噛み合わない二人
――ウェアルド達の通信から、少しだけ時は遡る。
「え、じゃあフリーランスになるまではずっと人里離れてたの?」
「うむ。少々、事情があってな。辺境の土地で常に修行に明け暮れる毎日だった」
「その剣技はそこで身に付けたものなのか」
「いや、剣を握ったのはつい最近の話でな。これは……俺が外に出るきっかけを作った、師のような方から伝授された。一般的な教養も教えてくれた人だ。まだまだ世間知らずなのは自覚しているがな」
「それであれだけの技って、ほんとにすごいねえ。元の素材が良かったってことかな」
「くははっ! どのような武器も振るうのは己の身体だからな。まあ、師にはちっとも叶わん程度の技だ。まだ道半ば、さらに精進を重ねねばなるまいよ」
カシムとは、すぐに打ち解ける事ができた。武人気質で、ランドの言っていた通りの実直な性格。共感を覚える部分も多く、初めて会ったとは思えないほどだ。……俺の場合はそう感じるのは不安もあるのだが、頭の疼きがない以上は、記憶を失う前の面識は無いだろう。
本人の話を聞いていると、なかなかに面白い経歴を持っているようだ。意外にも、フリーランスになってからはまだ日が浅いらしい。また、割と身だしなみには気を使っているのか、優しい匂いの香水をつけている。
「じゃあカシムさんは、どうしてフリーランスになったの?」
「そうだな、理由はいくつかあるが……何よりも、世界を見てみたかったのだ。いくら一人で修練を積んだところで井の中の蛙だと、師に思い知らされてな」
「世界を、か。暁斗も似たような理由だったっけ?」
「あはは……お兄ちゃんは、強さを求めるなんてストイックな理由じゃなかったけどね」
「無論、強さだけではないがな。今まで知れなかったものを知ることは、武の話に限らず素晴らしいもの……それに、最近は気付き始めたところだ」
楽しげに話すカシムは、実に向上心が高いようだ。何かを知ること、自らを鍛えることへの意欲を感じる。瑠奈の言うようにストイックであるが、だからと言って厳しい人物でない辺りが、本人の性格か。
「にしても、人里離れて修行かあ。君からワイルドな匂いがしたのはそのせいかな?」
「ん? 匂うか? 身だしなみには注意しているつもりだが……」
「ああ、ごめん、嫌な匂いってわけじゃないよ。僕って獣人より嗅覚が鋭くてさ、匂いで相手を区別できるくらいなんだ。君はこう、自然と言うか獣と言うか、そういう匂いが強いから、獣人にしては珍しいなって思ってたんだ」
フィオの言葉に、俺はカシムを見る。さすがに俺の鼻では、そこまでは感知できないな。獣人には、先祖である狼ほどの嗅覚があるわけではない。
「ふむ、見た目が野性的だと言われたことはあるが、匂いに言及されたのは初めてだな。少しでも雰囲気を和らげるために香水なども使っているのだが……」
「ああ、なるほど。でも、香水で和らげられるワイルドさに見えないけどねえ」
「ははっ、言ってくれるな! こればかりは変えようがあるまい」
フィオとカシムが二人で会話を弾ませているうちに、ちらりと瑠奈を伺う。俺も彼女もカシムやフィオとはよく話しているが、思い返さなくとも、二人での会話は無いに等しい。……瑠奈。
「なあ……」「あの……」
お互いの言葉が重なった。そのせいでお互いがお互いを待ってしまい、妙な沈黙が訪れた。手探りでもかけてみようとしていた言葉が、止まる。
「……済まない。どうした?」
「う、ううん、大したことじゃないから。ガルから……先にいいよ?」
「いや……俺も、大したことでは、ない」
「……そう」
「……ああ」
そこで完全に途絶えてしまったお互いの言葉。気まずさにいたたまれなくなり、俺は少しだけ瑠奈と距離を置いた。あ、という彼女の声は耳に届いたが、振り返る勇気すらなかった。
少しだけ先行して歩く。フィオの咎めるような視線を感じたので、俺は首を横に振る。彼は溜め息をつくと、後ろにいる瑠奈の方に近づいていった。フォローするつもりのようだ……本当に、申し訳ない。
一方で、カシムは俺に近付いてきた。俺たちの間の微妙な空気は感じているらしい。
「ふむ。ガルフレア、お前、瑠奈と喧嘩でもしているのか?」
「……はっきりと聞いてくれるものだな」
「ああ、済まぬ、気を悪くしたか? 俺は少々、その辺の機微というものが苦手でな。許してくれ」
本当に申し訳なさそうに頭を下げてくるカシムに、俺は息を吐く。悪意が無いのは分かるし、知り合ったばかりの相手に八つ当たりするつもりもない。
「喧嘩……と言って良いのかは分からない。俺が一方的に、彼女に感情をぶつけただけだからな」
「ふむ? 意外だな。お前は冷静で、そのようなことをしない風に見えたのだが」
「……俺は、そこまで出来た男ではない。ただ単に人付き合いが苦手で、卑屈なだけだ」
俺に向けられる評価と、俺の内面にずれがあることは、俺自身がよく知っている。俺は……他者に期待されていい存在ではないんだ。
「それで? その言い草ならば、お前は彼女に悪かったと思っているのか」
「……ああ。原因は、全て俺にある」
「ははは! ならば、素直に謝って、話をすればいいだけではないか」
「そう簡単に行くならば、楽なのだがな……」
「事情を知らん第三者からすれば、そう感じると言うだけだ。卑屈を自覚しているのならば、もう少し簡単に考えるべきではないか?」
「……それが出来ないから、卑屈なのだろう」
カシムの言葉は真っ直ぐで、だからこそ痛い。その痛みから逃げ出すような言い訳に、何とも情けない気分になる。
「いずれにせよ、考え込みすぎているのではないか? 卑屈だから、などと自分で逃げ道を作っていてはどうしようもあるまい」
「…………っ!」
「お前一人で自己完結することではないだろう。彼女がお前と話したがっているのは、俺でも分かる。ならば後は、彼女とお前、二人がどうしたいのか、ではないのか?」
……そう。その、通りなのかも、しれない。俺は、結局……逃げて、いるんだ。もしも本当に、仲間を思って関わるべきではないと決めたのならば、こんな中途半端な行動をしたりはしない。……俺は。俺が、どうしたいか……そんな事。言われなくても、本当は、俺だって……。
それでも、怖いんだ。怖くてたまらなくなったんだ。幸せを感じている俺が……幸せを享受する資格などないはずの俺が、幸せに溺れそうになっている事が。
そして……それを失ってしまう瞬間に、また苦しむ羽目になるのならば。謝れば元に戻れるのだとしても、それをいつか捨てなければならないのならば……俺は、もう……。
「済まぬ、説教臭くなったな。だが、少し考えておくがいい。ずっとそのままでいるわけにもいかんだろう? どうするにしても、答えは出さねばならないのだからな」
「……済まない」
「謝ることでもないだろうが。その言葉は瑠奈に向けるといい。……さて」
俺とカシムは足を止める。フィオ達もすぐに追い付いた。……俺たちの目の前には、これまでに無いほどに大きな扉があった。入り口の大扉よりもさらに数倍はある、あからさまなサイズの扉。その様子に、俺も思考を切り替える。
「これ見よがしだな……最深部か?」
「分からない。だが、何か重要な設備だったことは疑う余地もなさそうだな」
「ほんと、いかにもボス戦始まりますって感じだねえ。セーブポイントとか無いかな?」
「む? せーぶぽいんと、とは何だ?」
「うん? ……ふふん、人類の叡知の結晶でね。自分たちの残留思念を残すことができる不思議な装置で、何があったとしても、例え死んだとしても、そこからやり直すことができるのさ!」
「なに? そこまで文明とは発展しているものなのか!」
「そうだよ、すごいでしょ? 最近は身体も心も完全に健康な状態にしてくれたりとか、買い物ができたりとか、遠くの同じ装置にワープすることができたりとか、オプションも多彩で……」
「……フィオ」
「……そんなに睨まないでよ、ガル。ちょっと良い反応すぎたから、つい?」
カシムは本人の言葉通りに疎いものにはとことん疎いらしい。フィオが謝罪しつつ冗談であることを伝えると、少しきょとんとした後に笑い始めたので大丈夫そうだがな。
「入る前に、本部に通信をしておくべきか」
「ん、そうだね。まあ、何もなければその時はその時で……」
通信機を取り出したフィオは、それを操作していく。だが、いつものように起動したはずのフィオは、何故か首を傾げている。
「あれ? ……あれ、おかしいなあ」
「繋がらないの?」
「うーん、そうみたい。いくらなんでも地下深くすぎるからかな?」
ここに来ての、不測の事態。もう少しこまめに連絡をとるべきだったか。
「どうする、通じるところまで少し戻るか?」
「そこまで警戒せずとも大丈夫ではないか? ここが元々重要な設備だったとしても、それは過去の話だ。それに、UDBともしばらく遭遇していない。この辺りには入り込んでいないのだろう」
言うが早いか、カシムは扉に近付いた。他の扉と同様、それだけで反応があり、重い扉がゆっくりと開き始めた。