トップバッター
この世界は、何度となく窮地に陥っていると言われている。
記録に残る中で、最も古くであれば、今の暦、天歴に至った原因であるという世界大戦。その記録は、各地に残る遺跡という形で断片的に記されるのみであるが、少なくとも人類はそこで一度、文明を失うほどの壊滅的な被害を受けたことは間違いない。
ゼロから再び築かれていく文明。それが失われた歴史をなぞっているのか、それとも全く別の道を歩んでいるのか、確かめる術は現代の人々にはない。
そして、1800年ほどの新たな歴史の中、それも順風満帆だったわけではない。自然災害や戦争、UDBによる蹂躙など、多くの命が奪われる事態は、いくつも発生している。
最も近く、そして大規模なものであれば――おおよそ25年前。世界中で、UDBが異常に活性化するという未曾有の事態が発生した。
原因は、今に至るまで分かっていない。だが、それは多くの国で数年間にわたって甚大な被害をもたらした。
〈闇の門〉――まるで魔界への門が開いたようだ、という高名な学者の発言が命名の発端だと言う――と名付けられたその災厄は、人類の総力を結集した抵抗により、水際で沈静化を果たした。
そして。その中心で、先陣を切って戦い続けた数名の戦士達がいたという。
戦いの後、自らの痕跡すら残さずに姿を消した彼らのことを、人々はこう語り継いでいる――英雄、と。
『それではここに、闘技大会の開幕を宣言致します!』
この大会の理事だと言う老人の言葉を最後に、大会の開幕式が終わった。話の内容は、右から左へ抜けていったけど。
「はあ。話長えっつーの、あの爺さん」
「ほんとだぜ。手短にまとめろっての、手短に」
浩輝とカイがげんなりした様子で愚痴っているが、俺も今回は心から同意だ。言ったら悪いけど、大会の歴史やら語られても、俺達にはさほど興味がない。
大会の舞台となる闘技場は、学校のそれをそのまま大きくしたような感じだ。円形のリングの全周囲を観客席が囲むような形になっていて、リングには、全ての選手が集まっても十分すぎるほどの余裕がある。
ちらっと横にいる瑠奈を見ると、やっぱり緊張しているみたいだった。周りはほとんど男子だから、心細いってのもあるかもな。……お願いだから、こいつとは最後まで当たらないでいてほしい。
この大会の形態は、かなり特殊だ。自分の試合がいつ、誰とあるのか、自分の順番がくるまで知る事が出来ない。試合が終わる度に、選手の中からランダムで次のカードが抽選され、そこで初めて名前を呼ばれるんだ。
間違いなく効率が悪い、そんなやり方が選ばれている理由はひとつ。この大会は、真剣勝負の場であると同時に、この国でも大きなイベントの一つ……つまり、エンターテイメントだからだ。どんな試合であるか、蓋を開けるまで分からないほうが面白いだろう、って事だな。
「分かってはいたけど、すごい数の参加者だな」
「そうですね。さすがにちょっと緊張してきたかも……」
蓮とルッカも、周りを見回しながらそんな事を言っている。
選手の人数は、おおよそ百人。それに対して観客は……数え切れないか。確か、この会場には三万人強が入れたはずだ。上方には試合がよく見えない人の為の、大型スクリーンも出されている。
ちなみに、選手およびその身内は、優先的に前のほうの席を取れたりする。
「暁斗はさすがに落ち着いてるみたいだね」
「ん? まあ、俺は二年目だし、こういう舞台には慣れてるしな」
まあ、陸上の大会とはまた空気が違うんし、緊張してねえって言ったら嘘になるけど。動きがガチガチになるようなヘマはしないつもりだ。
「暁兄はやっぱり場数が違うよなあ。オレ、自分の試合が来るまで落ち着けそうにねえぜ」
「ま、意気込んでても、初日に試合が無かったりするけどな」
「……うえ。そんなの、生殺しじゃねえか」
大会はこれから数日かけて行われる。勝ち残れば学校も公欠が取れるから、その辺は問題ない。
そう言う俺も、去年は初日に試合が無かった一人だ。ま、一つしかないリングで一試合ずつだし、人数が人数だからな。
『それでは、只今より、第一試合から第三試合までの選手を発表します。呼ばれた選手は、控え室にて準備を行って下さい』
そんなアナウンスが流れ、選手達はみんな話を止めて、放送に耳を傾ける。さて、どうなるやら。
『一回戦、佐久間 健、綾瀬 暁斗。二回戦……』
「……お」
自分の耳と尻尾が、ピクリと跳ねたのが分かる。瑠奈達の視線も、俺に集まった。三回戦までの名前が読み上げられたけど、呼ばれたのは俺だけだった。
「トップバッターとは、ずいぶんと華々しいじゃねえか?」
「だな。ふう……さすがに予想外だったな。参ったぜ」
去年の試合が遅かった反動だろうか。まさか、こんな早くに順番が回って来るとはな。
「暁斗さん、大丈夫ですか? さすがにプレッシャーじゃ……」
「……はは」
「?」
「一試合目なんて、絶好の見せ場じゃないか。良いぜ、テンション上がってきた!」
初戦の内容は、大会そのものの盛り上がりにもだいぶ影響するだろう。なら、俺がしっかり盛り上がりないとな!
「さすがお兄ちゃんだね……たくましいと言うか何と言うか」
「ガルも言ってたろ? 勝負は楽しまないとな!」
試合前のこの高揚感は、部活も闘技も一緒。俺は、この感覚が好きなんだ。
「とりあえず、早く行った方が良いぜ。間違っても負けるんじゃねえぞ?」
「誰に言ってやがるんだ、カイ。任せとけ、お前らの為にも、勝って景気付けしてやるよ。ついでに、兄と先輩の威厳を思い知らせてやるぜ!」
わざとらしく親指を立てると、瑠奈が苦笑した。俺が勝てば、少しはこいつらの緊張も和らぐだろう。絶対に負けられねえな。
「よし……それじゃ、行って来るぜ!」
「暁斗、頑張ってこいよ!」
「ファイト、お兄ちゃん!」
みんなの声援を受けながら、俺は意気揚々と控え室に向かった。