり微笑んでいて……だけど、その崩れない微笑みを見ていると、何だか寂しいなって感じた。
「彼は、あなたのためにも戦ったのでしょうね。ならば、あなたの存在は……博士が言う生きる意思になる」
「…………!」
「それは少なくとも、私にはやれなかった事よ。あなた達の……あなたの存在が彼を変え、それが彼の命を繋ぎ止めている。それは、誇るべきことではないかしら」
……この人は。
「だから、そんな顔をするのはおやめなさいな。信じなさい、彼を。あなたが信じたガルフレアは、そうも簡単にあなたを置いていく男なのかしら?」
私は、首を横に振った。そうだよ。ガルは、いつだって。いつだって、私の側にいてくれた。私と一緒に歩いてくれた。
……でも、それを私に伝えてくれたミーアさんは、ガルに置いていかれた立場で……だから、なんだろうか。この人の言葉が、後悔みたいに聞こえるのは。ガルを繋ぎ止める事ができなかった自分への……。
だったら……それを伝えてもらった私が、やるべきことは決まってる。頭が、少しだけすっきりとした。
「ありがとう、ミーアさん。私、ちょっとガルの病室に行ってきます」
「治す力が無くても?」
「はい。私は……彼の居場所で、ありたいから」
「そう。ならば、しっかりと手を握り締めてあげなさいな。あの人が、そこを見失わないようにね」
ミーアさんに小さく頭を下げて、私は立ち上がった。……目が覚めた彼に、言ってあげたい言葉がある。なら、私は待つ。不安だから、じゃないとは言い切れないけど……。
「……約束、したもの」
言ったよね。伝えたよね。あなたは、ここにいていいんだって……ここに、いてほしいんだって。だから……私も、信じる。あなたが帰ってくる事を。そして、その時には……。




