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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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銀月の残滓

「……う……」


 私は、ゆっくりと目を開いた。


 ……頭が痛い。私は、いったい。

 眠ってたの? どうして……何が、起こったの?


 そうだ……カシムさんが、本当は大きなUDBで。話しているうちに、私は光に呑み込まれた。その後、急に目の前が真っ暗になって……少しだけ気を失っていたみたいだ。時計を確認すると、せいぜい10分ほどしか経ってない。そして、ここは。


「…………っ! ガルは!?」


 私と一緒にいた人の存在を思い出し、私は飛び起きた。……まだ遺跡の中みたいだけど、さっきの部屋と違うのは間違いない。そこそこの広さはあるけど、隅の方には、何かよく分からない機械のようなものが、ごちゃごちゃと置いてあった。

 そして、私の後ろに、座り込むガルの姿が見えた。安心……したのも束の間。彼の様子がおかしいことには、すぐに気付いた。


「が、ガル?」


「………………」


 返事がない。目は開いているけれど、私を見てはいない。半開きになった口、焦点の定まらない瞳。どう見たって、正気じゃない。


「ガルフレア! ちょっと、どうしちゃったの!?」


「うう……あ……」


 慌てて呼吸や脈拍を測ってみるけど、そっちは普通だ。だけど、目が虚ろだ。まるで、ここじゃないどこかを見ているような……。


「……ああああああぁっ!!」


「!?」


 突然、ガルの身体がびくりと痙攣したかと思うと、耳をつんざくような叫びが上がった。


「止めろ……! 止めてくれ! もう、これ以上……見たくない!!」


「ガルフレア、しっかりして! いったい何が……!」


「嫌だ……嫌だ! 俺は……うあああぁ!!」


 突然の錯乱に肩を掴むけど、彼は激しく暴れるだけだった。私の声が全く届いてない。いったい、ガルに何が?


 そんな時、私はガルの周りに、不思議なものが転がっていることに気が付いた。


「……石?」


 どこか宝石のようにも見えるそれは、黄金色に光っていた。とても綺麗……だけど、何だか嫌なもののようにも感じて、ただの石には見えなかった。そうだ、まるで、あのアポストルみたいな……。


「みんな……済まない……済まない……!」


「え……」


「そんなつもりじゃ、なかったのに……。どうして、俺は……死なせたく、なかったのに……」


「どういうこと? 私は生きてるよ! ここにいるよ、ガル!」


「俺の……せいで……全部……ううぅ……」


「…………!」


 ガルに、何が見えてるのかは分からない。だけど、たまらなく苦しんでいることと……その原因が私たちであることは、分かった。

 足元の石が、強く光り始める。……何かがガルに起こってる。そして私にも、何かが起ころうとしてる。だけど……逃げられない。逃げたくない。だって、いまガルが言ったことは。


「ガルフレア……お願い! 私の声を、聞いて!」


 そんな私の声に応えるみたいに。辺りが、眩い光に包まれた。















「………………?」


 気が付くと私は、どこかを漂っていた。

 よく分からない浮遊感。暗い、暗い世界の中。何も見えない。音も聞こえない。だけど、意識ははっきりとしてる。


 なに、これ……? 遺跡の中でもないし。あの光は、何だったの? それよりも、今の私は。


「う……浮いてる」


 そう、浮いてる。水に浮かぶのとはまた違う、上にも下にも自由に動けるような、奇妙な感覚。私、幽霊にでもなっちゃったの?


「死んだ、わけじゃないと思いたいけど。夢、でもないよね? ……あ、痛くない」


 頬をつねるというお約束な方法を試してみるけど、ほんとに痛くなかった。と言うより、触れているのに触っている感覚がない。まるで、身体が本当はそこに無いみたいに……何でだろう。怖くないのは、現実味がなさすぎるからかな。


「……ううん、違う」


 何だろう、ここは。すごく寂しくて、辛い気持ちになるのに……それなのに、どこか安心できる。真逆の印象なのに、その両方が確かにある。まるで、大切な人の……そう、あの人の側にいるときみたいな、安心感。だから、怖くないんだ。


「そうだ、ガル……!」


 私はガルを正気に戻そうと、強く願った。そしたら、石が光ってここに来た。状況はよく分からないけど、とにかく私は、ガルのところに行かなきゃいけない。ガルを、探さなきゃ……え?


「……光、が?」


 ガルを強く思った途端、真っ暗だった世界に、光が満ち始めた。何もなかった世界に、風景が浮かんでいく。


『……情報に、間違いはなかったようだ』


「! ガル!?」


 聞こえる。この声は、ガルフレアのだ。ここにいるの? 姿は見えない。周りを見ても、何もいない。……そこで、気付いた。()()()()()()()()()()()()()。頭を動かしても、目を閉じても、見える風景が変わらない。私の動きと視界が繋がってない。


「こ、これは?」


 見える。どこかの荒野で、歩いていく二人の少年が。黒い豹人と、青い虎人。……この二人って、まさか。


『間もなく、目標地点に到達する。二人とも、覚悟はいいか?』


『当然だ。それが、おれ達に与えられた……いや、おれ達がやるべきことだからな』


 間違いない。シグルドさんに、フェリオさんだ。だけど、うんと小さい。中学生かそこら程度の身長で、たぶん私よりも歳下だ。二人は、私の方を向いて……だけど、二人が見ているのは私じゃない。私の声も届いていない。


『これが、俺たちにとっての始まりだ。失敗するわけには、いかない』


『……ああ。行こう』


 最後に答えたのは……やっぱりガルの声だ。だけど、私の知っているものより、少しだけ高いと言うか、幼くて。

 気付いた。ガルの姿は見えないけど、ガルの声が聞こえる。それはつまり……これは、()()()()()なんじゃないか。だとすると、この風景は。


 今よりも幼いガルの見たもの。ガルの……過去?

 そう思い当たったらすぐに、視界が跳んだ。目の前に、乱暴そうな男の人たちがたくさんいる。

 そして、私には、それが誰かが何故か()()()()


『何だ、てめえらは!?』


『このひと月、郊外で起きている強盗殺人。貴様たちが、その首謀者だな?』


 突然の来訪者にざわめく、強盗犯たち。リーダーだと思うやつが、一歩だけ前に出た。


『だったら何だってんだ?』


『決まっている。お前たちに、罰を与えに来た』


 冷たい声で宣言するガル。だけど、自分たちの前に立っているのが誰か、何も知らない強盗犯には、その姿がよほど滑稽だったみたい。


『ははは! 罰だとよ! 聞いたかお前ら? ガキ共が何か言ってるぜ!』


『……最後通告だ。武装解除し、降伏しろ。そうすれば、極刑は免れるだろう』


『おうおう、正義の味方気取りか? しかも、たったの二人と来た!』


 男たちは気付かない。もう、詰んでるってことに。……二人なのは、フェリオさんはもう動いてるからだ。


『まあいい。降伏しろっつったな? お優しいこって。こっちは……てめえらを生かすつもりは、全くねえけどな!!』


 ガルは、気付いていた。自分に物陰から向けられている銃口に。そして、ガルの頭を狙った弾丸を……ガルは、避けた。呆けたような声を出す、目の前にいた男。そいつが正気を取り戻す前に、ガルは居合の要領で刀を抜いた。噴水のように、血が吹き出した。


『……あ、え……?』


『降伏の意志は、無いものとする。よって……殲滅を、開始する』


 どさりと崩れ落ちた男は、自分に何が起こったのかを理解することもなく、動かなくなった。そうして始まった戦闘……いや、殲滅だ。戦闘と呼ぶには、それは一方的すぎた。


「………………!」


 真っ先にリーダーを殺された相手は、恐慌状態だった。指揮のとれていない状態で、この三人に勝てるはずもなくて……銃を持っていたやつが、動くより先に、現れたフェリオさんに首を斬られた。シグルドさんの発した冷気が、何もかもを氷漬けにした。ガルの刀が、襲い掛かってくる暴漢を、一太刀で切り捨てていった。

 いくら悪い人達でも、それはとてつもなく凄惨な光景で……目を背けたくなっても、今の私にはできない。


 ……だけど、()()()。ガルは……冷めたように見えて、機械的に見えて、必死だったってことを。きっと、シグルドさんとフェリオさんも。



 殲滅は、あっという間に終わった。強盗犯は、たった三人の少年の手で、ものの数分で壊滅してしまった。


『…………終わった、か』


『ああ……俺たちは、やり遂げたんだ。これからの、第一歩だ』


『そう、だな……ううっ……!』


 だけど、戦闘の終わりに安堵したのも束の間。フェリオさんが突然、その場にうずくまった。ガルとシグルドさんは、慌てて彼の元に駆け寄る。


『フェル! だ、大丈夫、か……』


『み、見るな! 見ないでくれ……っ!!』


 ……フェリオさんは……泣いていた。震えていた。それに気付いた二人は、立ち尽くす。


『……気にするなよ、フェル。お、俺たち、だって……』


『こんなに……重いん、だな……。覚悟、してきた、はずなのに……!』


「………………」


 風景が、滲んでいた。それが意味する、この時のガルの状態……。


「これが、俺たちの初めての任務。死に物狂いの訓練で得た技は、この時にはもう、単なる犯罪者ごときに太刀打ちできるものではなかった。だが……実戦など初めてだった。怖かった。命のやり取りが。自分が、こんなに多くの命を奪い去ったのだという事実が」


 ガルの声――今度は、私のよく知るもの――が、辺りに響いた。


 独白のように語るガル。いや、本当に独白なんだ。見せられている風景を、自分の中で処理しているその声が、私にも伝わってるだけ。ガルは、私の存在を認識していない。

 ……やっぱり、これって。ここは……ガルの、心の中、なんだ。


「あ……」


 私がその結論に辿り着いたのとほとんど同時に、風景が全く違うものに切り替わった。

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